ベガ・スラッシュ
リュウガに刀を向けられ、鋭い目で睨まれながらそう言われたギモールは背筋を震わせて縮み上がった。
あれだけいた仲間が全滅し、自分だけが立っている状況を信じたくないと、これは全て悪夢だと思いたい彼は、ふとあることを思い出してはっとする。
「う、動くな! こっちにはなぁ! 人質がいるんだよ!」
レーゲンから預けられたスペアのトリカゴ。その中には捕まえた子供たちがいる。
彼らを人質にすればこの状況もひっくり返せるはずだと、鬼神の如きリュウガの戦いぶりを目の当たりにしたショックで忘れていたそのことを思い出したギモールは希望を見出したのだが……?
「人質、ね……そんなもの、どこにいるんだ?」
「へ、へへへ……! この魔道具の中に、子供たちが――あ、あれ?」
リュウガの問いかけにトリカゴを見せつけようとしたギモールであったが、持っていたはずのそれがどこにも見当たらないことに気付いて血相を変えた。
おどおどと周囲を見回す彼が煽るように口笛を吹いたリュウガが親指で自身の背後を指差している様を見て、肩越しにその先の光景を見てみると……とても見覚えのある魔道具を運ぶ、紙の人形たちの姿があるではないか。
「ああああっ! とっ、トリカゴっ! いっ、いつの間に!?」
「ウニ男の応援に夢中になり過ぎたな。まあ、そうなるようにわざと苦戦しているふりをしてやったんだが」
「わ、わざと……!? じゃあお前、最初から……!!」
「本当にギリギリまで人質を盾にされなくて助かったよ。お陰で、救出のための隙を作りだせた」
一人で病院を出る寸前、ライハに院内の人々の護衛を任せたリュウガであったが……彼女に任せたのはそれだけではない。
どうにかして自分が隙を作るから、その間に捕まっている子供たちをどうにか救出してくれと、そう頼む前に彼の考えを汲み取ったライハは、見事にその役目を果たしてくれた。
ギモールがリュウガとガベジンの戦いに意識を割かれている間に式神を飛ばし、こっそりとトリカゴを確保した彼女は、今、自分の手元に運ばれてきたそれを大勢の人々の前で破壊してみせる。
カッ、という光と共に中から子供たちが飛び出す様を目にしたライハは、顔を上げるとリュウガへと大声で叫んだ。
「リュウガさん! 捕まっていた子供たちは奪い返しました! もう、何の憂いもありません!」
「思いっきりやっちゃって! お兄様!!」
「……だ、そうだ。覚悟はいいな?」
「ひっ、ひぃいいぃいっ!!」
仲間を倒され、子供たちも奪い返されたギモールには、もう打つ手はなかった。
そんな彼の前で龍王牙に魔力を込めたリュウガが、それを天高く掲げる。
ゆっくりと円を描くように彼が刀を振れば、その動きに合わせるようにして雷が落ち、ギモールの逃げ道を奪ってみせた。
『おい、ギモール! 誰でもいい! 適当に一人連れてきて、嬲り殺しにしてやれ! こっちの馬鹿どもに思い知らせてやる!!』
「あ、あああ……っ! ぼ、ボスっ! レーゲン様!」
『どうした、ギモール? 俺の声が聞こえるか?』
自身に残された唯一の物、通信機からボスであるレーゲンの声が聞こえてきた瞬間、ギモールは必死に彼に縋った。
左右を炎に挟まれ、逃げ道を失う中、リュウガから逃れるために全力で彼から離れながら、ギモールは半狂乱になって叫ぶ。
「たっ、助けてください! すぐに増援を! お願いします! 助けて!!」
『おい、何があった!? 状況を報告しろ! まさか、もう警備隊が駆け付けたのか!?』
「化け物だ! 化け物がいる! たった一人で俺たち全員を……! たっ、助け――!」
つい十数分前の余裕に満ちあふれた態度が嘘であるかのように狂乱し、逃げ惑うギモール。
病院の門から外に逃げ出そうとする彼であったが、その前によくわからない連中が立ちはだかる。
「よし、やっと着いた! お前たち、そこまでだ! ここからは俺たちが相手に……え?」
