誘拐未遂

「なっ!? ななっ、なっ!?」


 その叫びを耳にした瞬間、男女の顔色が真っ青に染まった。

 しかし、すぐに顔の色を赤に変えた二人は、今度はユイに向かって詰め寄りながら叫ぶ。


「こ、このガキ! 急に何を言うんだ!?」


「い、生き物が入っているだなんて、そんなことわかるわけないじゃな……いっ!?」


 急に叫んだユイを恫喝するように詰め寄る二人であったが……その最中、女性が背負っている荷物と肩紐が綺麗に寸断された。

 肩にかける紐だけを残し、ドサッ、と音を立てながら地面に落ちたリュックを誰もが見つめる中、刀を鞘に納めたリュウガが口を開く。


「……僕の妹は、目が見えない代わりに魂の形を見ることができる。だから、その気になれば、荷物の中に生き物が隠されていてもわかるんだよ」


「あっ、あっ、あっ!?」


 地面に落ちた荷物を目にした男が、慌ててそれを拾おうとする。

 しかし、それよりも早くに動いていたフィーが荷物を確保し、仲間たちの下に駆け寄った後でその口を解けば……リュックの中から、弱々しい鳴き声と共に小さな魔物が顔を出したではないか。


「キ、キィ……!」


「こ、この子、アイドリマーだよね? この島に来た時に私にいたずらした……!」


「あ、ぅ……!?」


 この場から立ち去ろうとしていた男女の荷物から見つけ出された、子供の魔物……シャンディアの人々やユーゴたちからの険しい視線を向けられた二人組は、再び顔を真っ青にして冷や汗を流している。

 そんな中、どこからか猛烈な勢いで跳んできたアイドリマーの母親が、狂ったように鳴き叫びながら手にした棒を振り回し、我が子を攫おうとした男女を威嚇し始めた。


「ウギャアアッ! ウギャッ! ギャオッ! ギャギャアッ!」


「お、落ち着いて! この子は無事だよ、ほら!」


「ギャウッ! ギッ、ギギィ……ッ!!」


 エレナから我が子を受け取ったアイドリマーが、手にしていた棒を捨てて大切そうにその子を抱く。

 それでも彼女が怒りと憎しみが燃え盛る眼差しを男女に向ける中、母アイドリマーの言葉を代弁するかのようにセツナが二人へと言った。


「あなたたち、ブルー・エヴァーの人間ね? 最初から、こうするつもりだったんでしょう?」


「仲間たちが騒ぎを起こして注意を惹いている間に子供の魔物を捕まえて隠し、他の観光客に紛れて逃亡する……なんて卑劣な!!」


「こんなことが許されると思ってるのかい!? あんたたちのやったことは、立派な犯罪だ!!」


「ぐ、ぐぐっ……! うるさい! 我々は間違ったことなどしていない!!」


「そうよ! 私たちの正しさが理解できないあなたたちに問題があるのよ!」


 セツナたちから次々に責め立てられた男女は、完全に開き直ると口から泡を吹きながら叫び始めた。

 ユーゴたちが唖然とする中、彼らは身勝手な主張を大声で叫んでいく。


「魔物は自然の中で生き、そして死ぬ! こんなところで飼われていることの方がおかしいんだ! 我々は、その歪みを正してやろうとしただけだ!!」


「だからって、何をしてもいいってわけじゃない! 犯罪が許されるもんか!!」


「あなたたちがこの子を自然に返したとして、家族も仲間もいないこの子が独りぼっちで生きていくなんて無理だよ!」


「お前たちはこのアイドリマーを殺そうとしたんだぞ? それがわかっているのか!?」


「だからなに? それが自然でしょう!? その魔物もこんなところで一生を終えるより、たとえ短くとも自然の中で生きた方が幸せよ!」


「なに、それ……? この子たちのことなんて、何も考えてないじゃん!」


 あまりにも身勝手なその主張に絶句したメルトが、怒りを燃え上がらせながら叫ぶ。

 魔物の命より、自分たちの考えを押し通すことを優先している彼らの主張を聞いた面々は、その歪さに不快感を通り越した何かを抱くほかなかった。


「お前たちはわかっていないんだ! 残酷に見えても、これが正しい形……! 本来あるべき自然な姿だ! 我々は、その形を取り戻そうと――!!」


 叫ぶ、訴える、吠える。狂ったように……いや、実際に狂っているのだろう。

 正義という名の大義に酔い、自分たちの行動は全て正しいと主張する彼らであったが……その発言は、とある男の逆鱗に触れていた。


「……それが、理由か? 子供を親から引き離し、間接的に殺害しようとした理由が、それか?」


「ひっ……!?」


 ゆらりと立ち昇る怒りと、静かな言葉。それを瞬時に飲み込んだ殺気を感じ取った女が、恐怖に表情を引き攣らせて叫ぶ。

 刀を抜き、夜叉の如き形相を浮かべたリュウガの姿に気が付いた男は、怖れに息を飲みながらもその威圧感に負けじと大声を出した。


「な、何の真似だ!? お前、修学旅行でこの島に来ている学生だろう? こんな脅しのような真似をしていいと思っているのか!?」


「……それで、いいんだな?」


「は……?」


 男からの問いかけに対して、リュウガはいつも通りの反応を見せはしなかった。

 それよりもずっと冷たく、恐ろしく、氷のような怒りを湛えた目で相手を見つめながら、彼が言う。


「それが、最期の言葉でいいんだな?」


「ひっ、ひぃっ……!?」


 リュウガが放つ、本気の気当たり……威圧感を膨れ上がらせ、極寒の吹雪のような冷たい殺気をそこに加えた彼の脅しに、完全に気勢を削がれた男が呻く。

 女の方は既に気絶し、口から泡を噴いていて……男の方もまた、地面に尻もちをつくと共にあわあわと慌て始める。


「ま、待って、殺さないで……! お、俺は、上の指示でやっただけで、本当は……ひいっ!?」


 命乞いを始めた男にリュウガが刀の切っ先を突き付ければ、そこで彼も失禁しながら気絶してしまった。

 目を細めながら愛刀を鞘に納めた相棒へと、ユーゴが言う。


「もう十分だ。あとは、警備隊に任せよう」


「……そうだね。だけど、まだ話を聞かなきゃならない連中が残ってる」


「わっ、我々はそんな連中のことは知らない! 今の誘拐未遂とも無関係だっ!」


 そう言った二人が固まっているブルー・エヴァーの面々へと振り向けば、彼らはそこでハッとすると共に慌てて退散し始めた。

 ご丁寧に言い逃れまでした彼らは、あっという間にこの場から消え去ってしまった。


「あいつら、どうにかとっちめてやりたかったけど……流石にあの数をいっぺんにとっ捕まえるのは無理か」


「仕方ないよ。あとはこの二人を警備隊に引き渡して、そこから逮捕してもらおう」


 ブルー・エヴァーの面々が逃げ去った後、難しい表情を浮かべていたユーゴへとフィーが言う。

 今は被害が最小限に抑えられて良かったと思おうといったところで、予定外の騒動は終焉を迎えるのであった。

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