暗闇に負けるな!

「兄さん、様子が変だ。相手の攻撃を一方的に受け続けてる……」


「それだけかけられた弱体化が強いということでござるか……?」


 一方その頃、召喚されたメイルビートルに苦戦するユーゴの姿を見ていたフィーたちも、段々と違和感を覚え始めていた。

 何かがおかしいと考え始めたのと同時に、血相を変えたウノが彼らへと大声で叫びかけてくる。


「お前たち、大変だ! 管制室と通信が繋がらなくなっている! あの魔鎧獣も、私の指示で召喚したものではない!」


「なんですって!? じゃあ、ユーゴの様子がおかしいのも――!」


「必要以上に凶悪なデバフをかけられている可能性が高いわ! ほとんど相手の攻撃に反応できてない!」


 試験がウノの指揮を離れていることを知ったメルトたちもまた、彼と同様に血相を変える。

 ユーゴの危機を察知したサクラが即座に魔道具を取り出し、助太刀に入ろうとしたのだが……演習場を覆う結界に弾かれてしまった。


「ぶべっ!? じゃ、邪魔でござるよ、この結界!!」


「おい! 全員で力を合わせてぶち当たろうぜ! そうすりゃ、この結界もぶっ壊せるだろ!」


「馬鹿言わないで、ヴェルダ! この結界はギガンテスが攻撃しても破壊できないのよ? そんなに簡単に壊せるわけないじゃない!」


 結界が張られている以上、外部から中に侵入することはできない。

 ギガンテスが暴れても壊せなかったほどに頑丈な結界を自分たちだけの力でどうにかしようというのも現実味のない話だ。


「キャッスル先生! 結界はどうやったら解除できますか!?」


「管制室で管理されているはずだ! しかし、あそこにも演習場ほどではないが結界が張られている! 侵入は容易ではないかもしれんぞ!」


「それでも、行ってみなければわかりません! 私たちが確認してきます!」


「わかった! 私もどうにか結界が解除できないか試してみよう!」


 叫び合うようにしてお互いの行動を話し合った後、メルトたちがウノを残して管制室へと駆け出していく。

 一人残ったウノがどうにか結界を解除できないかと悪戦苦闘する中、メイルビートルに一方的に叩きのめされるユーゴを間近で見ているネリエスは、パニックに陥っていた。


(ど、どうしよう!? どうすればいいの!?)


 今のユーゴは弱体化魔法のせいで実力をほとんど発揮できていない。その上、状態異常で【暗闇】を付与されたせいで視界も塞がれている状態だ。

 今、まともに戦えるのは自分だけ……だが、どうすればいい? 補助しかできない自分に何ができる?


 既に状態異常を回復するための魔法は使ったが、効果はなかった。強化魔法も強過ぎる弱体化の前では焼け石に水だ。

 刻一刻と悪化していく状況にプレッシャーを感じ、息苦しさが強まっていくと共に呼吸を荒くするネリエスの脳裏に、嫌な思い出が蘇る。


 自分の心に深い傷を負わせた、あの日の事件。昆虫館で遭遇した魔鎧獣に一方的に叩きのめされた日のこと。

 あの時の恐怖が、絶望が、ネリエスの心を包もうとしたその時……ユーゴの声が響いた。


「ネリエス、落ち着け! 顔を上げろ!!」


「っっ……!?」


 その声に反応したネリエスは、メイルビートルに組み付いているユーゴの姿を見て、ハッと息を飲んだ。

 まるで自分がパニックになっている姿が見えていたような、そんなタイミングで声をかけてきたユーゴは、ネリエスへと叫ぶ。


「慌てるな! そして、諦めるな! 今まで一生懸命に鍛えてきたことは、決して無駄じゃない! お前なら、この状況を打開できる! そう信じろ!!」


「ユーゴさん……!」


 必死になってメイルビートルを押さえていたユーゴが、急に動いた相手によって弾き飛ばされる。

 そのまま、連撃をどうにか凌ぐ彼の姿を見つめ、焦りながらも、ネリエスは何か自分にできることを探り始めた。


(できること、私にできること。どうにか、どうにか……あっ!!)


 自分が使える魔法を頭の中に思い浮かべていたネリエスは、有効打になり得る魔法を思い出した。

 急いで杖に魔力を集めた彼女は、先端に集合させたそれを光へと変換すると共にユーゴとメイルビートルの間を目掛けて撃ち出す。


「閃光よ、弾けろ! 【フラッシュ】!!」


「ジュッ、ギッ!?」


 攻撃のためではなく、相手の隙を作り出すための補助魔法【フラッシュ】。

 その名前の通り、閃光で目くらましをするその魔法は、ネリエスの想定通りの効果を発揮した。


「ユーゴさん、今です!!」


「おうっ! おらあっ!!」


「ギジュジッ!?」


 突如として弾けた光に視界を焼かれ、身動きできなくなったメイルビートルがその場でよろよろとよろめく。

 対して、視界が真っ暗闇に包まれていたお陰で閃光を見ずに済んだユーゴは、おおよその位置に見当を付けて魔力を込めた拳を振り抜いた。


 綺麗にメイルビートルの腹部を捉えたその一発によって、反対側の壁まで殴り飛ばされるメイルビートル。

 仕留められはしなかったが、一旦は危機を脱したユーゴの下へと、ネリエスが息を切らせて駆け寄ってくる。


「ユーゴさん! 大丈夫ですか!?」


「ありがとう。助かったぜ、ネリエス。で、相手の様子はどうだ?」


 やはり、まだ視界は暗闇に包まれたままなのだろう。

 殴り飛ばしたメイルビートルの様子すらわからないユーゴに代わって魔鎧獣の様子を確認したネリエスは、相手がよろめきながら立ち上がる様を目にして、苦い表情を浮かべる。


「……もう立ち上がっています。まだ目くらましが効いてるみたいですけど、じきに元通りになるでしょう」


「そっか。となると……方法は一つだな」


 ネリエスから状況を聞いたユーゴが、息を吐いてから超変身を行う。

 防御に秀でた紫の鎧を纏った彼は、ネリエスがいる方向へと顔を向けると、彼女へと言った。


「ネリエス……指示を出してくれ。相手の位置と動きを、俺に伝えるんだ」

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