敵はユーゴ!
「よし! こっからの訓練は試験に近い形でやろう! 具体的には、ネリエスともう一人で相手と戦う感じだな!」
「は、はい! それで、私は誰と組めば……?」
そうして始まった休憩明けの訓練の冒頭、ネリエスたちと訓練場に入ったユーゴは、その形式を彼女たちに説明していた。
自分のパートナーは誰なのかというネリエスの質問に対し、ユーゴはこう答えを返す。
「それはネリエスが決めるんだ。あの三人の中から、対戦相手と自分の考えた戦法に相応しいと思う相手を選んでくれ」
「わ、私が決めるんですか? パートナーも、戦い方も……?」
「そうだ。本番だってそうするだろ?」
本番に近しい形にするならば、これがベストだというユーゴの言葉にごくりと息を飲むネリエス。
不安気な彼女を励ますように、ヴェルダが大声で言う。
「心配すんなよ、ネリエス! どんな奴が相手でも、俺がぶっ飛ばしてやるからよ!」
「へえ? 言うじゃねえか。そんじゃあまあ、気合入れていかねえとな……!」
「え……?」
意味深にそう呟きながら、不敵に笑ったユーゴが内回しに右腕を回す。
緩く広げた手を顔の前に通過させ、一瞬の静寂を作り出した彼は、まるで獲物を見つけた蛇が襲い掛かるように右腕を伸ばし、胸の前に戻しながら叫ぶ。
「今日はダークヒーロー風に……変身!!」
グオンッ、という魔力の吹き荒れる音が響き、左腕のブラスタが輝く。
目の前で黒い鎧を纏ったユーゴがどこか悪ぶった雰囲気を醸し出しながら恍惚としたため息を漏らす様を目にしたネリエスは、まさかといった表情を浮かべつつ、彼へと尋ねる。
「も、もしかして、対戦相手って……!?」
「おう、俺だ。よろしくな、ネリエス……!!」
「ひっ、ひぃぃ……っ!?」
ゆらりと、怪し気なオーラを放つユーゴの悪役じみた威圧感を受けたネリエスが半泣きになって怯える。
まさか彼が対戦相手になるだなんて……と彼女が若干パニックになる中、ヴェルダは逆に興奮した様子でユーゴへと言った。
「面白いじゃねえか……!! あんたとは一度本気でやり合ってみたかったんだ! 俺が相手になるぜ! ネリエス、強化を頼む!!」
「は、はいっ!!」
その指示を受けたネリエスがビクッ、と体を跳ね上げると共にヴェルダへと強化魔法をかける。
彼のパワーを活かすために攻撃力を強化する魔法を使用したネリエスが見守る中、拳を握り締めたヴェルダは、一直線にユーゴへと突っ込むとパンチを繰り出した。
「オラアアアッ!!」
「力比べか。いいぜ、乗ってやるよっ!!」
繰り出される突きに対して、ユーゴもまた左拳でのストレートを合わせ、迎撃する。
自分のそれより一回りは大きいヴェルダの拳とぶつかり合ったユーゴの拳は、一瞬のぶつかり合いの後に相手を弾き飛ばしてみせた。
「なっ!? 嘘だろっ!?」
力自慢の自分が、それもネリエスからバフを貰った状態での攻撃が、打ち負けた。
その事実にショックを受けるヴェルダの腹に、ユーゴのワンツーコンビネーションが叩き込まれる。
衝撃を捻じ込むのではなく、相手を吹き飛ばすための攻撃はヴェルダの巨体を容易く浮き上がらせ、吹き飛ばされた彼は地面をごろごろと転がった後で悔し気な表情を浮かべてすぐさま立ち上がってきた。
「くそっ! ネリエス、もう一回強化魔法を頼む!!」
「ストップ、ヴェルダ。そこまでにしておきなさい。あんた、ユーゴの話をちゃんと聞いてた?」
手加減をされていたこともあるのだろうが、元来の頑丈さのお陰でヴェルダはまだピンピンしている。
一度やられた程度で諦めてなるものかと立ち上がった彼であったが、一連の流れを離れたところから見ていたピーウィーがそんなヴェルダへと待ったをかけた。
「これはネリエスのための訓練なのよ? あんたとユーゴの模擬戦じゃあないの。あんたはネリエスの指示に従って、訓練に貢献することを考えなさい」
「うっ……!」
熱くなってしまったせいで忘れていた本来の目的を思い出したヴェルダが、ピーウィーの叱責に声を詰まらせる。
同じく、自分が指示すべき立場にいることをその言葉で思い出したネリエスが慌てそうになる中、そんな彼女を落ち着かせるようにミザリーが声をかけた。
