ラブコメはここまで!?

「サクラ! これ、腰に巻け!!」


「む? ユーゴ殿、急になにを……?」


 着ていたラッシュガードを脱ぎ、それをサクラへと差し出すユーゴ。

 自分の顔と差し出された上着を交互に見つめている彼女の反応に小さく唸りながら、ユーゴはド直球にものを言う。


「ヤマトの伝統的な水着なのかもしれねえけど、女の子が尻を丸出しにするのはマズいって! ここは学園外の人も多いわけだし……とりあえずこれで隠してくれ、なっ?」


「な、なんと、そういうことでござったか。ユーゴ殿がそう仰るのであれば、仕方がないでござるな」


 ユーゴの言葉に納得したのか、上着を受け取ったサクラがそれを腰に巻く。

 サクラを見つめていた男たちからの恨みが籠もった視線を浴びながらも、これで一旦は落ち着けるとため息を吐いたユーゴは、仲間たちの方を向くと淡い希望を込めてこう尋ねた。


「なあ。誰か予備の水着を持ってたりなんかしねえよな?」


「流石にそれはないかな……そもそも持っていたとして、サイズが微妙に合わないだろうしさ」


「ああ、うん。だよなぁ……」


 何とは言わないが、メルトとセツナ以上、アンヘル以下というのがサクラの諸々のサイズ感だ。

 万が一にも彼女たちが予備の水着を持っていたとしても、サクラが着て問題ないかと言われれば疑問が残る。


「もうこうなったら、新しい水着を用意するっきゃねえよな……宿泊先のホテルに売ってたっけか?」


「多分、あるんじゃないかな? リゾート地みたいなものだし、そういうのも売ってるはずだよ」


「よし。じゃあ、いっちょ買いに行こうぜ、サクラ」


「「えっ!?」」


 フィーと会話をした後、ホテルに戻ってサクラの水着を買うことにしたユーゴが彼女へと声をかければ、メルトとセツナが驚きに低い声で呻いた。

 まさかの事態に困惑する彼女たちは、ユーゴを押し留めるべく彼に声をかける。


「い、いや! ユーゴが行く必要はないんじゃないかな? 女の子が一緒に行った方がいい気がするんだけど!」


「そ、そうよ! 女子用の水着を男のユーゴが買いに行くだなんて、気まずいでしょう?」


「こういう場所で女子だけで動いたら、ナンパされる可能性があるだろ? 悪い虫よけが一緒の方が安心だって」


「マルコス! サクラについていって、一緒に水着を買ってきて!」


「私を巻き込むな! お前たちだけでやれ!!」


「ユーゴ殿に水着を選んでいただく……これはつまり、ユーゴ殿好みの女子に仕立てられるということでは? 肌を隠すように言われたのも、俗にいう『お前のそんな姿を他の男たちに見せたくない』というやつでござらぬか? つまり拙者はユーゴ殿に見初められているということでござるな!」


「サクラ? 随分と都合よく物事を考えてないで、現実と常識を見直したらどうかしら?」


「……完全にアタシのことを忘れてるな、あいつら」


「あの、サクラちゃんがすいません……私でよければ、日焼け止めをお塗りしましょうか?」


「ああ、うん……頼んだ」


 先ほどまで話の中心にいたはずの自分が完全に蚊帳の外になっている状況をボヤくアンヘル。

 ひょっこりと姿を現したライハの提案をありがたく受け、背中に日焼け止めを塗ってもらいながら、彼女へと尋ねる。


「ライハは水着を見せびらかしたりしないのか? お前さんも結構なモンをお持ちだったろ?」


「そんな。私なんてアンヘルさんたちに比べたら、全然子供っぽいですよ……」


「そんなことありませんよ! ライハさんの水着姿はとても素敵です! 一度見せつければ、海中の殿方の視線を集めに集めるでしょう! お兄様もそう思いますよね!?」


「……そこで僕に話を振る理由があったのか?」


 アンヘルとライハの会話に強引に割って入ったユイが、これまた強引に兄へとパスを送る。

 ここがチャンスだと、アンヘルとユイが視線でライハにエールを送る中、息を飲んだ彼女がおずおずとした様子でリュウガへと声をかけた。


「……見てみたい、ですか? その、リュウガさんも私の水着姿、を……?」


 伏し目がちに、上目遣いになって、勇気を振り絞ったライハがリュウガへとそう尋ねる。

 少しでも察する能力がある男ならば、色々とドギマギする場面なのだろうが……リュウガは怪訝そうな表情を浮かべて目を細めると、いつも通りの言葉をライハへと返してしまった。


「……何を言っている? 僕にくだらない質問をするな」


「っ……! そう、ですよね。申し訳ありませんでした……」


 ぶっきらぼうにそう言い捨てられたライハが謝罪の言葉を口にしながら小さな体をさらに小さくする。

 こりゃダメだと、リュウガの残念な対応にアンヘルがため息を吐けば、彼の妹は頬を膨らませながら文句と共に兄へと蹴りを繰り出してみせた。


「お~に~い~さ~ま~! その言い方はないでしょう! もう!!」


「止めろ、ユイ。上着が汚れる」


 鈍感なのか、鈍感なふりをしているだけなのか、よくわからない兄へと不満をぶつけにぶつけるユイ。

 そんな中、アンヘルは意気消沈しているライハへと声をかける。


「そう落ち込むなよ。お前が悪いわけじゃあないさ」


「いえ……リュウガさんが仰った通り、くだらない質問でしたし……馴れ馴れしく接し過ぎたと思います」


「別に多少は馴れ馴れしくていいだろ? 気まずい関係とか因縁があるにせよ、それをそのままにしないためには近付いて話さなきゃいけないんだから」


「………」


 暗い表情を浮かべるライハの様子に、こっちもこっちで問題があるなと苦笑するアンヘル。

 あっちで騒ぐユーゴたちの賑やかさを分けてほしいなと考えていた彼女であったが、不意に楽しい空気を切り裂くような悲鳴が海辺に響いた。


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