加速する混沌

「そこまでだ、ブルー・エヴァー! これ以上、島の人たちと魔物に手を出すのはこの僕が許さないぞ!!」


「んっ!? 奴は……!?」


 剣を手に、まるでヒーローのような登場をしたのは、ユーゴたちの後ろにいるはずのトリンだ。

 大きくジャンプした彼は、手近なところにいたブルー・エヴァーの構成員の一人へと得物を振り下ろし、斬り捨ててみせる。


「うっ、うあああああああっ!?」


「こいつ、斬りやがった! 本気で俺たちを斬りやがったぞ!!」


「お前たちはこの僕、トリン・マティスが成敗してやる! エレナには、手を出させないぞ!」


 赤い血を噴き出し、ドサッと倒れた仲間たちを見たブルー・エヴァーの構成員たちが恐慌に陥り叫ぶ。

 トリンは、そんな彼らへと見得を切ると、エレナの様子をちらりと窺った。


(よしよし! ヒーローみたいに登場した僕に釘付けになっているぞ! これは好感度カンスト待ったなしだな!!)


 こちらへと視線を向け、茫然とした様子を見せているエレナの姿に、内心でほくそ笑むトリン。

 このまま彼女の前で大活躍をしてみせると意気込んだ彼は、手にした武器を振るって次々と暴動を起こすブルー・エヴァーの構成員たちを斬り捨てていく。


「ぎっ、ぎゃあああっ!?」


「いやああああっ!!」


(ふふふふふっ! 雑魚を狩って経験値をゲットしつつ、エレナの好感度もアップ! これで遅れた分を取り戻せる!!)


 馬鹿なウォズが道に迷ってくれたおかげで、このイベントでの活躍も得られる成果も独り占めできる。

 色々と面倒なことも起きるが、その前に戦闘能力が低いブルー・エヴァーの構成員たちを倒して、自分の強化もしてしまおうと考えるトリンは、自分の活躍に酔いしれていたのだが……その背後では、エレナが静かに首を振っていた。


「ひ、人が、倒れて……!? そんな、どうして……!?」


「エレナ! しっかりするんだ!」


「カニッ! カニニッ!!」


 当然ながら、エレナはトリンの活躍に見惚れていたわけではない。彼に斬られた人間が力なく倒れる様を見て、ショックを受けていただけだ。

 ホーロンとポルルがそんな彼女へと必死に呼び掛けているが、事態はより悪い方向へと向かっていく。


「ぐうぅ……っ! よくも同志をやってくれたな! もう容赦せん! 相手がそうくるのなら、こちらも徹底的にやってやれ!!」


「うおおおおおおおおっ!!」


 次々に仲間たちを斬られたリーダーが、怒りに燃えながら部下たちへと指示を出す。

 恐慌状態に陥っていた構成員たちはその指示を受けると共に怖れを怒りへと変換させ、タガの外れた暴力を振るい始めた。


「殺せっ! 壊せっ! 燃やしちまえ! 同志たちの仇だ!!」


「お前たちのような悪はここで潰えろっ! 死ねぇぇぇっ!!」


 怒号のような絶叫が至る所で響く。火炎瓶が舞い、家屋や小屋が壊され、魔物たちと人々の悲鳴が轟く。

 やられた分をやり返す。仲間たちの仇を取る。そういった大義名分を得たブルー・エヴァーは、理性を完全に投げ打っていた。


 元々、自然保護のために過激な活動を行うような人間たちだ。そんな彼らが最後の一線を越えれば、どんな暴挙に出るかなんて考えるまでもない。

 荒らされ、壊され、滅茶苦茶にされ……木々も家屋も燃やされるシャンディアの、何もかもが失われていく。

 しかも、この混沌は鎮まるどころか激しさを増していくばかり。被害は拡大していくだなんて目に見えている。


「あ、ああ……っ! シャンディアが、ママの愛した島が……!? そんな、そんな……っ!!」


 人々が、家族である魔物たちが、思い出の詰まった集落が、母が愛した美しいシャンディアの自然が……炎に巻かれ、消えていく。

 この島を大切に思っているからエレナは、シャンディアが醜い争いに巻き込まれ、全てが壊されていく様に涙を流しながら絶望していた。


「止めて……! もう止めてぇぇっ! お願いだからこの島を、みんなを傷付けないでっ!!」


 絶望に満ちた彼女の叫びは、争いの喧騒に飲まれて消えた。

 誰も、誰一人として、彼女の声に耳を貸そうともしない。ただ目の前の敵を倒し、全てを破壊することしか考えていない。

 ただ一人、マルコスだけが荒れるブルー・エヴァーの構成員たちを止め、最低限の攻撃で無力化しながら、停戦を呼びかけているだけだ。


「もう、いいだろ……!? もういいだろう!? こんなことをして何になる!? この島とここで生きる者たちを傷付けて、何になるっていうんだ!?」


「うるさい! ブルー・エヴァーこそ正義! 正義は我にあり!!」


 マルコスの絶叫を受けても、誰も手を止めようとしなかった。

 むしろ、そんな彼の言葉など耳障りだとばかりにレイカが飛び蹴りを繰り出し、彼女の仲間たちもまたその光景に雄叫びを上げる。


「うおおおおおっ! エレナは、僕が守るっっ!!」


「いっでぇ……っ! こいつ、やりやがったな? 絶対に許さねえ……!!」


「聖戦だ! これは聖戦なのだ! 同志たちよ、戦え! 死を恐れるな! ブルー・エヴァーの正義を世界に知らしめるのだ!!」


 トリンに斬り付けられ、腕から血を流すゲラスが舌打ちを鳴らしながら忌々し気に呟く。

 激化する一方の戦いを見つめるリーダーは、戦火の中心で威勢のいい言葉を叫んでいたのだが……?


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 混沌を極める戦場に、人のものではない咆哮が響いた。

 狂気と暴力を感じさせるその叫びに思わず一同は戦いの手を止め、そちらへと顔を向け……目を見開く。


「ギョッ、ギョッ、ギョッ……!!」


「あ、あれは……!?」


 海より来る緑の魚人たち。鋭い牙とヒレを月光に輝かせ、集団でこちらへと向かってくる魔物の集団。

 凶暴で、凶悪で、狂乱に満ちた魔物……サハギンたちが、そこにいた。

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