夕刻、訓練場のマルコスとリュウガ……

「……ここまでにしよう。もう十分だ」


 ――時は流れ、夕刻。日が沈みかけ、空が橙色に染まりつつある頃、訓練場で模擬戦を行っていたリュウガが刀を鞘に納めながら言った。

 キンッ、と鍔鳴りを響かせながら涼しい顔をしている彼の表情を、マルコスは地面に片膝をついたまま見つめている。


「ぜぇっ、ぜぇっ……! まだ、だっ! もう一戦、立ち合え……っ!」


「ここまでだと言っただろう。もう十分戦った、これ以上は必要ない」


「ぐっ……!」


 荒くなった呼吸と滝のように噴き出す汗が、マルコスの疲労を物語っている。

 気力でなんとか立ち上がろうとする自分を一瞥し、無理はするなと暗に告げるリュウガの言葉に、マルコスは悔しさと不甲斐なさを入り混じらせた感情を抱いていた。


(ここまでか……! ここまでの差が、存在しているというのか……!?)


 リュウガが訓練場にやって来てから今まで、何度彼と立ち会っただろう?

 十を超えた辺りで数えるのを止めたが、相当な回数の模擬戦を行ったはずだ。


 その全てにおいて、自分は彼に敗北している。

 しかもただ負け続けたのではない。勝利に至る道筋すらも見いだせないまま、完敗を重ね続けてしまった。


 風のような連撃も、水のような変幻自在の太刀筋も、雷のような強烈な斬撃も……防げないまま、有効打をもらい続けた。

 リュウガの剣技を前に一方的な敗北を重ね続けたマルコスは、その実力差を自覚すると共に拳を強く握り締める。


「文字通り、次元が違う……! 強さの次元が、一つも二つもかけ離れている……!!」


「マルコスさん……」


 何度も敗れ、リュウガとの実力差を思い知ったマルコスの呻きを聞いたフィーが不安気に彼を見つめる。

 マルコスの部下たちもまた、ここまで手ひどくやられ続けた彼のことを心配しているようだ。


 ただ、下手な慰めは逆にマルコスの心とプライドを傷付けかねない。

 今の彼に何を言うべきか迷い、声をかけられないでいるフィーたちであったが、その状況の中でリュウガが口を開く。


「……卑屈になり過ぎだ。マルコス、君はもう少し自分に自信を持った方がいい」


「っっ……!?」


 リュウガのその一言に、マルコスが息を飲む。

 すぐに険しい表情になった彼は、息を整えた後でリュウガへと食って掛かった。


「この状況で自信を持て、だと……? それは嫌味か? 私を茶化しているのか!?」


「そうじゃない。言葉通りの意味だ。君は少し、卑屈が過ぎる」


 珍しくまともに質問に答えたリュウガが、マルコスを真っ直ぐに見据えながら彼へと言い放つ。

 ふざけているわけでも、心にもない慰めの言葉を口にしているわけでもない。本心から彼がその言葉を述べたことを理解したマルコスが口を閉ざす中、リュウガが話を続ける。


「君が今、僕やユーゴと比べて弱いことは事実だ。しかし、君が思っているよりも僕たちの間に実力差はない。そもそも、君は十分過ぎるほどに実力者だ。弱くなんかない」


「だが、私は現にお前に――!!」


「僕に勝てなかった、それがなんだ? 僕やユーゴと同等の実力を持っていないことは、君が弱者である理由にはならない」


「……!!」


 半分は説教に聞こえるが、もう半分は直球な賞賛の言葉だ。

 褒められているのか、叱られているのか、よくわからなくなって頭が混乱してしまっているマルコスに対して、真剣な表情を浮かべたリュウガが言う。


「強くなるための第一歩は、自分の実力を正しく見極めることだ。自分の実力を過大評価することはもちろん良くないが……過小評価するのも良くない。君は後者の人間だよ、マルコス。強者であるユーゴの戦いを傍で見続けたことで、強さの基準がおかしくなっているんだ」


 ラッシュが変身した蟹の魔鎧獣に始まり、ユーゴとリュウガが二人がかりで倒したギガンテス、昆虫館の兄妹やクロトバリのようなレベル2に到達した魔鎧獣、更には龍人となったザラキなど……これまでマルコスは、かなりの強敵たちと出会い、それを打ち倒すユーゴの姿を見続けてきた。

 故に、ユーゴを意識し過ぎており、気付いていないのだ。彼と同じく、厳しい戦いを乗り越え続けてきた自分の実力が、大きく跳ね上がっていることに。


 ユーゴやリュウガと比べれば弱いかもしれない。だが、人間が変身した魔鎧獣や英雄候補と呼ばれる生徒たちと勝負すれば、間違いなくマルコスが勝つ。

 上を見続けているせいで、自分が今、どこに立っているのかがわからなくなっていることが、自分の実力を必要以上に低く見てしまっていることこそが問題だと述べるリュウガに対して、マルコスが唸る。


「だが……それがなんだと言うんだ? 私は十分に強いのかもしれん。しかし、それでは満足などできん! もっと強く、お前たちと並び立てるほどの強さがなければ、意味がない!!」


「焦るなよ、マルコス。言っただろう? 自分の実力を正しく見極めろと……この言葉の意味は『自分が今、どの段階に在るのかを理解しろ』ということだ」


「どの段階か、だと……?」 


 小さくリュウガが頷く。

 目を見開き、驚いた表情を浮かべているマルコスへと、彼はこう告げた。


「気付け、マルコス。君は今、次の段階に進むところまで辿り着いている。殻をる時がきたんだよ」

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