サムライ・インホスピタル

「オラオラオラァ! ガキを出せ、ガキを!!」


「やっぱなにもできねえカスを痛めつけんのは最高だなぁ!!」


 少し時間を戻し、病院。レーゲンの腹心ことギモールが率いる別動隊が暴れるそこに、フィーとユイはいた。

 病院内に入ってきた数名の男たちが警備員や医師を痛めつけ、暴れ回る様を目にした二人は、パニックに陥る院内ではぐれぬように手を繋ぎながら話し合う。


「フィー! 何が起きてるの!?」


「きっと兄さんが話していた犯罪組織の連中だ! 別動隊がここを襲いに来たんだ!」


 窓の外を見てみれば、外部からの攻撃に備えて展開している悪漢たちがずらっと並んでいる様が見える。

 あれだけの人数を病院内に雪崩れ込ませると逆に窮屈だから、まずは数名を突入させて制圧してしまおうということなのだろう。


 想像以上の数がいることに驚くフィーであったが、そんな彼とユイの前に凶悪な笑みを浮かべた男が立ちはだかる。


「おー! いいじゃねえか! 男も女もかわいい顔してるし、これは変態に高く売れそうだ!」


「くっ……! 来るなっ!!」


「フィー……」


 二人を商品にすべく捕まえようとする男の前に、ユイを庇うようにして立つフィー。

 男はそんなかわいらしい抵抗を嘲笑いながら、二人へと手を伸ばそうとしたのだが……?


「無駄無駄! 痛い目に遭いたくなかったら大人しくしぶげろがああああああっ!?」


 突如、ニタニタと笑う男の横っ面に強烈な蹴りが叩き込まれた。

 不意を打たれてごろごろと病院の床を転がった男は、ぴくぴくと震えながら顔を上げ、立ち上がろうとする。


「だ、誰だ!? 何をしやがるうぎゃあああああああああああっ!?」


 追撃。弾ける電撃が男を直撃し、その一撃に再度吹き飛ばされた彼は病院の扉を突き破って外へと弾け飛んでいった。

 他数名の悪漢たちも同じように電撃に吹き飛ばされ、病院内に一時の平穏が戻る。


「ユイ、フィー、無事か?」


「お怪我はありませんか?」


「お兄様! ライハさん! ありがとうございます、助かりました!」


 自分たちを助けてくれた二人へと、感謝の言葉を告げるユイ。

 フィーもほっと安堵のため息を吐く中、外へと視線を向けたリュウガとライハが話をしていく。


「ライハ、あれがユーゴの言っていた人攫いの集団か?」


「恐らくそうです。指揮官と思わしき男の手に、トリカゴと呼ばれていた魔道具があります」


「あの中に子供たちが閉じ込められてる、ということか……」


 そう呟きながら、改めて悪漢たちを見やるリュウガ。

 レーゲンという魔鎧獣に変身している男がいないということは、ここに来ているのは別動隊だろう。

 大方、警備隊の目が感謝祭に向いている間に他の場所を襲撃し、人質でも取ろうと考えたというところか……という完璧に近い答えを出した彼へと、不安気なフィーが声をかけてくる。


「敵の数、とんでもないです……十や二十なんてものじゃない」


「ざっと数えて百人ほど、悪人どもの百鬼夜行か……退院明けの肩慣らしにはちょうどいい」


「えっ!? リュウガさん、まさか……!?」


 愛刀の様子を確認し、改めて外の悪党どもへと視線を向けるリュウガ。

 その後で僅かに笑みを浮かべてフィーへと顔を向けてから、驚く彼へとこう問いかける。


「質問だ、フィー。君の兄とあの有象無象が戦った時、勝つのはどっちだ?」


「……兄さんです。絶対に、兄さんが勝ちます」


「ふっ……だろう? そして僕は、君の兄の相棒だ。ここまで言えばわかるな?」


 迷いなく兄の勝利を信じるフィーへと、浮かべている笑みを強めたリュウガが言う。

 こくんと頷いた彼へと頷きを返した後で、今度はライハへと声をかけた。


「ライハ、君は結界を張って病院内の人たちを守ってくれ。外の連中は僕が相手をする。それと――」


「仰りたいことはわかっています。私に任せてください。どうかご武運を、リュウガさん」


「気を付けてね、お兄様!」


 ひらひらと手を振ってその声に応えながら、病院の入り口へと歩いていくリュウガ。

 恐る恐る外の様子を窺っていたり、バリケードを作ろうとしている人々の間を堂々と進んで病院の外に出た彼へと、驚いた様子で沢山の人たちが声をかける。


「お前さん、何をやっとるんだ!? 危ないから戻っておいで!」


「外には危ない連中があんなにいるのよ! 死にたいの!?」


「お兄ちゃん、何をするの……!?」


「……僕に質問を――」


 いつも通り、自分に投げかけられる問いを一蹴しようとしたリュウガであったが、振り向いた先にいる人々の表情を見て、その言葉を飲み込んだ。

 老若男女問わず、病院に集まった人々は全員が不安そうな顔をしている。今にも恐怖に押し潰されそうな表情を浮かべ、リュウガのことを見ていた。


 ユーゴだったら……こんな時、彼らになんと答えるだろうか?

 怯える彼らを安心させるように、力強く、少しおどけた返事をするのだろう。


 目の前の恐怖に震える人々に、確かな希望を感じさせるために……リュウガは、小さく笑ってから口を開く。


「何をするか、だって? ……簡単さ」


 不敵に、強気に、笑みを浮かべる。

 これから圧倒的に不利な戦いに臨むとは思えないような態度と笑顔を見せ、それを見た人々がまた違った驚きの表情を浮かべる中、悪党たちの方へと振り向いたリュウガは、久方ぶりに獰猛さを爆発させながら人々の問いへの答えを述べた。


「――百鬼夜行をぶった斬る!」


 並ぶ悪党。その数、百名。彼らの下に歩み寄るリュウガへと、無数の視線が向けられる。

 怒りと奇異と嘲りの感情を込めた目で彼を見つめる悪党たちは、次々に罵声交じりの声をぶつけていく。


「てめえ、さっきはよくもやってくれたな……! ただじゃ済まねえぞ!」


「たった一人で戦いにくるとは、愚かというか無謀というか……我々を侮ったことを後悔させてあげましょう!」


「お前は標的だ! お前を狩った奴がこのハンティングの勝者になるんだから、僕らを楽しませろよ!」


「……いちいち何かを言うのも面倒だ。さっさと終わらせてやるから、死にたい奴からかかってこい」


 龍王牙を抜き、自分に投げかけられる言葉の大半を無視したリュウガがそう言い放つ。

 その不遜な態度に悪党たちが怒りを募らせる中、両の目で斬るべき敵を見据えたリュウガは、相手を威圧するような笑みを浮かべながら唸るような声で吼えた。


「さあ……振り切るぜ!」








「もしかして、なんだけど……」


 そんな兄の姿を病院内で視ていたユイは、ふとある疑問を抱く。

 小首を傾げながら、かわいらしい振る舞いを見せながら、彼女はその疑問を口にした。


「お兄様……あの決め台詞、気に入ったのかしら?」


「ユイ……『それは聞くな』ってやつだと思うよ」

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