第五の鎧

 そう、獰猛な笑みを浮かべたレイナが侮蔑の視線を放り投げたトリンへと向けながら言う。

 彼女を一瞥した後、苦し気に呻いているトリンへと駆け寄ったユーゴは、彼を揺すりながら声をかけた。


「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!? メルト! 回復魔法を頼む!!」


「あぐ、あ、ぐあっ……だずげでぇ……!」


「ひどい傷だ。いったい、何があった……?」 


 裂傷よりも打撲や強い衝撃を受けたことによる骨折という形での負傷が目立つトリンの姿に驚愕したユーゴが呟く。

 魔力による障壁に加え、相応の防御力を持つ学校の制服の上からここまでのダメージを受けるだなんて、いったいトリンはどんな暴力を振るわれたのかと考える彼の目に、気になるものが映る。


「なんだ、これ……? 焦げてるのか……?」


 制服の腹の部分や折れた腕の部分にちょこちょこと見える黒ずみを目にしたユーゴは、それが焦げであることに気付いた。

 ブルー・エヴァーの構成員たちが投げていた火炎瓶の直撃を受けたにしては、跡の付き方が妙だ。

 そこで、特に強い衝撃を受けた部分にこの焦げがあるということに気付いたユーゴがはっとして顔を上げれば、その間にウォズがレイナへと挑みかかる姿が目に映った。


「お前っ! よくもトリンをっ!!」


 そう叫ぶウォズであったが、別にトリンに仲間意識があるわけではない。

 回収できなかった経験値を少しでも得るために、彼女を倒すそれっぽい理由付けとして彼の名前を出しただけだ。

 得物を手に、威勢よくレイナへと襲い掛かったウォズであったが、ハンッ! と鼻を鳴らした彼女の回し蹴りを受け、見事に返り討ちに合ってしまう。


「ぎゃんっ!?」


「ははっ! ダッサ! お友達と同じで弱いんだね、あんた!」


「この……っ! 女のくせに、生意気な……っ!!」


「あ、言ったね? 女だから、女のくせに、女程度が……それ、私が一番嫌いな言葉なんだよね。そういうこと言うならさ、私に勝ってからにしてくれる?」


 ウォズの言葉に目を細めたレイナが、苛立ちをにじませた声でそう言いながら何かを取り出す。

 わずかに赤色に染まって見える小さなプレートを取り出した彼女は、そこに浮かび上がるように刻印された文字を見つめ、うっとりとした表情で手にしたプレートにキスすると……ウォズへと視線を向け、言う。


「まあ、無理だろうけどね。この力を手にした私は、無敵だからさ!!」 


「っっ!?」


 シャツの谷間から覗く胸の谷間。そこに手を伸ばしたレイナがプレートを左胸へと突き刺す。

 ズブリ、と音を立てるようにしてプレートを飲み込んだ彼女の肉体は、燃え盛る紅蓮の炎に包まれると共に大きく姿を変えてユーゴたちの前に顕現した。


「あれは、まさか……!?」


「な、なんだよ、それ……? 意味わかんねえぞっ!?」


 燃え上がる炎がそのままボディスーツになったかのような外見。

 赤とオレンジに染まった女性的なフォルムの怪人の出現に、ユーゴとウォズがそれぞれの反応を見せる。


 メルトも、フィーも、シャンディアの人々や魔物たちまでもが変貌したレイナから異様なプレッシャーを感じて緊張する中、小さく笑った彼女はそのままウォズへと瞬時に接近すると、炎を纏った蹴りを彼に叩きこんだ。


「ぶべええっ!?」


 まさにあっという間の出来事。まともに反応すらできなかったウォズは腹に強烈な一発を受けて吹き飛ばされ、背後にあった木に叩きつけられるとピクリとも動かなくなった。

 自身の力を誇示するように両手を広げたレイナは、威勢のいいことを言っておきながら一撃でKOされた彼を嘲笑いながら言う。


「あっはっはっはっはっ! やっぱ雑魚じゃん、あんた!! まあ、当然の結果だけどね! さ~て、ゲームの続きを楽しもうかな!!」


「ゲームだと? 何言ってんだ、お前っ!? どういう意味だっ!?」


 ウォズをあっさり倒したレイナへと、そう問いかけ、叫ぶユーゴ。

 その声に反応した彼女は、楽しそうな声でこう答えてみせる。


「あんたたちには関係ないよ。この力を……クリアプレートを手に入れた選ばれし人間だけが参加できるゲーム! 敵と戦い、標的を蹂躙し、そうやって経験を積むことでプレートは私の中に眠る力をさらに引き出してくれる! 今でも十分にすごいこの力がもっとすごくなるんだ! プレート所持者同士が成長や強さを競い合い、最強の存在になることを目標としたゲーム……あんたたちは、私の力を引き出すための経験値なんだよ!!」


