side:ウォズ(エレナを狙う男の話)

「ぐぐぐぐぐぐ……っ! ユーゴの野郎、これ見よがしに俺の前でメルトたちとイチャつきやがって……!! 絶対に許さねえ!」


 そうして迎えた夜、ルミナス学園ご一行様の宿泊ホテルの一室では、英雄候補の一人であるウォズ・スターがユーゴに対して憎しみの炎を燃え上がらせていた。


 理由は実にシンプルで、昼間の海での彼らのやり取りを見ていたからだ。

 メルトをはじめとした美少女たちと仲良くなっているだけでも羨ましいのに、そんな彼女たちと水着でイチャイチャするだなんて、憎たらしいが過ぎる。

 本来、あのポジションにいるのは主人公である自分のはずだったのに……と思いつつ、ユーゴたちの青春っぷりを見せつけられたウォズは、見事にジェラシーを感じている、というわけだ。


 途中、サハギンの襲撃というトラブルがあったからこそ、あの程度で済んでいたが……これが何事もなく普通に海で遊ぶことになっていたら、どれほどまでのイチャつきを見せつけられたかわかったものではない。

 その点に関しては魔物に感謝しつつ、でも奴らが襲ってきたせいで破壊力抜群のアンヘルの水着姿やふんどし姿のサクラのほぼ丸出しのお尻を鑑賞できなくなってしまったから、やっぱり憎々しいなと考えたところで、ウォズが大きなくしゃみをする。


「えっくしっ! くそ……っ! どうして俺がこんな……!?」


 室内に響く自分の大きなくしゃみの音を聞いたウォズが、忌々し気にそう吐き捨てる。

 ただ、どこかその声や先のくしゃみにはもの悲しさや詰まっていて、寂しい雰囲気があった。


 それも仕方がないことなのだろう。今、彼は孤独なのだから。

 ルミナス学園の生徒たちが友人と過ごす修学旅行を楽しんでいる傍ら、彼は誰とも関わらずに一人ぽつんと過ごしている。


 少し前の事件で暴走し、勝手な行動をした挙句にユーゴや警備隊にその尻拭いをしてもらった結果、パーティメンバーは彼に失望し、離れてしまった。

 悪評は悪評を呼び、似た境遇のシアンが問題を起こして退学処分を下されたことで、ウォズはあの時よりもさらに悪い状況に追いやられている。


 転生者同士でキャラクターを奪い合ったことで自分のパーティメンバー以外には特に親しい仲間も作れず、その転生者たちも自分のことで手一杯であり、ライバルにもなり得るウォズの苦境に手を貸すこともなく……他の生徒たちが楽しい修学旅行に胸を躍らせる中、彼はそんな周囲のことを憎らしさと嫉妬を抱いて見つめていた。


 唯一、この気持ちを分かち合えそうなのは、同じくパーティメンバーに見捨てられた上にシアンのせいでより強い軽蔑の目で見られるようになってしまったトリンくらいのものなのだろうが……そんなことをしても悲しさが増すだけだ。

 何が楽しくて野郎二人で傷の舐め合いなどしなくてはならないのだろうか? そんなことをしても気は晴れないし、悔しさが募るだけだろう。


 それに……ほぼ間違いなく、トリンはウォズのやろうとしていることを邪魔してくる。

 正しく言えば、ウォズとトリンの目的は被っているはずだから、お互いに相手を邪魔な存在として見ていた。


 恋人どころか友人もいない、寂しい修学旅行において、彼らが逆転ホームランを打つ方法が一つだけある。

 この修学旅行で出会い、フラグを立てることで仲間にすることができるキャラクターの存在がそれだ。


 エレナ・ソレイユ……このウインドアイランドから少し離れた島に住む、魔物使いの少女。

 戦闘では家族である魔物たちを召喚するという技を披露する、ややトリッキーなキャラだ。


 何より、彼女は抜群の美少女であり、スタイルもいい。

 パーティメンバー全員から脱退されたウォズとトリンからしてみれば、色んな意味で喉から手が出るほどに欲しい存在だった。


 ありがたいことに、他の転生者たちは自分のパーティメンバーを育てるために必死になっているおかげで、エレナに手を出すつもりはないようだ。

 ライバルとなるのはトリンだけ……彼のフラグ立てを阻止しつつ、エレナの好感度を稼ぐことができれば、晴れて彼女を仲間として……いや、彼女として迎え入れることができる。


 英雄候補レースに勝つのは絶望的だが、まだこの異世界で幸せになれる可能性は十分にあるはずだ。

 スタイル抜群の褐色美少女、それも好感度高めで大胆に自分に接してくれるキャラを彼女にできれば、英雄にはなれずとも幸せにはなれる。

 もちろん、その上で他の転生者たちを蹴落として英雄になれたら最高だし、そのためにも戦力は必要だ。 


「まだ終わってねえぞ……! ここから返り咲いてこその主人公、英雄だ……!!」


 自分を鼓舞するように呟いたウォズが、拳を強く握り締める。

 まだ諦めるわけにはいかないと、英雄になるための第一歩としてエレナを狙う彼は、同時にこの先の展開を振り返りながら独り言を呟く。


「明日は予定通り、エレナの島に行く。そこで仲を深めつつ、夜のイベントに備えて……あとは原作通りの活躍をすれば、エレナは俺のものだ!」


 ライバルはトリンだけ。彼も自分と同じことを考えているであろうが、ここは絶対に譲れない。

 自分の未来のために……エレナを手に入れてみせる。


 未だに萎えぬ欲望を滾らせるウォズは、そうして決意を新たにしながら、明日のイベントに備えて早めの休息を取る。

 ……修学旅行の夜に遊べる友達がいないから早く寝ているという部分もあるのだが、そういった事情を忘れさせてくれる理由ができたことは、彼にとって幸運だったのかもしれない。


 まあ、これが最初で最後の幸運になることは、ほぼほぼ間違いないことであった。

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