「邪魔だ! 退けぇぇぇっ!!」
自分たちのパーティメンバーを引き連れ、ようやく病院に到着したシアンたちは、予想外の状況に目を丸くしているようだ。
そんな彼らに道を塞がれたギモールは、後ろにいる化物に比べたら絶対に彼らを相手した方がマシだという考えの下、シアンたちを突き飛ばして逃げようとする。
仲間たちに先んじて病院に乗り込もうとしたシアン、ウォズ、トリンの三人は、既に倒されている悪党たちと自分に向かって泣き叫びながら突撃してくるギモールの姿に混乱して立ち尽くしていた。
そして、彼を左右から挟む炎が自分たちの傍にも燃え広がった様を目にして、何かとても嫌な予感を覚える。
「嵐龍剣術・雷の型――」
静かに、ただ静かに仕留めるべき敵であるギモールの背を睨むリュウガは、刀を脇に構えると共に地面を蹴る。
滑るように、跳躍とも疾走とも取れる動きでギモールとの間にあった距離を一瞬で消滅させた彼は、雷の魔力を込めた刀を振り抜き、横一文字の斬撃を叩き込んだ。
「――【北辰一閃】!!」
「ぎゃあああああああああっ!!」
「ぐえええええええっ!?」
「なっ!? うっぎゃああっ!!」
「なんでこうな――んがああっ!」
リュウガが眼前に構えた鞘へと刀を収めれば、それが合図であったかのように彼の背後で爆発が起き、ギモールの断末魔の叫び(と巻き込まれたシアンたち三人の悲鳴)が響く。
どさどさと音を立てて四人が倒れる中、遅れてやってきたピーウィーたち三人のパーティメンバーが目を丸くしながらリュウガへと声をかけてきた。
「え、ええっと……? これは、どういう状況?」
「……ごめん。病院を襲った連中と戦ってたんだけど、最後の一人を倒す時に彼らも巻き込んでしまったんだ」
「病院を襲った連中って……この数を一人で倒したのか!?」
「大したことじゃないよ。寄せ集めの悪党が群れを成してただけだしね」
ピーウィーたちに声をかけられたリュウガは、人当たりのいい青年の仮面を被って素の自分を隠した。
ついでに、ギモールにトドメの一撃を叩き込む際にシアンたちの姿が見えていたが、まあいいかの精神で一緒に叩き斬ったことも隠すことにした。
そして、百人斬りを成し遂げた彼の戦果に驚くピーウィーたちへと、柔和な笑みを浮かべながら丁寧に頼みごとをする。
「申し訳ないんだけど、倒れてる連中を拘束するのを手伝ってもらえるかい? 目を覚まして、暴れ出したら厄介だからさ」
「あ、ああ! 任せてくれ!」
「助かるよ、本当にありがとう」
「気にしないで。それくらいしかやることがないわけだしね。それと……ウチのリーダーがごめんなさい。戦ってるところに飛び込んだこっちが悪いわけだし、そのことについても気にしないでね」
ヴェルダとピーウィーはそう言った後、倒れている悪人たちの拘束作業に移っていった。
息を吐き、少し休んでから自分も作業に加わろうかなと考えるリュウガの耳に、聞き覚えのある声が届く。
『お~い、リュウガ! 聞こえてるか~?』
その声が聞こえた方を見てみれば、ギモールが持っていた通信機が地面に転がっている様が目に映った。
それを手に取ったリュウガは、聞こえてくる声に応えるべく返事をする。
「聞こえてるよ。今、ちょうど終わったところだ」
『おっ、そうか! お前がいてくれて助かったぜ! サンキューな、相棒! で……念のため聞くけど、無事だよな?』
「無事か、だって? 君も答えはわかってるだろう?」
万が一もないだろうと、そんな信頼を寄せながらのおどけ半分のユーゴの問いに笑みをこぼすリュウガ。
ユーゴからのフリに少しだけ感謝しながら……彼はいつも通りの台詞で、その問いかけに応えるのであった。
「僕に質問をするなよ、相棒」
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