私の命、あなたに預けます!
今度は、ユーゴがネリエスの言葉に驚く番だった。
魔鎧獣に襲われ、今まさに危機に瀕しているはずの彼女の発言に言葉を失うユーゴに対して、ネリエスが続ける。
「この状況、明らかに変です! 試験の範囲を逸脱しています! もしもこれが私の判断を見るためのものだというのなら……ユーゴさん! 腕輪を外して、全力で戦えるようにしてください! その時間は、私が稼ぎます!」
何かが妙だとは、ユーゴも思っていた。ネリエスも同じことを考え、その上で弱体化の元凶である腕輪を外せと言っている。
しかし、この腕輪は簡単に外せるようにはなっていないし、そもそもブラスタを纏っているユーゴはそれを解除し、無防備な状態にならなければ腕輪を外せない。
メイルビートルの攻撃に晒されている以上はどうしたって無理だったその行為だが、ネリエスが囮になってくれている今ならば、確かに可能だ。
だが、しかし……それはネリエスの身を危険に晒すということに他ならない。
もしもこれが試験ではなく、緊急事態が発生したが故の状況だとしたら、なおのこと危険だ。
ネリエスの言う通りにすべきなのか、それとも彼女を守りに動くべきなのか。
悩むユーゴであったが、その迷いを振り切らせるようにネリエスが叫んだ。
「私のことを信じて、指示に従ってくれるんでしょう!? だったら、信じてください! 私は、大丈夫です!!」
「……!!」
はっきりとそう言い切った彼女の言葉に、ユーゴが背筋を伸ばす。
メイルビートルの攻撃を躱しながら、ユーゴを見つめながら、ネリエスは大声で叫んだ。
「私の命、ユーゴさんに預けます!! だから、今の内に腕輪を!!」
「……わかった! 少しだけ時間を稼いでくれ、ネリエス!」
先の自分の言葉をそっくりそのまま返してきたネリエスの意志を感じ取ったユーゴは、覚悟を決めた。
ブラスタを解除し、手首に嵌められた腕輪を掴んだ彼は、魔法で外しにくくなっているそれを懸命に引っ張り始める。
その間、ネリエスは襲い来るメイルビートルの攻撃を必死に回避し続けていた。
「はっ! んっ! ひゃうっ!!」
「ジュラアア……ッ!!」
ユーゴやミザリーのように華麗に……とはいかず、どうにも恰好が付かない動きをしている彼女であったが、それでも攻撃を凌げていることに変わりはない。
自身の俊敏性を強化する魔法をかけたお陰もあってか、動きの遅いメイルビートルに的を絞らせず、回避を成功させ続けていた。
(いける! ユーゴさんの後ろからこいつの攻撃を見てたお陰で、パターンも読めてきた! このまま、時間を稼げれば――!!)
これまでの訓練の中で、ネリエスはユーゴたちの動きを見てきた。
彼らに比べれば、メイルビートルの動きは止まっているように遅い。先ほど、ユーゴに指示を出す際に必死になって注視したお陰で、攻撃のパターンも読めている。
やれる。このまま時間を稼げる。
そう考え、動き続けようとしたネリエスであったが……不意にガクンと膝が折れ、その場にへたり込んでしまった。
「あ、れ……?」
慌てて立ち上がった彼女は、そこで自分の息がかなり荒くなっていることに気付いた。そして、体が随分と重くなっていることも。
愕然としたその隙を突いて繰り出されたメイルビートルの攻撃は地面を転がって何とか回避したものの、そこで動けなくなってしまったネリエスは、自嘲気味に呟く。
「調子、乗っちゃったな……馬鹿だ、私……」
敵の攻撃を冷静に見切り、魔法で動きを素早くして、回避行動を取り続けることはできた。
だが……唯一、
緊張感と使命感で必死になって動いていたお陰で疲れを忘れていたが、もうそれも限界のようだ。
息を荒げ、汗を噴き出させて、へたり込んだまま動けなくなったネリエスへと、メイルビートルが近付いてくる。
「……体、もっと鍛えておけば良かったなぁ」
そう、後悔を呟くネリエスの目の前で、メイルビートルが剣を振り上げる。
ぎゅっと目を閉じ、体を縮こませた彼女であったが、その耳にカァン、という金属音が響いた。
「よう。こっち向けよ、化物」
「ジュッ……!?」
驚くネリエスの視界に、背後から声をかけられたメイルビートルが振り向く様が映る。
次の瞬間、フック気味に繰り出された一発を喰らって地面へと殴り倒された魔鎧獣の向こう側から見えたユーゴの姿に、ネリエスの表情がぱあっと明るくなった。
「ユーゴさん!!」
「悪い、遅くなった。でも、お陰でこの通り、腕輪は外せたぜ」
そう言いながら、何も付けていない自分の腕と、演習場の地面に転がった腕輪を見せつけるユーゴ。
ついさっきの金属音は外した腕輪をメイルビートルに投げつけた際に鳴ったものだったのかと納得するネリエスへと、彼が言う。
「ありがとうな。お前のお陰で助かったよ……ヒーロー」
「あっ……!!」
その言葉が、彼の最大級の賛辞であることを感じ取ったネリエスが目を見開きながら呟く。
自分の身を顧みずに戦った彼女へと感謝を告げたユーゴは、立ち上がったメイルビートルへと視線を移しながら言う。
「さて……今度は俺の番だ。助けてくれたヒーローの前で、格好いい姿を見せねえとな」
「ジュッ、ラッッ……!!」
自分に辛酸を舐めさせ続けたユーゴへの怒りを込め、メイルビートルが呻く。
魔鎧獣の前で再び鎧を纏ったユーゴは、その目に倒すべき敵の姿を映しながら、小さく吼えた。
「こっからは正真正銘本気だ。止めれるもんなら、止めてみな!」
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