守破離

 リュウガの言葉に息を飲んだマルコスが、ぶるりと心臓を震わせた。

 何か、鼓動が響く度に熱いものが体中に響き渡っていくような感覚を覚えながら立ち上がった彼へと、リュウガが問う。


「マルコス……『ギガシザース』は君の家に代々伝わる魔道具だったね? ということは、それを使った戦い方も代々受け継がれてきたということで間違いないな?」


「ああ、そうだ」


「なら、話は簡単だ。マルコス、君はその魔道具を使っての戦い方を完璧に身につけた。防御の術や新たな機能である受けた攻撃を魔力として蓄積する能力を含め、それを完璧に扱いこなしている。だから、次は破る番だ」


「……先ほどもお前はという言葉を口にしていたな。どういう意味だ?」


 リュウガの話の中で気になった部分である、破るという言葉。そこに何か隠された意味があるのではないかと感じ取ったマルコスが彼へと質問を投げかける。

 そうすれば、リュウガは頷きを見せた後で詳しい解説をし始めた。


守破離しゅはり……ヤマトに伝わる格言のようなものだ。これは、武道や茶道といった様々な道を極めるにあたり、その修行過程を示す言葉でもある」


 そう述べたリュウガが、指を一本立ててマルコスへと見せつける。

 その指を見つめる彼に対して、リュウガは守破離の段階一つ一つを説明していった。


「まず、最初の段階である守。師の教えを忠実に、型を完璧に身につける段階だ。今の君はこの過程を終えている。基礎は学び終えた、ということさ」


「………」


 ボルグ家に伝わるギガシザースの扱いは、ほぼ完璧に習得した。

 マルコスの防御は固く、自分や他者を守る技術に関しては右に出る者がいないレベルにまで高めている。


 故に今日、リュウガたちがやって来るまで行っていた基礎技術を磨くような訓練を重ねても、左程意味がない。

 今のマルコスにはその段階に相応しい形の訓練があるということだ。


「次の段階の破……身につけた型を敢えて段階だ。より自分に相応しく合った形に作り変えていく。そうして作り上げた新しい型は、最初に身につけたものと大きく変わっているはずだ。だから離れる。独立する。これを離と呼び、この三段階を以て、修行は区切りをつけるということさ」


 実際は離を終えた後も研鑽が続いていくけどね、と付け加えつつ、守破離に関しての解説を終えるリュウガ。

 そんな彼に対して、マルコスは真剣な顔をしながら言う。


「私は今、守の段階を終えた。ここから破の段階に進まなければならないということか……」


「そう。今までがボルグ流だとしたなら、これからはマルコス流の戦い方を模索し、身につけていく。そういう段階まできたんだよ」


 基礎的な武術を学び、そこにブラスタの機能を加え、様々な能力を使いこなしたユーゴが自分なりの戦い方を編み出したように、マルコスもまた自分流の戦い方を作り上げる時がきた。

 先ほどまでとは違った意味で握り締めた拳を震わせるマルコスに対して、リュウガが口を開く。


「守破離の全てを終えた時、君は格段に強くなる。ただし、ここからは指針がほとんどない訓練の連続だ。何が自分に合い、正しい形なのかを、自分で判断していかなければならないからね」


「………」


「や、やりましたね、マルコス様! マルコス様の努力が結実する日も近いですよ!」


「そうです! ユーゴ・クレイに追い付く日も、すぐそこですよ!」


 握り締めた拳を見つめるマルコスへと、祝福の言葉を贈る部下たち。

 しかし、彼はそんな部下たちからの言葉に反応を見せず、不意に顔を上げると共にリュウガへと言った。


「リュウガ、先ほどお前は私の防御の技術は習熟していると言ったな。しかし、私はお前の攻撃をしのぎ切れなかった。これは矛盾していないか?」


「確かにね、君の言う通りだ」


「おい、ちょっと待て! 言っていることがおかしいだろう!! 貴様、適当なことを言ってるんじゃないだろうな!?」


 真剣な質問に対して、軽い口調で答えてきたリュウガの態度に憤慨するマルコス。

 質問に答えたら答えたで若干腹が立つなと、自分をからかっているんじゃないかと怒る彼であったが、リュウガはどこか楽しそうになぞかけのようなことを言ってくる。


「僕は何も嘘は言っていない。守りに関して、君の技術は超一流だ。しかし、君は僕の攻撃を防ぎ切れなかったし、僕と比べて大きく疲弊している。さあ、どうしてだと思う?」


「どうして、だと……?」


「言っただろう? ここからは全て自分で判断していく必要があると。その疑問は君が強くなるための指針になるはずだ。どうして君の技術が僕に通じなかったのか……その理由はなんだと思う?」


「私に質問をするな! なんだか妙に腹が立つ……!!」


 普段と立場が逆転しているが、状態に関してはあまり変わっていない雰囲気で会話する二人。

 笑いながらのリュウガの質問に若干苛立ちながらも考え始めたマルコスは、腕を組んで唸り始める。


(どうしてリュウガに通用しなかったか、だと? 私の技量が不足していた以外に何かあるのか……!?)


「……自分を過小評価するなと言っただろう? 君の悪い癖だよ、マルコス」


「私の考えを読むなっ!!」


 純粋な技量と実力不足以外に何が原因だというのだろうか? そう考えたマルコスへと、リュウガの叱責が飛ぶ。

 褒められているはずなのに貶されている気しかしないマルコスが苦々し気な表情を浮かべる中、ここまでの話し合いを見守っていたフィーが手を挙げ、口を開いた。

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