魔物使いの少女・エレナ
「なんでござるか、今の悲鳴は!?」
「ん? あれは……ままま、マルコスぅぅっ!?」
マルコスの絶叫を耳にしたユーゴたちが、驚きながら振り向く。
巨大な蟹の魔物に襲われるマルコスの姿を目にしてしまったユーゴは、心臓が口から飛び出すのではないかと思うほどの驚愕に打ち震えながら大声で叫び、銃を構えた。
「マルコォォスッ!! 待ってろ! 今、助けるぞぉぉぉっ!! だから死ぬなぁぁっ! 食われるなぁぁっ!!」
「落ち着け、ユーゴ!」
「止めるな、リュウガ! マルコスが! マルコスが蟹に食われる! 頭からいかれちまうぅっ!!」
脳内に思い浮かぶのはあまりにもショッキングなイメージ。
戦わなければ生き残れない仮面の騎士たちの一人が、契約していた蟹のモンスターに頭からむしゃむしゃと捕食されてしまった場面を思い浮かべてしまったユーゴが、ありったけの魔力を込めた弾丸をマルコスを襲う魔物へと撃ち出そうとしていたのだが……そんな彼を制止したリュウガは、魔物とマルコスとのやり取りを見つめながら言う。
「落ち着いてくれ、ユーゴ。あの魔物からは敵意は感じられない。どうやらマルコスを襲っているわけじゃないみたいだ」
「え……?」
冷静なリュウガの言葉にきょとんとしたユーゴが改めて一人と一匹の姿を見やる。
そうすれば、確かにあの蟹の魔物はマルコスに危害を加えるわけでもなく、ただ体を擦り寄らせているだけだということがわかった。
「カァニィィ! カァニィッ!!」
「うおっ!? なんだこいつは!? ええい、離せっ! 鬱陶しい!!」
「……多分、懐かれているんでござるよな?」
「そう、みたいだな……」
広げた両腕でマルコスを抱き締め、口からぶくぶくと泡を吐きながら体を擦り付ける蟹の魔物は、どうやら彼に親愛を示しているようだ。
どこぞの蟹刑事のように「一人減りましたね」ということにならなくて安堵したユーゴが胸を撫で下ろす中、謎の魔物に纏わりつかれているマルコスが叫ぶ。
「おい! お前ら!! 見ていないで早く私を助けろ!!」
「お、おう、悪い!!」
敵意も悪意もないことはなんとなくわかったが、だとしたらこの魔物はいったいなんなのだろうか?
どこから来て、何を目的にこんなことをしているのか……? という疑問を抱きながらマルコスから蟹の魔物を引き剥がそうとしたユーゴたちの耳に、女の子の声が響く。
「コラッ、ポルル! 迷惑かけちゃダメでしょ! 早く離れなさい!!」
「カニッ!?」
叱責の声を耳にした蟹の魔物がビクッ! と体を震わせる。
ユーゴたちがその声のした方向へと一斉に視線を向ければ、一人の少女がこちらへと駆け足で近付いてくる様が目に映った。
「ゴメンね~! この子が迷惑をお掛けしました! ほら、ポルル! 早くその人から離れて!」
「カニィ……」
再度叱責された魔物がシュンとしながらマルコスを解放する。
命令を出した少女はその傍に歩み寄りながら改めて謝罪の言葉を述べた。
「本当にゴメンね! あなたのその魔道具を見て、仲間だと勘違いしちゃったみたいなの!」
「そんなバカみたいな勘違いをするな! どこからどう見ても私は人間だろうが!!」
「まあまあ、落ち着けよマルコス。怪我もないし、悪気があっての行動でもないんだから、許してやりなって」
「ぬぅ……!」
アンヘルから窘められたマルコスは顔を顰めたものの、それ以上は何も言わずに口を閉ざした。
ようやく心の底からの驚愕から回復し始めたユーゴは、そんな彼に代わって少女へと質問を投げかける。
「それで、君は何者なのかな? それに、その蟹の魔物はいったい……?」
「あっ! まだ自己紹介してなかったね! 私はエレナ! こっちはゴールデンキャンサーのポルル! ポルルは私の家族で、一緒に暮らしてるんだ!」
「魔物が家族、だと……?」
ウインドアイランドの太陽のように明るく弾ける笑みを浮かべながら挨拶した少女……エレナの話を聞いたマルコスが怪訝な表情を浮かべる。