「焦る必要はありません。ご覧の通り、ユーゴ師匠はこちらが動くのを待ってくれています。私たちも協力しますので、まずはじっくり戦い方を考えてみましょう」
「そ、そうですね……! 戦い方、戦い方……!!」
ミザリーの言葉で少しは落ち着きを取り戻したのか、ネリエスは深呼吸をしてから対ユーゴの戦法を考え始めた。
そんな彼女に協力するように、マルコスが遠回しにアドバイスをする。
「ヴェルダが犠牲になってくれたお陰で、わかったことがあるはずだ。奴に感謝しつつ、作戦を練るといい」
「おい! 犠牲ってなんだ、犠牲って!? 別に俺は死んでもないし、ピンピンしてるだろうが!!」
「えっと、わかったこと……真っ向勝負は難しい、ってことですか……?」
マルコスからのアドバイスを受け、先のユーゴとヴェルダとの戦いを振り返るネリエス。
この中で最も力に優れているヴェルダに、さらに攻撃力を強化する魔法をかけてもユーゴには敵わなかった。
ということはつまり、正攻法で戦うのは厳しいのではないか? という結論を出した彼女がおずおずとそれを口に出せば、小さく頷いたマルコスがその先を考えるように促してくる。
「一つの答えを出せたな。では、それを踏まえて打つ手を考えろ」
「ヴェルダくんに別の戦い方をしてもらうか、他の人に戦ってもらうかを決めろ、ってことですね?」
「そういうことです。効果的だと思う戦法を試してみましょう」
賢いネリエスは、マルコスの言わんとしていることを理解できたようだ。
落ち着いた頭で考えれば、この程度は難しいことではない。そして、その先の戦い方を考えることも決して困難なことではない。
そこまで時間をかけずに思考を終えたネリエスは、次の一手を決めると共にそれを仲間たちへと伝える。
「じゃあ、次はマルコスさんに戦っていただいてもよろしいでしょうか?」
「ほう? どうして私を選んだ?」
「いえ、その……ユーゴさんは強いですし、手の内を全て明かしてくれてるわけでもないので、様子見も兼ねた情報収集をしたいなって思いまして……だったら、この中で一番守戦が得意なマルコスさんにお願いしようかなって」
「……なるほど、悪くない考えだ。相手が強敵だと認めて警戒を払っているし、その次につながるような一手でもある。何より……このマルコス・ボルグに頼るという判断は素晴らしい! お前は見所があるぞ! なっはっはっはっは!!」
クールに、知的に、ネリエスの考えを褒めていたマルコスであったが……途中で素が出てしまったことで全てが台無しになってしまった。
天狗のように鼻を伸ばし、自身の実力を誇示するように胸を張る彼の姿を離れて見ていたメルトたちも、これには頭を抱えるしかない。
「あいつに任せて大丈夫か? なんか、不安でしかねえんだけど……?」
「大丈夫です。ああ見えて、マルコスさんの実力は確かですから」
ネリエスから防御力上昇の強化魔法をかけてもらってからユーゴへと相対する彼の背中を見つめながら、先の馬鹿みたいなマルコスの姿を見てしまったヴェルダがぼやく。
彼に戦いを任せると判断したネリエスも若干不安になる中、ミザリーが普段の平坦な口調でそのぼやきに答える。
「次の相手はお前か。なんか、初めて戦った時のことを思い出すな」
「ふっ……! あの時はとんだ醜態を晒したものだ。しかし、二度と同じ轍は踏まん」
そう、初対面の頃のことを思い返した二人は、思い出話に花を咲かせながら戦いへと移った。
ワンステップで距離を詰めたユーゴは、籠手調べと牽制を兼ねたジャブを繰り出したのだが……?
「ふっ……!!」
「げっ!?」
神速の突きを真っ向から防ぐのではなく、受け流すように盾で防いだマルコスがそのままギガシザースを使ってユーゴの腕を弾く。
攻撃を防ぎつつ、相手の体勢を崩すシールドバッシュ……初手から隙を作られると思っていなかったユーゴの目に、金色の鋏が迫る。
なんとかそれを仰け反って回避したユーゴがバックステップで距離を取る中、そんな彼の動きを見守っていたマルコスが不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「油断するなよ、ユーゴ。でないと、今度はお前が醜態を晒す羽目になるぞ」
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