動き出すゲーム
「サハギンだ……! サハギンが、上陸してる……!!」
「サハギン? なんで? どうしてここにサハギンが……?」
荒れ狂っていたブルー・エヴァーの面々も、唐突に姿を現したサハギンたちを目にして驚き、暴れるのを止めていた。
マルコスやエレナが異様な雰囲気を感じ取って警戒を強める中、一人の男性が笑顔を浮かべながらサハギンたちの元に駆け寄る。
「おおお……っ! サハギンたち、来てくれたのか!?」
「ば、馬鹿っ! 何をやっているんだ!?」
無防備に、無警戒に、危険な魔物であるサハギンたちへと歩み寄ったその男性へと、マルコスの警告が飛ぶ。
しかし、彼の声になど全く耳を貸さないでいるその男性は、一歩、また一歩とサハギンへと歩み寄りながら夢想としか思えないことを語りかけていった。
「お前たちは我々を助けに来てくれたんだよな? 今まで我々は、お前たちを守ってきた。その行動から気持ちが伝わったんだよな?」
「だめ……っ! すぐにその子たちから離れてっ!!」
「何を言う!? このサハギンはお前たちが飼っている家畜化された魔物たちとは違う! 我々の行動に義を感じ、手助けをしに来てくれたんだ! これがブルー・エヴァーの行いの結果! 我々はやはり正しかっ――え?」
男性は、サハギンが自分たちを助けに来たのだと……これまで彼らを守り続けてきた自分たちの行動が、魔物たちに伝わったのだと叫んでいた。
自分たちの正義は間違っていないと、そう自分自身に酔った雰囲気でエレナへと叫んでいた男性であったが……その体がぐらりと揺れると共に戸惑ったような声が漏れる。
「え? あれ? な、なんで……?」
「ギョ、グギョォ……!」
衝撃が走った自分の背中を摩った手に、べっとりとした血がついていることを見て取った男性が背後のサハギンへと顔を向ける。
その爪から、ぽたり、ぽたりと血が垂れている様を目にして息を飲んだ彼は、自分がサハギンたちに攻撃されたことを悟り、驚いた声を漏らした次の瞬間には、他のサハギンたちに襲われていた。
「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああっ!!」
絶叫……そう表現せざるを得ない叫びが響き渡る。
獰猛なサハギンたちの呻きに飲み込まれたその声が完全に聞こえなくなるまで、この場にいた誰もが身動き一つできずにいた。
やがて、男性を襲っていたサハギンたちが動きを止め、血に塗れたその姿と共に獲物を見つめるような眼差しをこちらに向ける様を目にしたマルコスは、ようやく金縛りから解放されると共に大声で叫んだ。
「逃げろ……! 全員、逃げろっ!!」
「う、うわぁぁっ! うわあああああっ!?」
「どうしてっ!? 今までずっと、守ってあげてたのにっ!!」
その叫びを合図に、仲間を無残にも殺めたサハギンたちへの恐怖を爆発させたブルー・エヴァーの構成員たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑う。
これまでずっと、ウインドアイランドの人々に駆除されそうになっていたサハギンたちを守ってきたのは自分たちなのに、どうしてその恩を仇で返すのかと泣き叫ぶ彼らであったが、そんなのは当たり前のことだ。
守ってもらったことに感謝するとか、そんな感情をサハギンたちは持ち合わせていない。
そもそも、同族と殺し合うことすらある彼らが人間に仲間意識など持つわけもなく、せいぜい美味しい餌くらいにしか考えていないのだ。
縄張り争いに負け、餌にありつけずにいたところで燃え盛る炎を見て、騒ぎを聞きつけた。
空腹に耐えかねていたところで島から大量の餌の気配を感じ取り、涎を垂らしながら上陸した。
そこで無防備に近付いてきた人間がいたから、背中を切り裂いてやった……ただ、それだけでしかない。
それが、サハギンという魔物だ。人にとって害を成す獰猛で危険な魔物だからこそ、ウインドアイランドの人々は彼らを駆除し続けてきたのだ。
ブルー・エヴァーの面々は、そんな単純な答えを事ここに至ってようやく理解した。
だが、もう……何もかもが遅過ぎたのだ。
「リーダー! 別動隊からの連絡が途切れました! おそらく、サハギンたちに襲われています!!」
「う、海から続々とサハギンたちが上陸してるわ!! どこにあんな数がいたのよ!?」
「集まってるんだ……血の臭いと争いの気配を嗅ぎつけて、縄張り争いに負けたサハギンたちがここに集まってるんだよ!」
ホーロンが叫んだ通り、これまで駆除されずに生き延びてきたサハギンたちが、餌を求めてシャンディアに続々と集結しつつある。
彼らが上陸したのはこの地域だけではなく、島の至る所で暴れ始めているのだと……仲間たちからの連絡が途絶えたことから状況を理解したブルー・エヴァーの面々やリーダーが青ざめる中、マルコスがエレナへと叫んだ。
「エレナ! 魔物たちと人々と一緒に集落に避難するんだ!! サハギンたちの相手は、私がする!」
「そんな! 無茶だよ、マルコス! あんな数を一人で相手するだなんて……!」
「それが私の、魔導騎士を志す者の使命だ! お前たちの避難が終わったら、私もすぐに追いかける! だから行け! 行くんだ!!」
「でも、でも……っ! あっ!?」
迫るサハギンたちから人々や魔物を守り、戦い続けるマルコスの叫びが響く。
この絶望的な状況に彼を一人で置いていくわけにはいかないと答えるエレナであったが、数名の人間を斬り捨てたトリンが強引に彼女の手を掴み、共に逃げ出そうとする。
「エレナ、ここは危険だ!! さあ、こっちに! 君は僕が守る!!」
「放して! マルコスやみんなを置いて、一人で逃げることなんてできない!!」
「えっ!? いや、逃げようよ! 危ないってば!!」
なし崩し的にエレナと二人きりの逃避行を繰り広げようとしたトリンは、彼女からの予想外の抵抗に遭い、困惑していた。
戦う者、逃げようとする者、困惑する者とそれぞれがそれぞれの動きを見せる中、ブルー・エヴァーの面々もこの事態に対処すべく行動を始める。
「こ、ここは一旦逃げよう! 島から脱出するんだ! ボートへ! ボートへ急げ!!」
このままこの島に居たら全滅は必至だと、そう判断した部隊のリーダーが仲間たちへと指示を飛ばす。
そうした後、すぐ近くにいた側近のゲラスへと視線を向けた彼は、慌てた様子でこう声をかけた。
「ゲラスくん! ボートの位置は把握しているな!? 君の先導で脱出を――」
「ああ、いや……それは無理です。だって、ボートは全部ぶっ壊しちゃいましたし」
「へ……? な、なにを……ぐえっ!?」
この危機的状況で飄々とした態度を見せた若い青年の、信じられない言葉に目を見開くリーダー。
その腹部に拳を叩き込んだゲラスは、上司に忠実な好青年の皮を脱ぎ捨てると、彼へと言う。
「脱出とか、絶対にさせねえから。あんたらも、この島の連中も……み~んな殺して、俺の経験値になってもらうよ~ん!」
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