リュウガ・ネバーストップ

 黒い体に無数の棘といった風貌をしているガベジンは、どこからどう見てもウニそのものだ。

 狂犬とは程遠いその出で立ちを目にしたリュウガが静かに言葉を返す中、ガベジンが楽しそうに言う。


「クックック……! 別に見た目でそう呼ばれてるわけじゃあねえよ……! この力を手に入れたのも最近のことだしなぁ……!!」


 ゆっくりと前に出たガベジンがリュウガと睨み合う。

 十分な距離を保ったまま、カッと目を見開いたガベジンは、両腕を目線の高さまで上げると同時に大声で叫んだ。


「喰らいなっ! ニードル・ブラストっ!!」


 ガベジンの叫びと同時に彼の指先から黒い棘が次々と発射されていく。 

 自分目掛けて繰り出される黒い針弾を龍王牙で払うリュウガであったが、ガベジンはそんなこともお構いなしに攻撃を続けていた。


「ほらほらほら! どうだぁ……!? いつまで防ぎ切れるかなぁ……!!」


「おおっ! いいぞ、ガベジン!! そのままそいつをハリネズミにしてやれ!!」


 ガベジンが放つ棘には弾切れという概念がないらしい。

 人の指と同程度の大きさを誇る棘が、ガトリング砲のような連射を見せながら次々と発射されていく。


 防戦一方のリュウガの姿を目にしたギモールは、初めて彼が苦戦している様を目にして興奮気味に拳を握り締めた。

 流石はボスであるレーゲンが認めた男だと、魔鎧獣と化した人間の力を改めて目の当たりにするギモールの前で、ガベジンが叫ぶ。


「俺が狂犬と呼ばれてるのはなぁ! ぶっ殺した奴らの死体を、ぐちゃぐちゃにしちまうからなんだよ! 男も女もガキも老人も、全員犬に食い荒らされたみたいなひでぇ死体になる! お前や病院の中にいる奴らの死体もそうしてやるよ!!」


 自身が狂犬と呼ばれる由来を述べたガベジンが更に棘の連射速度を上げる。

 戦いを見守る人々は追い詰められるリュウガの姿を目にして口元を抑えたり、見ていられないとばかりに瞳を閉じたりと、絶望的な反応を見せていた。


「風穴を開けまくってやる! ミンチにしてやる! その後、更にぐちゃぐちゃにしてやる! お前の死体がどんなふうになるか、今から楽しみ――ぬぐっ!?」


 そうして、攻撃を続けながら叫んでいたガベジンであったが、自分の顔面に何かが直撃した感覚に言葉と攻撃を途切れさせた。

 数歩よろめいた彼が近くを見てみれば、そこに自分が放った棘が転がっているではないか。


「てめえ、俺の棘を弾き返して……!?」


 刀で襲い掛かる棘を斬り払いながら、一瞬の隙を突いて反射するように弾き返したリュウガの反撃に驚きを露わにするガベジン。

 しかし、すぐに気を取り直すと、リュウガを嘲笑いながら彼へと言った。


「残念だったな! この俺の防御は何よりも堅い! 必死になって棘を弾き返したようだが、そんなものじゃあ致命傷にはならねえんだよ……!!」


「………」


「それに、とんだ馬鹿だ! 俺が攻撃を止めた時、一気に距離を詰めれば良かった! そこがお前の唯一の勝機だったってのに、自分からそれを潰しやがったんだ! やっぱりガキはダメだなぁ……! 戦いのイロハを何もわかってねえ!」


 ウニのような黒い外殻は、見た目通りの堅牢さを有している。

 自分の棘を弾き返そうとも、それがダメージを与える手段にはならないと得意気に語りながら、自分が見せた隙を突かずに突っ立っていたリュウガを嘲笑うガベジンであったが、挑発を受けたリュウガは淡々とこう言葉を返した。


「……何もわかっていないのはお前の方だ。狂犬から駄犬に名前を改めたらどうだ?」


「あぁ? なんだと……!?」


 あべこべに挑発を返されたガベジンが怒りを露わにする。

 再び両腕を構えた彼は、自分を見据えるリュウガへと棘の連射を繰り出しながら叫んだ。


「てめえは殺す! 針串刺しにして、今までで一番ぐちゃぐちゃにしてやるっ!!」


 今度は攻撃を止めたりなどしない。何があろうとも、相手の息の根が止まるまで棘を撃ち込み続けてやる。

 そんな思いと共に連射攻撃を繰り出すガベジンであったが、息を吐いたリュウガが刀を一振りした瞬間、放った棘が全て剣圧によって吹き飛ばされてしまったではないか。


「なあっ!?」


 あっさりと攻撃が防がれたことに驚いたガベジンは、衝撃のあまり棘の連射を中断してしまう。

 そんな彼へと正面から堂々と近付きながら、リュウガが仲間たちを引き合いに出して相手の未熟さを指摘していく。


「僕の友達にお前とよく似た技を使う子がいる。その子に比べたら、お前の攻撃など児戯に等しい」


「ぬっ、なっ……!?」


 再び、接近するリュウガへと棘の連射を繰り出すガベジンであったが、それも刀の一振りで全て吹き飛ばされた。

 同じ形状の棘を相手に向かって真っ直ぐに連射するだけの攻撃など、メルトの技に比べたら恐ろしくもなんともないと……そう告げながら自身の距離に入ったリュウガは、至近距離からガベジンを睨みながら言う。


「自分の防御は何よりも堅いと言っていたが……その程度、僕の友の足元にも及ばない。身の程知らずも大概にしろ」


 ただ堅い殻に覆われているだけで防御に秀でていると豪語するガベジンの姿は、リュウガにとってお笑い以外のなんでもない。

 自分だけでなく他者も守る技術を持つマルコスを知っている彼にとって、ガベジンの言葉は身の程知らずの意見であると同時に友への最大級の侮辱でもあった。


「ぬっ、ぬううっ! ぬあああああああああっ!!」


 戦いのイロハをわかっていないガキと、そう嘲笑ったリュウガに身の程を教えられたガベジンが吼える。

 彼我の実力差を示され、プライドを傷付けられた彼は、怒りに燃えながらまるでモーニングスターのように棘を生やした拳でリュウガを殴り飛ばそうとしたのだが……?


「がっ……!?」


 気付いた時には、リュウガは視界から消えていた。

 光の刃を抜き、見えない速さで斬撃を叩き込んだ彼へと振り向こうとしたところで、ガベジンの体に鋭い痛みと共に切れ目が入っていく。


「……さっさとその醜い鎧を脱げ。僕の前で黒い鎧を纏っていいのは、相棒だけだ」


「ばが、な……っ!? ぐああああっ!!」


 堅い外殻に走った切れ目が、黄金の輝きを漏らし始める。

 次の瞬間には雷撃が弾け、爆発を呼び、それに飲まれたガベジンは煙が晴れた時には人の姿に戻っていて……彼に魔鎧獣の力を与えていた棘も、地面を数度跳ねた後で砕け散ってしまった。


「ががが、ガベジンっ!? う、嘘だろっ!? そんなっ!?」


「これで九十九……残すは、お前一人だ」

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