「ぐっ……!?」


 ゲームの詳細を述べたレイナが、腕を振ってそこに纏った炎をユーゴへと撃ち出す。

 トリンを抱え、なんとかその攻撃を回避したユーゴへと追い打ちをかけようとしたレイナであったが、そこにアイドリマーが妨害に入った。


「ウギャギャオオオッ!!」


「ちっ……! 邪魔なんだよ、魔物如きがっ!」


「グゴ……ッッ!?」


「ああっ! そんなっ!?」


 ユーゴを救うため、果敢に攻撃を仕掛けたアイドリマーであったが、レイナの反撃に遭って大きく蹴り飛ばされてしまう。

 腹を押さえて苦しそうに呻く母猿と、そんな親を心配する子猿へと視線を向けたレイナは、先ほど以上の炎を腕に灯すと舌打ちを鳴らしてから言った。


「そんなに死にたいなら、まずはお前たちから始末してやる! 燃えカスになりなっ!!」


「マズい……っ!!」


 攻撃の標的が自分からあの親子に変わったことを見て取ったユーゴが全力で疾走する。

 攻撃を中断させるのは間に合わないと判断した彼は、アイドリマーの親子を庇うべく走りながら、この後の行動について必死にシミュレートしていた。


(紫の鎧じゃ間に合わねえ! 緑の鎧で炎を打ち落とすにも、武器の生成に時間がかかる! 炎の鎧なら間に合うだろうが、俺と奴の炎の熱に傷付いた親と小さな子供が耐えられるか?)


 あの魔物の親子を守るための最適解はなんなのか? 自分の手札と状況を照らし合わせて考えていたユーゴは、母猿が武器として使っていた木の枝が彼女の近くに転がっている様を目にして、ハッとした。

 そうした後、即座に判断を下した彼は、左腕の腕輪へと魔力を注ぎながらポーズを取る。


「超変身っ!!」


 左腕を腰の辺りに、右腕を前方に向けながら、左右に開くように動かした後で叫ぶユーゴ。

 直後に飛び出した、微粒子金属はまず彼の脚部を覆い、鎧を生成していく。


「はっ!」


 脚だけに鎧を纏ったユーゴが、疾走の勢いを乗せて大きく跳躍する。

 普段のブラスタを纏っている時以上の大ジャンプを目にしたフィーたちが驚きに息を飲む中、アイドリマーの親子のすぐ近くに着地したユーゴは、迫る炎と向かい合いながら足元に転がっている木の枝を蹴り上げ、脚部に続いて鎧が生成された手でそれを掴む。


 ゴウンッ! という音と共にレイナが放った炎が爆発したのは、そのすぐ後だった。

 アイドリマーの親子とユーゴを巻き込んだ火炎弾が炸裂する光景に、フィーが目を見開いて叫ぶ。


「に、兄さんっ!!」


「あははっ! 魔物なんかを守ろうとして一緒に爆死するなんて、とんでもない馬鹿ね! でもまあ、これで一気に狩りの経験値をゲットできた――」


「――さあ、それはどうかな?」


「っっ!?」


 アイドリマーの親子とユーゴを片付けたと思い込んだレイナの耳に、挑発的な声が届く。

 その声に驚いて目を凝らした彼女の前で、煙の中から傷一つないユーゴと魔物たちが姿を現した。


「あ、あれって……!!」


 火炎弾を防ぎ、煙の中から出てきたユーゴの姿を目にしたメルトが呟く。

 その隣で兄の姿を見ていたフィーもまた、驚きを抱くと共に大事なことを思い出していた。


 ユーゴがヤマトの御三家から貰った龍の素材は三種類。

 全身の魔力伝達を強化するために使った雷龍の素材と緑の鎧を製作するために使用した風龍の素材ともう一つ、水龍の素材があった。

 てっきり、それは炎と紫炎の鎧が放つ膨大な熱を抑え込むための冷却装置として全て使ってしまったと思っていたのだが……どうやらそれは違ったようだ。


 煌めく蒼色と細身のシルエットが特徴的な鎧を纏ったユーゴは、その手に武器生成能力を使って生み出した棍を握っている。

 ヒュン、ヒュン……と空を切る音を鳴らしながらユーゴがそれを振り回せば、周囲の熱を冷ます水が棍から飛び散った。


「ここはお前が好き勝手に火遊びしていい場所じゃねえんだ。どうしても暴れたいって言うんなら――」


 トンッ、と地面を手にした棍で突き、レイナを睨むユーゴ。

 少しだけ頭部の形状が変化した、色も相まって青龍を思わせる鎧を見に纏った彼は、視線の先にいる怪人に向け、手招きしながら言い放つ。


「俺が相手になるぜ。かかって来いよ、ファイアーガール」


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