side:シアン(あの兄妹を舐めていた男の話)

「クソッ! あそこまで有利な状況を作ってやったのに、なんで負けてるんだよ!? マジで使えねえな!!」


 管制室からユーゴがメイルビートルにトドメを刺す場面を見ていたシアンは、抑え切れない苛立ちを消えた魔鎧獣へと吐き捨てるようにして叫んでいた。


 装着者に弱体化をかける腕輪を外され、ユーゴが万全の状態で戦えるようになった今、彼に勝つのはとんでもなく難しい。

 ならば、ギガンテスのような超強力な相手を召喚してやろうかとも思ったが……学園側が掛けているセーフティによって、それもできないでいる。


「負けろよ! 無様にやられろよ! 俺の引き立て役になれよ! なんでゲームキャラが、ことごとく俺の邪魔をしてくるんだよ!?」


 追放ざまぁ系の悪役のように、ユーゴとネリエスはここで無様にメイルビートルに敗北すべきだった。それがシアンが思い描いていた展開で、そこから自分の逆襲が始まるはずだった。

 しかし……二人は、このピンチを乗り越え、シアンの想定を超えてしまった。

 思い通りにならない状況に苛立つ彼を追い詰めるように、管制室の扉を叩くマルコスたちの声が響く。


「おい! 誰かいないか! この扉を開けろ!!」


「くっそっ! 何度も叩いてるのに、全然壊れねえぞ! この扉!!」


「結界が強過ぎるのよ! 単純な力押しでどうにかなるものじゃないわ!」


「ああああああああ……っ! うるせえっ! うるせえうるせえ、うるせえええっ!! どうせ壊せねえんだから、無駄なことして俺を苛立たせんじゃねえっ!!」


 頭の中にガンガンと大きな音が響く。

 それが扉が叩かれる音なのか、それとも自分自身の叫びなのかもわからなくなっているくらい、シアンは錯乱していた。


 扉の向こう側には聞こえない叫びを上げ、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返し……顔を上げたところで、少しは冷静さを取り戻したようだ。

 扉をこじ開けようとしているマルコスたちと、演習場内で油断なく周囲を窺っているユーゴたちの姿を見ながら、シアンは舌打ちを鳴らす。


(くそっ……! だったら、最後にありったけの魔鎧獣を召喚して、撤退してやる……!!)


 ここでユーゴを痛めつけて、ネリエスも退学にして、ピーウィーたちにざまぁと言ってやるつもりだったが……忌まわしいことに、事態はまたしても自分の期待を裏切ってくれた。

 このままここにいても仕方がない。だが、このままで済ませては自分の腹の虫が治まらない。

 せめて置き土産に大量の魔鎧獣を召喚して、そのパニックの最中に脱出してやろうと、シアンが考えた時だった。


「なっ……!?」

 

 ジャキン! という鋭い音が部屋の入り口から響いた。

 驚いたシアンがそちらへと顔を向ければ、結界で強化されているはずの扉を四等分するような、十字型の傷が刻まれているではないか。


 マズい……そう思ったシアンが透明薬を飲んだのと、扉が激しい音を響かせながら吹き飛んだのはほぼ同時だった。

 穴が空いた結界の向こう側から、人が踏み込んでくる足音と共に話し合う声が聞こえてくる。


「ありがとうございます! リュウガさんをお呼びして、正解でした!!」


「流石だね。扉をぶった斬るのはお手の物じゃないか」


「……もしかしてだけど、それは嫌味かい?」


「アタシに質問すんな。それよりも、今はユーゴたちを助けなきゃ」


 この短期間で二度も扉を叩き斬る羽目になったリュウガが、若干渋い表情を浮かべながらアンヘルに応える。

 中に踏み込んだ仲間たちは倒れている教師や補佐役の生徒たちへと駆け寄ったり、装置を操作して結界を解除したりする中、なんとか姿を消すのが間に合ったシアンは安堵のため息を吐いていた。


(あぶねえ、あぶねえ。まさかリュウガが、結界ごと扉をぶっ壊せるなんてな……! まあ、お陰で逃げる隙ができた。こいつらが他のことに気を取られている間に、俺はさっさとこの場から離れるとするか)


 こんな馬鹿な真似ができるキャラがいたことは驚きだが、お陰で逃げるタイミングを作ってもらえた。

 マルコスたちが倒れている人間やユーゴたちに気を取られている隙に、さっさとこの場からトンズラしてしまおうと……そう考え、忍び足で開きっぱなしになっている管制室の出口へと向かおうとしたシアンだったが……?


「そこです、お兄様」


「ああ、わかった」


「へ……?」


 ――静かに、目の前に立つ少女が自分を指差す様を目にしたシアンの口から、間抜けな声が漏れる。

 目を閉じたまま、薬を飲んで姿を消しているはずの自分へと人差し指を突き付けるユイと向かい合ったシアンが、彼女が視力ではなく心の目で世界を見ていることを思い出して血相を変えた瞬間……リュウガの斬撃が彼を襲った。


「ぎゃああっ!?」


「なっ、なんだっ!?」


 烈風が室内の空気を揺らし、その直後に響いた悲鳴を聞いた一同が驚きに顔を上げてそちらを見れば、何もない空間からだらだらと垂れる赤い血がそこにあった。

 何かがそこにいると存在を知覚されてしまったせいか、はたまたリュウガの攻撃を受けたことで戦闘状態になったと判断されたせいか、服用した透明薬の効果が切れる。


「シ、シアン……!?」


「なっ? く、薬の効果が、切れて……!?」


 一同の視線を浴びる中、腕から血を流しながら苦悶の表情を浮かべるシアンは、彼らが目を見開いて絶句している様を目にして、自分の姿が見えていることに愕然とした。

 どこからどう考えても怪しいどころか、言い訳などできるわけがない状況に追い詰められたシアンが顔を青くする中、冷徹な眼差しを彼へと向けながら、リュウガが言う。


「ユイに言われずとも、お前がこの部屋にいることはわかっていたよ。性根の腐り切った、外道の気配がしたからな」


「うっ、ぐっ……!?」


 ゆっくりと、リュウガが持ち上げた刀の切っ先をシアンへと向ける。

 その鋭さにも負けない眼差しが幾つも自分に向けられていることを感じ、息と声を詰まらせる彼は、有無を言わせぬ迫力を放つリュウガの言葉に、ぶるりと体を震わせた。


「さて、答えてもらおうか。お前は今、ここで、何をしていた?」

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