魔物を撃退!したはずが……?

「ギョググググ……ッ!」


「ギョッ、ガッ……!?」


 覇気を纏ったサクラの言葉を受けたサハギンたちの反応は、綺麗に二つに分かれた。

 一つは怒りを燃え上がらせ、彼女に襲い掛かるというもの、もう一つは恐れをなして海への逃亡を図るというものだ。


 その内、反撃を試みた魔物たちはサクラが振るった薙刀によって斬り捨てられ、先に逝った仲間たちと同様に体を両断されて砂浜へと転がる。

 逃亡するサハギンたちに関しても追撃したリュウガに叩き斬られ、命からがら海に逃げ込めたのはたった一体だけという有様だ。


「すまない、一体取り逃がした!」


「リュウガ、俺に任せてくれ!」


 海へと飛び込んだそのサハギンは、流石の水泳能力を活かして一目散に逃亡を始める。

 あっという間に浜辺から離れていくその背を見つめながら、ユーゴは再び手にしている銃のハンドルを回すと、それを思い切り自分の方へと引っ張った。


「ブラスターボウガン・スナイパーモード……!!」


 シリンダーのようにハンドルを引いたユーゴが、その目に逃げるサハギンの姿を捉える。

 ゆっくりと狙いを定めた武器の銃口には圧縮した風と共に魔力が収束し、強力な風の弾丸を生成していく。


 射程は十分。狙いも定まった。

 ただ、逃げる相手を追い打ちするような行動に若干の苦さを感じながらも……静かに、ユーゴが銃の引き金を引く。


「ブラスト・ボレー……!」


 銃の引き金を引いた瞬間、伸びていたシリンダーがガチンッ! と音を響かせながら元の位置に戻った。

 その勢いと共に発射された風の弾丸は、恐るべき速度で飛翔すると共に逃げるサハギンの背中を撃ち抜く。


「ギャッ……!?」


 極限まで圧縮された風の弾丸に体を撃ち抜かれ、そこに込められた魔力を叩き込まれたサハギンが小さな断末魔の悲鳴を漏らす。

 ビクッ、と震えたその体が力なく崩れ落ちた瞬間、爆発と共に海の水が巻き上げられ、大量の飛沫が浜辺に降り注いだ。


「……終わったね。とりあえず、犠牲者が出なかったみたいで良かった」


「ああ。でも、逃げる相手を後ろから撃ち抜くってのは、あんまいい気分じゃねえな……」


「仕方がないでござるよ。ここで逃がせば、また仲間を引き連れて戻ってくるかもしれない。こうなった以上は撃滅する以外に道はなかったでござる」


 海水浴場を襲撃したサハギンを撃退したユーゴたちが、そんな会話を繰り広げる。

 先の言葉通り、こうして人を襲いにきた以上は屠るしかないと、途中で戦意を失った相手を倒したことに後ろめたさを感じるユーゴをサクラが励ます中、浜辺に転がるサハギンの亡骸を見つめたリュウガが口を開く。


「しかし、どういうことだ? ここは多くの観光客が訪れる場所だろう? 安全対策がされていて当然じゃないか」


「確かにそうだな……魔物の襲撃に対して、なんらかの防御策を講じてないってのはおかしいよな……」


 リュウガの言葉に頷きながら、あってはならない事件が起きたことに対して疑問を抱くユーゴ。

 こういう観光スポットは安全が第一。魔物が出現するだなんてのは論外で、そんな危険があるとなれば封鎖も止む無しとなって当然のはずだ。


 まさかとは思うが、どこぞのサメ映画のようにウインドアイランドの責任者が観光客を逃がさないために危険を承知で海開きをしてしまったのか……? と訝しむユーゴたちの下に駆け寄ろうとしたフィーは、そこでサハギンに襲われていた子供を安全地帯に送り届けたマルコスが浮かない顔をしていることに気付いた。


「また、新たな戦い方を……いったい、奴はどこまで……」


「マルコスさん? どうかしたんですか?」


「……いや、なんでもない。気にするな」


 どこか悔しそうな表情を浮かべているマルコスへとフィーが声をかければ、そこで自分が心の内の想いを声に出してしまっていることに気付いた彼がハッとした後で首を振ってそう答える。

 以前、彼がリュウガと交わした話の内容を覚えていたフィーは、新兵装である緑の鎧を使いこなすユーゴの活躍を見て、マルコスにも思うところがあるのだろうと理解すると、それ以上は何も聞かないことにした。


「それにしても……この辺りの海岸警備はどうなっている? 観光地に魔物の襲撃を許すだなんて、言語道断じゃないか」


「そうだよね。なんか色々とおかしい、よう、な……っ!?」


「……どうした、メルト? 私の顔に何か――?」


 マルコスがわかりやすく話を逸らせば、先の彼の呟きを聞いていなかったメルトがそれに同調する。

 しかし、言葉の途中でこちらを見つめる彼女が驚きの表情を浮かべながら硬直していく様を目にしたマルコスは、怪訝な表情でどうかしたのかとメルトに尋ねた。


 そこで自分の背後に何かの気配があることに気が付いたマルコスが、ゆっくりと振り返ると――?


「カァァァニィィィィィ……!!」


「なっ!? なんだ、こいつは!?」


 そこには、妙な呻き声を漏らす、二足歩行の蟹の姿があることに気が付いた。

 両腕に巨大な鋏を持つ、丸みを帯びたフォルムをした蟹が魔物であることはすぐにわかったが、あまりに突然の事態にマルコスもメルトも反応が遅れてしまったようだ。


 蟹の魔物は、彼らが固まっている間に両腕を大きく広げると、そのまま目の前のマルコスを捕らえるようにして彼に覆いかぶさる。


「カァァァニィィィィッ!!」


「うっ! うおおおおおおおっ!?」

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