青龍VSファイアーガール

 細身のシルエットではあるが、確かな迫力と力強さを感じさせる青い鎧を纏ったユーゴの言葉に、レイナがわずかに気圧される。

 自分の炎を防いだことや、いきなり出現したあの棍のことを考えると目の前の相手は相当油断ならないと考えながら、彼女が口を開く。


「なによ、それ? もしかしてあんたもクリアプレートの所有者だったわけ?」


「お前たちと一緒にすんなよ。これは弟や仲間たちが俺にくれた、みんなを守るための力……ブラスタ第五形態、【青の鎧】だ」


 その名の通り、黒一色だったブラスタを青を基調とした新形態へと変化させたユーゴが言う。

 頭部をはじめ、龍を思わせる意匠が各部に見受けられる青の鎧と対峙するレイナは、それでも自分の力に絶対的な自信を持っている態度を崩さず、むしろいい力試しの相手が出てきてくれたと思っているようだ。


「へぇ~? なんかよくわかんないけど、それも魔道具の一種ってことか。面白いじゃん。その力がどこまで私に通用するか、試してやるよっ!!」


 そう叫んだレイナが両手に炎を灯し、そこから無数の火球をユーゴへと撃ち出す。

 背後にいるアイドリマーの親子を一瞥したユーゴは、手にした棍を扇風機のファンのように回転させ、さらにそこから水を放つことで簡易的な盾を生成してみせた。


 飛来する火球は水気を帯びた棍に盾に当たると、弾き飛ばされたりそのまま消火されたりといった形で次々と消し止められていく。

 連続する火球を次々と防ぐユーゴは、なおも棍の回転の勢いを激しくしながら吠えた。


「ふっ! はっ! はあああああっ!!」


「ちっ……! なるほど、さっきはあれで私の炎を防いだってわけね」


 ユーゴが最初の一撃をどう防いだのかを確認したレイナが易々と自分の炎を弾き続ける彼の姿を見て、忌々し気に舌を鳴らす。

 しかし、このまま攻撃を続けていれば、彼はアイドリマーの親子を庇うことに必死でこちらに接近することはできないだろう。


 ここは我慢比べだと、炎を撃ち出しながらそうレイナは思っていたのだが……?


「うっ!? なっ!?」


 突如、その肩口に鋭い痛みが走り、炎での攻撃を止めてしまうレイナ。

 痛みが走った場所を見てみれば、そこには紫色の剣が突き刺さっていて……背後へと顔を向けた彼女は、得意気にこちらを見やるメルトの姿を目にする。


「戦う相手がユーゴだけだと思った? 私のこと、忘れないでもらえる?」


「この……っ! ふざけたことをっ!!」


 勝手に戦いを一対一だと思い込んでいた自分の隙を突かれたことに、文字通り炎を燃え上がらせてレイナが怒る。

 しかし、背後から近付く気配にハッとした彼女が再び振り向けば、棍を構えてこちらへと飛び掛かるユーゴの姿があるではないか。


「ちっ……! どいつもこいつも、こすいやり方をっ!!」


 自分の隙を突いて攻撃を繰り出したメルトが生み出したさらなる隙を突いて急襲してきたユーゴという、若干の腹立たしさを覚える戦い方にこれまた舌打ちするレイナであったが、今回はそこまで苛立っていなかった。

 タイミング的に、ユーゴは迎撃できる。隙を突いたと思い込んでいる彼に手痛いカウンターを叩き込めるはずだ。


 そう考えたレイナは足に炎を灯し、ハイキックを繰り出してユーゴを迎撃する。

 完璧なタイミングを見極めた彼女のその一撃はユーゴに直撃すると思われたのだが、その寸前に信じられないことが起こった。


「はっっ!」


「なっ!? ぐええっ!?」


 なんと、ユーゴが空中でもう一度大きく跳ねたのである。

 足場のない空中で再び跳躍し、前方一回転をしながらレイナの背後に着地した彼は、渾身のハイキックを空振りした彼女の腹に棍での横薙ぎの一発を叩き込む。

 全く予想していなかった展開に逆にカウンター気味の一撃を食らってしまったレイナは、くの字になって打たれた腹を押さえながらよろよろと後退し、呻いた。


「あ、あんた、なんで、空中で、跳んで……!?」


「さあ、なんでだろうな? 答えは、自分の目で確かめてみな!」


 そう言ったユーゴが再び地面を蹴って宙を舞う。

 迎撃のために右拳でのストレートを繰り出したレイナであったが、今度は空中で急に左側に移動したユーゴに回避されると共に膝の関節を打たれ、その場にカクンとへたり込んでしまった。


