side:シアン(追放ざまぁ系の主人公になったつもりの男の話)

「ク、ハハッ……! そうだ、そのままやっちまえ。あいつらをぶっ殺せっ!!」


 管制室……演習用標的の召喚と腕輪を通じての弱体化魔法を管理するその部屋で、暗い笑みを浮かべる男が一人。

 その周囲には気絶した教師や補佐の生徒たちの姿があり、地べたに転がる彼らには目もくれずに嘲笑を浮かべる男の異常さが際立っている。


「ざまあみろ! 主人公を追い出したパーティには、こうやって天罰が下るんだよ! そういうルールなんだよ!!」


 キャキャキャ、と狂った笑い声を上げるこの男が誰かなんて、説明する必要もないだろう。

 つい先日、ピーウィーたちパーティメンバーに見捨てられて独りぼっちになったばかりのシアン・フェイルだ。

 当然ながらウノが指示していない魔鎧獣の召喚も、ユーゴへの重過ぎるデバフの付与も、全て彼が行ったことである。


 動機に関しても説明する必要などないだろう。

 自分を裏切ったネリエスたちへの報復と、前々から気に食わなかったユーゴたちへの復讐だ。


 暴走としか表しようのない暴挙であるが、シアンの脳内ではこれは正しいことであるという確固たる思いがあった。

 これは『追放ざまぁ』系のシナリオに則って、主人公を追放した元パーティメンバーが痛い目に遭うという展開なのだと、これが自然な流れなのだと、半ば狂った思考をシアンは正しいものだと思い込んでいる。


「全員ぶっ潰せ! 思い知らせろ! ただのゲームキャラが、主人公に逆らっていいわけがねえってことを!!」


 そう叫ぶシアンの瞳には、狂気しか宿っていない。

 憎い相手を潰し、自分を見下した連中を叩きのめして、彼らが傷付く様を見て鬱憤を晴らしたいという、矮小な思いがちんけなプライドと組み合わさって起きた暴走だが、この日のためにシアンは準備を重ねてきたのだから厄介だ。


(例えピンチになってもな、俺はゲーム知識を持ってるから無双できるんだよ! 自分の思い通りの展開を作ることだって、この通りだ!)


 ネリエスの試験がどんなものになるかは、少し調べれば簡単にわかった。

 この管制室に忍び込むことができれば、容易に彼女の邪魔ができると……そう考えたシアンは、生前のゲーム知識を活かしてとあるアイテムを入手しにかかる。


 それこそが一時的にではあるが、使用者の姿を完全に消し去るアイテム……【透明薬】。

 名前の通りの効果を持つこの薬は、本来は移動中のバトルを回避したり、強敵に対して不意打ちを決めるために使われるものだ。


 あるいは、一部のイベントを進めるために必要なアイテムだったりするのだが、今はそういう情報はどうでもいい。

 シアンはこれを使い、内部に侵入し、教師や生徒たちを気絶させて管制室を乗っ取ったということが重要だ。


 高価なアイテムではあったが、先日、返却されたピーウィーたちの装備を全て売却して、何とか入手した。

 侵入用に使った一本と、ここから逃げ出すために使うもう一本。これを買うために無一文になってしまったが、裏切り者と邪魔者を同時に屠れるのなら、安いものだ。


「ハハハッ! クズユーゴの奴、無様だなぁ!! なんも見えない状態でボコボコにされて、さぞビビってるだろうよ!! ギャハハハハハッ!!」


 攻撃力、防御力、素早さを極限まで下げた状態で、さらに【暗闇】の状態異常を付与されたユーゴは、メイルビートルの攻撃に反応するどころではないだろう。

 わけもわからない内に攻撃を受け続ける彼の姿を見つめながら、シアンはひどく楽し気に嗤う。


 安全のための設定のせいで、ありとあらゆるデバフや状態異常を付与することができなかったことは残念だが……それでも、あのユーゴが叩きのめされる姿を見ていると、実にスカッとする。

 自分が召喚した魔鎧獣を応援し続けるシアンは、浮かべている狂気に満ちた笑みを強めながら、小さな声で呟いた。


「死ねよ、ユーゴ。ここで死んじまえ。そんで、ネリエス……お前も終わっちまえ。ションベン漏らして泣きじゃくって、田舎で引きこもってんのがお似合いだ」


 主人公である自分より、格下のカスであり、ただのゲームキャラであるネリエスたちが幸せになることなんて、絶対に許さない。

 無様で惨めな末路こそが彼らには相応しい。無能な追放ざまぁ系の悪役たちは、主人公を追い払ったことを後悔しながら終わりを迎えるべきだ。


「クキ、クハハ、クハハハハハハハハ……ッ!!」


 主人公……その立場に、言葉に、在り方に、完全に思考を支配されたシアンが血走った眼でユーゴとネリエスを見つめる。

 生前にもそうしていたように、ゲーム機代わりに管制室の機材を操作し、メイルビートルを操るシアンは、自分が望む展開へと進むべく、身勝手な欲望のままに突き進み続けるのであった。

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