買い物は続くよ、どこまでも

「あのさ、これは私の勝手な考えではあるんだけど……リュウガだって、ライハに恋愛してほしくないなんて思ってないはずだよ」


「そうですよ。ライハさんがそんなふうに俯いたまま、一生独りで生きることをお兄様は望んでなんていないです」


「……そうかもしれません。ですが、人生を狂わせた張本人である私に想いを寄せられていると知ったら、きっとリュウガさんは迷惑に思うでしょう。お父上の仇を愛することなど、できるはずがないのですから……」


 そう言ったライハが、小さく息を吐く。

 自分の目の前に置かれている紅茶を飲み、少し落ち着いた後、彼女はこう続けた。


「それに、私はまだ贖罪を始めたばかりです。そんな状態で恋にうつつを抜かしていると知られたら、それこそリュウガさんに失望されてしまいます」


「う~ん……失望はしないと思うけど、そう考えるライハの気持ちもわかるな」


「よくよく考えれば、リュウガ殿は何を考えているかよくわからない御仁であるからな……そこが多少、怖くもあるでござる」


「怖い人じゃあないよ。もしリュウガさんがそういう人だったら、私は今、ここにいないもの」


 サクラの呟きに対して、静かに反論するライハ。

 そういうところだぞ、と一同が思う中、メルトが自分の考えを彼女へと述べる。


「私もそう思うよ。リュウガが嫌な奴だったら、ユーゴがあんなに信頼するわけないもん。ただちょっと、ライハへの態度が不器用なだけだよね」


「そうね。あとは……今、彼も変わろうとしている最中だってことかしら?」


「リュウガは今、憎しみと怒りを胸に生きていた自分を変えようと必死にもがいてる。あの事件の真実を知って、ライハを許そうと心の整理をしてる最中だから、接し方が微妙な感じになってるってことだな」


「ふむ……思えば、こちらに留学してきた頃は色んな本心を隠して、我々にも自然な態度を見せていたでござるからな。今は逆に、本心を見せてくれている……これはいい方向に向かっている兆候、でござるか?」


「そう思います。お兄様をずっと見てきましたが、今が一番幸せそうですから」


 先輩たちの話に、同意しながら参加するユイ。

 兄のことを思いながら、メルトたちへと自分の意見を話していく。


「お兄様はこれまで、本当に気を許せる友人を作らないでいました。その才を疎まれ、立ち合いを申し込まれることもしばしば。私にはそういった顔は見せないようにしていましたが……周りは敵だらけというのが当たり前の感覚だったのでしょう。でも、今は違います。皆さんがいてくれますから」


 ルミナス学園に留学してきて、ユーゴに出会って……リュウガはかけがえのないものを得た。

 そして、彼らとの関わりの中で五年前の事件の真実を知り、止まっていた時を再び動かすきっかけを得ることもできた。


 今、リュウガは過去を振り切ろうとしている最中だ。その支えになっているのは、新たに得た絆たちだろう。

 そうやって前を向いて進もうとしている兄の姿を見ている妹としては、ライハにも感謝の気持ちを抱いている。


 ユイは、その気持ちを悩み、迷うライハへと言葉にして伝えてみせた。


「前にも言いましたが、お兄様はライハさんに救われている部分もあると思います。過去を乗り越えて変わろうとしているあなたの姿を自分と重ねて、自分も負けてられないって思ってるはずです」


「なるほど、リュウガ殿はライハに共感し、シン、シン……あれ?」


「シンパシーを感じてる、でしょう?」


「そうそう! それそれ!!」


 横文字に弱いサクラへのツッコミ兼指摘をしたセツナが、彼女の嬉しそうな反応に苦笑を浮かべる。

 同じようにくすくすと笑ったユイは、一度途切れてしまった話を再開させていった。


「さっきは話が途中で終わってしまいましたが、お兄様はライハさんの気持ちに絶対気付いていませんよ。心のどこかで、自分なんかを好きになる人間がいるはずがないって思いが根付いてますし、それに――」


「それに……なんでしょう?」


「――誰よりも、自分の気持ちに鈍感なんです。本当は意識してるんですよ、ライハさんのこと」


 少しだけ楽しそうに、多分に兄の鈍さをからかうように、笑みを浮かべるユイ。

 その言葉に驚くライハに向け、メルトたちが口々に言う。


「ということはことは……脈あり、ってことでござるか!? やったでござるな、ライハ!!」


「こうなったら、指を咥えて見ている必要なんてないわよ。勝負を仕掛けましょう」


「差し当たり、留学旅行でモーションをかけるか。いい乳してるし、水着姿を見せりゃあ、朴念仁のリュウガでも流石に反応するだろ」


「そうとなったらライハもかわいい水着を買わなくっちゃ! もう一回、お店に行くよ~! けって~い!!」


「私もお手伝いします! お兄様のこと、思いっきり動揺させちゃいましょう!」


「え? あ、ちょっと! ま、待ってください! わ、私、そんなスタイルに自信ないですし、恥ずかし……あっ、あっ、あっ!? 待って~っ!!」


 あれよあれよという間に友人たちに連れ去られ、水着を買いに行くことになったライハの戸惑う声が響く。

 こうして、女性陣は楽しい楽しい買い物を続け、ライハはちょっとの間、水着姿を友達に見られ続けるという恥ずかしい目に遭い続けたそうな。


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