「こ、こいつ、また……っ! うわああっ!? あぐぅっ!?」


 続く攻撃で胸部を叩かれ、立ち上がろうとしたところで今度は関節を逆方向に打たれ……流れるような連撃で着実にダメージを蓄積されるレイナ。

 この痛みもそうであったが、最大の問題はユーゴのトリッキーな動きの正体がわからないことだ。


 相手がどうやって空中での不可解な動きを生み出しているかわからない以上、それへの対策が打てない。

 対策ができないということは焦りを生み出し、その焦りが動きの精彩を欠かせ、流れを悪くしていき……という、悪循環が生まれている。


「くそっ! こいつ、厄介な動きを……っ!!」


 苛立ちに冷静さを忘れ、悪い形で燃え上がる炎のように熱くなっている彼女は、どんどん視野が狭くなっているようだ。

 一方、少し離れた位置から二人の戦いを見守るフィーたちには、ユーゴがどうやって空中で跳躍の軌道を変化させているのかが理解できていた。


だ……! あの鎧から一瞬だけ高圧水流が噴き出してる!」


「その水流に合わせてユーゴが姿勢でバランスを取ることで、空中でのトリッキーな動きを可能にしてるんだね!」


 ブラスタ第五の形態【青の鎧】の特徴は、細身のシルエットから見てもわかる通りの俊敏さ。そして跳躍中のトリッキーな動きだ。

 その強みを生み出しているのは鎧の軽さだけではなく、脚部を集中的に強化するように調整された機能と各部に取り付けられたスラスター代わりの噴水装置である。


 跳躍中に足の裏から一瞬だけ高圧水流を噴射し、それを用いながら姿勢を制御することで疑似的な二段ジャンプが可能になっていたり、あるいは関節各部からの水流で空中での横移動が可能になったりと、扱いは難しくはあるが使いこなせば驚異的な機動力を発揮する力が備わっていた。


 反面、上半身の強化は大してされておらず、防御力に関しても龍の素材が持つ耐性に頼っている部分が多い。

 その防御の貧弱さと攻撃力の低さを補うための棍であり、これにより剣や斧よりも長いリーチと機動力を活かしたトリッキーな戦いが可能になっている。


 先ほど、アイドリマーたちを庇う際にもその跳躍力は活かされており、一跳びで彼らの下に到着できたのは青の鎧の身軽さがあってのことだ。

 当然ながらこの機動性を活かすにはユーゴの技術があってこそで、憧れのヒーローに近付けるこの力を使いこなすために、彼が訓練にどれだけ没頭したのかはもはや語るまでもないだろう。


「くそっ! くそっ! くそっ! ぴょこぴょこぴょこぴょこ、ウザったいんだよっ!!」


 完全に仕上がったユーゴの動きとトリッキーな戦法を前に、ド直球な格闘術しか使えないレイナは完全に翻弄されていた。

 真っ向から戦おうとしてもリーチの長い棍での攻撃にこちらの攻撃は届かず、間合いを近付けようとすれば跳躍からの打ち払いでダメージを与えられながら距離を取られてしまう。

 遠距離戦をしようにもユーゴにつかず離れずの距離を保たれているせいで、迂闊に隙を曝すこともできない状況だ。


 冷静さを欠いているせいで未だにユーゴの動きの秘密にも気付けていない彼女はその怒りを炎に変換し、周囲に爆発を起こすことで彼を後退させることに成功するが、だからといって有利になったわけではない。


 受け身になっていたら負ける。奴に勝つには、こちらから攻めるしかない。

 そう判断したレイナは一直線にユーゴへと突っ込んでいくが、彼もまた同じように跳躍し、こちらへと突っ込んできていた。

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