頑張れ!女の子!
そう遠くない過去を懐かしむような表情を浮かべたミザリーがそんなことを呟く。
彼女を黙って見つめるネリエスに向け、ミザリーはこう話を続けた。
「私もシアンさんに捨てられて、周りの人たちから馬鹿にされて、つらい思いをしました。ネリエスさんと一緒です」
「そうだったんですね……そんな時にユーゴさんと出会ったってことですか?」
「はい。私からお願いして、稽古を付けていただきました。その中で私は、戦いの技術よりもずっと大事なことをユーゴ師匠に教わったんです」
大事なのは形ではない、その内側にある想いだ。
父への憧れを形にしたファイトスタイルではなく、自分が本当に憧れた何者にも恐れず、誰かを守るために立ち向かっていく父の在り方を受け継ぐことが、想いを貫くことこそが大事なのだと、ユーゴは教えてくれた。
そのことを語るミザリーへと、少し俯いたネリエスはこう呟く。
「……すごいですね、ミザリーさんは。私は、ずっと引きこもってました。ミザリーさんのように自分を変えようともせず、ずっとこの部屋の中で膝を抱えたままでしたし……」
「形が違うだけだと、そう思います。私はユーゴ師匠に自分から助けを求めに行きましたが、本音と弱音を吐露するまで時間がかかりました。ネリエスさんの場合、それが圧倒的に早かった」
「でも、そんなの何の自慢にもなりませんよ」
「そんなことはありません。弱音や本音を吐き出すのには、相当な勇気が要ります。弱い自分、情けない自分を曝け出すなんて、誰だってしたくないですから。でも、ネリエスさんはそれができた。ネリエスさんが本音を口に出せたからこそ、ユーゴ師匠も手を差し伸べることができたのではないでしょうか」
「……!!」
ミザリーの意見に、ハッと息を飲むネリエス。
自分にできるのは、助けを求めている人に手を差し伸べることだと……ユーゴの言葉を思い返した彼女へと、ミザリーが言う。
「あなたは自分を誇るべきです。自分の弱さを認められる人間は、本当に強い人間なのですから。それに、友人にも恵まれている。あなたのために動いた人間が多くいることも、あなたがただ弱いだけの人間じゃないことを証明していると、私は思います」
「あ、ありがとう、ございます……!!」
違うようで似ている。だけど、やっぱり違う。
似た境遇にいて、共感もできて、されど違う部分も多くあって……そんな相手からの言葉だからこそ、ネリエスも素直に受け止められる。
何より、ミザリーの嘘を吐けなさそうな性格がいい方向に働いたのだろう。
無表情だった顔に頬笑みを浮かべながら自分を賞賛する彼女の言葉に、ネリエスは胸の内に湧き上がる言いようのない温かみを覚え、頭を下げていた。
「強さだけに目を向けることほど、危ういことはありません。弱いことは罪でも恥でもない……弱さを知る者が強くなれると、ユーゴ師匠が言っていました」
「弱さを知る者が、強くなれる……なんだか、勇気を貰える言葉ですね」
「はい。ちなみに正しくはユーゴ師匠の言葉ではなく、ミスターナックルマンさんという方が言っていた……いや、歌っていたそうです。そう、ユーゴ師匠から聞きました」
「ナックルマンさん……? 知らない方ですね。高名な魔導騎士なのでしょうか……?」
ミザリーの言葉にきょとんとしつつ、首を傾げるネリエス。
巨大な拳をぶん回す、異世界のヒーローの言葉を頭の中で反芻する彼女へと、ミザリーは話を続ける。
「他に何か聞きたいことはありますか? 良ければ、ユーゴ師匠が第五寮の頂点に君臨した際のお話もしましょうか? あの時の師匠の活躍は素晴らしかったです。それに、私も初めて師匠と共闘できて感慨深かった思い出が――」
「あ、えっと、その話はまた別の機会にお願いします……」
この話、絶対に長くなる。そう確信したネリエスがミザリーを制する。
表情も話し方も平坦だが、どうしてだか興奮や優しさが伝わってくるミザリーの不思議さに心惹かれたネリエスは、笑みを浮かべながら彼女へと言った。
「ミザリーさんは、ユーゴさんを信頼しているんですね。とても深く、強く……」
「はい。なので、ネリエスさんも大丈夫だと思います。師匠がついていますし……何より、あなたは私よりずっと早くに、勇気を出して一歩を踏み出せたのですから」
「……ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」
「月並みな言葉ですが……試験、頑張ってください。私もルームメイトとして、友人として、協力させていただきます」
「……はい!」
そう言って、不器用に笑うネリエス。
ほんの数分の会話を終えた今の二人の間からは、顔を合わせた時の微妙な緊張感は消え去っている。
自分を勇気付け、励ましてくれるミザリーに感謝しながら、ネリエスはまた新たな一歩を踏み出していくのであった。
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