side:黒幕(仄暗い深淵の中で)
「ふふふふふふふ……! はははははははっ!!」
「……えらく上機嫌だね、アビス。楽しそうで何よりだ」
「ええ! それはもう楽しいですとも! 着々と舞台の準備が整っているんですからねえ!」
――どこかわからない、暗闇の中。そこに響き渡るような笑いを漏らすアビスへとロストが声をかければ、彼は実に楽し気にそう答えてみせた。
ちらりと、彼の傍に在るものを一瞥した後、再びアビスへと視線を戻したロストが質問を投げかける。
「わざわざ回収してきたそれ、どうするつもりだい?」
「言ったでしょう? 舞台の準備だって……彼には私の演出の手助けをしてもらう予定です」
そう、ロストの質問に答えながら横を向いたアビスは、そこで白目を剥いているシアンの姿を見て、狂気的な笑みを浮かべた。
そんなアビスの様子にため息を吐くロストへと、ドロップが声をかけてくる。
「楽しそうだね、アビス。あの主人公(ざまぁ済み)がそんなに気に入ったのかな?」
「回りくどい真似までして回収するくらいだから、そうなんだろうね」
元々、ルミナス学園からの退学処分を受けたシアンは、管制室にいた教師や生徒たちへの暴行という罪で警備隊へと連行されることになっていた。
しかし、アビスが警備隊に化けて彼の身柄を確保し、ここに連れてきたのだ。
「……まあ、彼に気に入られることが幸福だとはこれっぽっちも思わないけどさ」
わざわざ回りくどいことをしてまでシアンを手に入れたアビスだが、当然ながら彼のことを助けたいと思ってそんな真似をしたわけではない。
アビスにとって、シアンは舞台装置の一つだ。あるいは、自分が演出する舞台の出演者の一人として考えているのだろう。
ロスト的には、賞味期限の切れたシアンをわざわざもう一度舞台に立たせる必要はないと思っているし、華々しく散らせるような展開にするのはもったいないとも思っている。
だがまあ、そこはアビスなりの考えがあるのだろうし、黒幕としては相互不干渉といった形を取った方が色々と丸いことになるため、黙っていた。
「彼は素晴らしいですよ! 私が作り上げる舞台において、最高のピースになってくれるでしょう! そして、この物語を終わりに導く存在として、最高の存在感を放ってくれる!! 間違いない!!」
「……興奮してるね。君が楽しそうで何よりだ」
「楽しいですとも! ロスト、あなたにも感謝していますよ! このシアン・フェイルという男をここまで転落させてくれたのは、あなたなんですからねぇ!」
「え~……ドロップちゃんにはお礼とかなし? 軽んじられてるみたいで頭にくるわ~」
「おっと! 失礼、失礼! 興奮のあまり、頭が回っていませんでした! 失礼な物言いを許してください、ドロップ。お詫びとしてはなんですが、いいものをお見せしますから」
文句を言ってきたドロップへと謝罪したアビスは、意味深な笑みを浮かべながらパチンと指を鳴らした。
そうすれば、彼の傍にいるシアンが激しく痙攣し始めたではないか。
「あがががががががががががががが……っ!?」
「……なにしてんの、それ?」
「ん~……都合よく記憶を改ざんしている、といったところでしょうか。色々と、このままだと困りますしね。キャラクターの設定は整えておかないと」
そう言って痙攣するシアンから視線を外したアビスが、再び指を鳴らす。
ロストとドロップが見守る前で、今度は手の平サイズの鉄板のような物体が浮遊し、二人へと近付いてきた。
「これは……?」
「ふふふ……! あなたたちもご存じでしょう? 【ルミナス・ヒストリー】の修学旅行編において重要な鍵を握るアイテム……おっと! これ以上はネタバレになってしまいますので、黙っておきましょう。私たちのことを見ている方の楽しみを奪ってしまうのは良くないですからね!」
わざとらしくそう言うアビスの前で、その鉄板の一つを手に取るロスト。
形状は様々だが、何か文字のような、紋章のようなものが刻まれているそれを黙って見つめる彼へと、アビスが言う。
「ロスト、あなたも楽しみでしょう? 最高の舞台で、主人公と呼ばれる転生者たちの化けの皮が剝がされ、最低の終焉を迎える瞬間が……! あなたやオーディエンスの期待を裏切らない、最高のエンターテインメントにしてみせますとも、ええ」
「……まあ、頑張りなよ。応援はしているからさ」
フードで隠した顔の、唯一見える部分。口元を緩く歪ませて頬笑みを浮かべたロストがアビスへと言う。
そうした後、自分を伴ってその場から離れた彼へと、ドロップがこう問いかける。
「本当は期待なんかしてないんでしょう? あんた、ここで終わりになんてしたくないんじゃない?」
「当たり前だろう? でも、アビスを応援しているってのは本当だよ。彼が用意した舞台で、マイヒーローが大暴れする姿は是非とも見てみたいからね」
アビスは、ここで終焉を迎えさせると言った。だが、ロストはそんなことを望んでいない。彼はまだまだ、ヒーローであるユーゴの活躍を見ていたいのだ。
しかし、だからといってアビスの邪魔をするつもりもない。彼の野望を打ち砕くのは、やっぱりヒーローであるユーゴの役目なのだから。
「波乱の修学旅行編だね~。どうなることやら」
「そりゃあ、マイヒーローが最高のエンターテインメントを見せてくれるに決まっているよ! そこだけは、間違いないと言い切れる!」
ドロップの言葉に対して、楽し気に言い切るロスト。
なかなかに彼も狂っているなと思いながら、それは自分も同じかと自嘲したドロップも笑みを浮かべると共に、もうじき訪れるであろう大騒動へと思いを馳せるのであった。
―――――――――――――――
あと短編を一本書いたら、修学旅行編に突入する予定です。
次の短編は戦いとかそういうのではなく、ギャグとシリアスが七:三くらいであるお話なので、肩の力を抜きつつ楽しんでいただけたらな~……と思っております!
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