上はビキニのみ、下は長いスカートというフラダンスの衣装のような格好をしているエレナは、小麦色に日焼けした肌を惜しげもなく晒しながら彼に向って大きく頷き、口を開いた。
「うん、そうだよ! 私たちの島では魔物たちとお互いに助け合って生活してるの! ポルルはその中でも特別だねどね!」
「ああ、ガイドブックに書いてあったわね。ウインドアイランドの周辺にある島の中には、魔物を飼育している部族がいるとか……」
「へぇ~! そうなのか! いいなぁ、そういうの!」
エリナとセツナの話を聞いたユーゴが笑みを浮かべながら頷く。
既にスカルという前例がある彼は、魔物と共生している部族の存在にも特に驚くことはなかったようだ。
確かにちょっと変わってはいるが、本来敵であるはずの怪人がヒーローに力を貸す展開なんてのも珍しくはないし、そういうのって憧れるよなぁ……! と呑気に考えている彼の横で、マルコスがエレナに尋ねる。
「それで、魔物と共生している部族の人間が、家族と一緒にここに何をしに来た? まさか、遊びに来たわけではあるまい」
「うん……サハギンたちの様子がおかしかったから、もしかしたらここに上陸するんじゃないかなって思って……できたら、騒ぎになる前にどうにかしたかったけど、遅かったみたいだね……」
「サハギンの襲撃を予期していたというのか? まさか、あいつらはお前たちの……?」
「ううん、違うよ。サハギンは獰猛な肉食の魔物。人を襲って食べることもある。私たちも、サハギンとは心を通わせられない。あの子たちは野生の魔物だよ」
あのサハギンたちはエレナの島で飼っている魔物なのかと、そう尋ねるマルコスに対して、彼女は静かに首を振って否定の意を示した。
続けて、話をしようとしたエレナであったが、何かに気付くと傍にいるポルルへと叫ぶようにして言う。
「ポルル、隠れて! いつもの場所で合流!」
「カニィッ!」
「うおっ!? な、なにを……っ!?」
ポルルを砂に潜らせつつ、自分はマルコスに抱き着いて身を屈めるエレナ。
今度は人間に抱き着かれたマルコスが胸板に当たる二つの柔らかく大きな感触に慌てる中、ユーゴたちは海水浴場に姿を現した集団へと目を向けていた。
「ああっ! なんてひどい! 魔物が無残に殺されているわ!!」
「彼らは環境汚染とリゾート開発によって住む場所を奪われただけなのに……!!」
「真の悪は人間よ! 環境破壊反対! 魔物の虐殺、反対!!」
「あいつら、確か……」
「僕たちがウインドアイランドに来た時、船に物を投げつけてた人たちだよ!」
ぞろぞろと砂浜にやってきた人々が、そこに転がっているサハギンたちの亡骸を見て、悲痛な悲鳴を上げる。
かと思ったら次の瞬間には何かを叫び出しており、そんな忙しい彼らが船に向って物を投げつけてきた団体だと気付いたユーゴたちに向け、ひっそりとマルコスの陰に隠れるエレナが言う。
「みんな、魔道具を隠して。あなたたちがサハギンと戦ったってバレたら、大変なことになっちゃうよ」
「どうやらそのようだな。その助言に従わせてもらおう」
幸か不幸か、件の団体はサハギンたちの亡骸を目にしたショックと仲間同士で盛り上がることに夢中で、ユーゴたちの姿が目に入っていないようだ。
見るからに過激な連中と関わり合いになるのは避けるべきだと判断したユーゴたちがひっそりと魔道具を隠す中、エレナが続けて言う。
「私もあの人たちに見つかりたくないの。いい場所があるから、あの人たちがいなくなるまで一緒に隠れてようよ」
「わかった。色々と聞きたいこともあるし、一緒に行こう」
エレナの申し出に乗ったユーゴは、大きく頷いて彼女に案内を頼んだ。
団体に所属している人々の騒ぐ声を背に、彼は仲間たちと共にこの場を離れていくのであった。
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