俺の命、お前に預けた!

「えっ!? ま、待ってください! そんなの無茶ですよ!」


 突然のユーゴの無茶振りに困惑するネリエス。

 しかし、ユーゴは至って大真面目な様子で彼女へと話を続ける。


「大丈夫だ。攻撃を受け続けた感じ、相手の動きはそう早くねえ。指示を聞いてからでもある程度は対処できる」


「そうじゃなくって! 私が敵の動きを伝えるだなんて、無理ですよ! パニックになったり、相手のフェイントに引っかかったりしたら、どうするつもりですか!?」


「それも大丈夫だって。紫の鎧なら、相手の攻撃も耐えられる。その間に落ち着いて、指示を出すことに慣れてくれればいい」


「でも、でもっ……!!」


 責任重大な役目を任されることに怯え、首を振るネリエス。

 しかし、ユーゴはそんな彼女へと少ししんどそうな声で言う。


「……悪いな。でも、それしか方法が思い付かねえんだ。プレッシャーが半端ない役目だと思うけど、お前の助けが必要なんだ」

 

「……!!」


 びくっ、とネリエスの体が震えた。

 あのユーゴが、自分などとは比べ物にならないくらいに強くて、一人で何でもできそうな彼が……助けを求めている。


 目が見えない状態で、ありとあらゆる能力を弱体化された状況で、それでも諦めずに足掻こうとしている彼が、自分を頼りにしてくれていることを感じ取ったネリエスが息を飲む中、視界を元通りにしたメイルビートルが吼えた。


「ジュラアアアアアアアッ!!」


「おっと、お相手さんは待ってくれなさそうだな。ネリエス……いけるか?」


「……自信はない、です。でも……やってみます!」


「へへっ……! ありがとう、助かるぜ」


 ゆっくりと、ユーゴが左腕を上げる。

 親指を立て、サムズアップした彼は、半分だけネリエスの方に振り向きながら、彼女がいるであろう場所を見つめ、言った。


「俺の命、お前に預ける。信じてるぞ、ネリエス!」


「……はいっ!」


 もう、やるしかない。これしか方法はない。

 ユーゴの命を預かる役目に立ったネリエスは、自分にそう言い聞かせると共に覚悟を決めた。

 同時に、突っ込んでくるメイルビートルが武器である剣を振り上げている様を目にした彼女は、その動きから敵の行動を読むと共にそれをユーゴへと伝える。


「真っ正面! 上からの斬り下ろしです!!」


「おうっ!!」


 ネリエスの声を聞いたユーゴが、返事をすると共に一歩踏み込む。

 地面の振動とメイルビートルの咆哮からある程度の距離を予想した彼は、前に足を踏み出すと同時に体を低くし、おおよその位置を想定しながら拳を突き出した。


「うらあっ!!」


「ゴジュラッ!?」


 攻撃を繰り出す寸前にユーゴが懐に飛び込んできたことと、その動きと同時に拳を繰り出してきたことに驚くメイルビートル。

 自分の攻撃は見事に躱され、逆にカウンターで腹に手痛い一発を受けて仰け反った彼は、そのダメージが癒えるよりも早くに次の行動に移る。


 次は縦ではなく横の広い範囲を攻撃しようと剣を構える魔鎧獣の姿を見たネリエスは、即座にその動作をユーゴへと伝えた。


「次! 左斜め前! 横薙ぎの攻撃です!!」


 その言葉を聞くと同時にユーゴが動く。

 敢えて相手の攻撃に当たるように体を動かし、剣に勢いが乗る前に体をぶち当てた彼は、その剣を頼りにメイルビートルの腕を掴むと、顔面へとフック気味のパンチを見舞った。


「ゴジュッ……!?」


「効いてます! 一歩踏み込んで、もう一度攻撃を!!」


 顔面を殴られたメイルビートルが、まるで脳震盪に陥ったかのようによろめく。

 魔鎧獣が見せた隙を逃すなとばかりにネリエスが三度叫べば、ユーゴの強烈な前蹴りが敵の腹を直撃した。


「ジュラアアッ!」


 デバフの効果で決着をつけられるほどのダメージを出せてはいないが、迷いなく攻撃を繰り出すユーゴの拳や蹴りはメイルビートルに確かに効いていた。

 それでも……トドメを刺すための大技を出すことは無理だと、このままでは泥沼の長期戦になるだろうとネリエスが危惧したその瞬間、彼女の背筋に悪寒が走る。


「あっ……!?」


「ジュッ、ジュッ……!!」


 その冷たい感覚の正体はすぐにわかった。

 ユーゴの肩越しにこちらを睨むメイルビートルの殺気が、ぶつけられているのだ。


 こうして戦っている間に、彼も気付いたのだろう。ユーゴは、ネリエスが指示しているから自分と戦えているのだと。

 思った以上に粘る敵に時間をかけ、体力を消耗するより、まず先に指示役のネリエスを倒した方がいい。

 当然ともいえる結論に達したメイルビートルは、地面を大きく蹴ると共にその重い体で宙を舞い、ネリエス目掛けて落下していく。


「ジュラアアアアッ!!」


「っっ……!?」


 狙われているという感覚に一瞬硬直してしまったネリエスだったが、迫る危機に体が本能的に動いた。

 咄嗟に飛び退き、メイルビートルの攻撃を回避した彼女は、距離が空いてしまったユーゴの姿を見つめてごくりと息を飲む。


「ネリエス、どうなった!? 何があった!?」


「……魔鎧獣が狙いを私に変更しました! 一応、攻撃は回避できています!」


「くそっ! やっぱそうきたか! ネリエス、声を出し続けてくれ! すぐにカバーに入って――!!」


「違う! そうじゃありません!」


 魔鎧獣がネリエスを狙う可能性は十分にあると考えていたユーゴは、その想定が現実になったことに兜の下で憎々し気な表情を浮かべる。

 ともかく、今はネリエスをカバーしなくてはと動こうとした彼であったが、それを他でもないネリエスが止め、こう言った。


「魔鎧獣は今、ユーゴさんを無視して私を狙っています! だから、今の内に腕輪をどうにかして外してください!」


「……!!」

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