リメンバー・バディ

「ほう、そいつは……!」


 ジンバの声に反応したレーゲンは、彼の手に握られたボウガンを見て邪悪に目を細めた。

 彼の声に嘲りと……確かな怒りが滲んでいることを聞いて取ったジンバは、そこから続くレーゲンの言葉に対して挑発で返していく。


「随分と懐かしい物を持ってるじゃねえか。確か、俺に無様に殺された野郎が持ってた魔道具だったな」


「そうさ。ご自慢のトリカゴを破壊し、お前を何年もの間、惨めに逃げ回らせるきっかけを作った、俺の相棒の魔道具だ」


 ピキッ……というレーゲンの眉間に青筋が立つ音を、ジンバは確かに聞いた。

 やはりこのボウガンは、あの日の思い出は、彼にとっても屈辱の象徴であるのだと……そう確信したジンバは、狙いを相手の魔道具に向けつつ、心の中で思う。


(トーマス……お前に救われた命、ここで使わせてもらうぜ。この街を守る、若い命を守るためにな……!!)


 かつて相棒の命を懸けた献身に自分が救われたように……今度は、自分が命を懸けてユーゴと子供たちを助ける番だ。

 将来、多くの人々を救う魔導騎士になるであろうユーゴを救えるのなら、自分の命など安いもの……喜んで燃やし尽くしてやろう。


「はっ……! まさか、お前もあの男と同じことをする気か? 自分の命と引き換えに、このトリカゴを壊すってのか!?」


「さあ、どうだろうな……? 怖いなら逃げてもいいぞ、レーゲン。折角復活したってのに、こんなに早くまたドブに潜んで逃げ回る生活に戻りたくはないだろ?」


「てめえ……! 調子に乗るんじゃねえぞ!」


 相棒を殺されたあの日からずっと、追い続けてきた宿敵だ。相手の考えは手に取るようにわかる。

 あの屈辱の思い出に、その象徴となるこのボウガンに、過去に残してきた禍根であるジンバに……レーゲンは自らの手でトドメを刺したいはずだ。


 だから逃げない。逃げられない。

 犯罪組織のボスという立場に在る彼は、ここまでの挑発を受けてすごすごと逃げることなどできはしない。

 何より、レーゲン自身が自分との決着をつけたがっているはずだと……レーゲンの思考を読み、彼を誘導するジンバは、自らの命を捨てる覚悟を決めると共に息を吐く。


(悪いな、ユーゴ……お前に、重荷を背負わせちまう。だが、お前は立派な魔導騎士になるはずだ。この俺なんか比べものにならない、最高のヒーローにな……)


 出会って間もない青年だが、ユーゴの真っ直ぐさは何度も見てきた。

 どこまでも愚直でひたむきな彼の道をここで終わらせるわけにはいかないと、ユーゴを助け出すためならば自分の命などくれてやると、そう思うジンバは口元に笑みを浮かべ、今は亡き友に想いを送る。


(遅くなって悪かったな、相棒。今、そっちに行くぜ……!)


 トーマスに救われた命を、より多くの命を救うために使う。

 自分が生き永らえたのは、この日、この時を迎えるためだったのだと……そう考えながらボウガンのトリガーに指をかけるジンバ。


 翼に魔力を溜めたレーゲンが攻撃を繰り出す構えを見せる中、同じように魔力を矢として生成したジンバはその狙いを彼が持つトリカゴに定め、そして――!


『ジンバ、無茶はするな。死んでもいいと思うことと、本当に死ぬことは違うぞ』


「えっ……!?」


 ――引き金を引く寸前、懐かしい忠告が聞こえた。

 驚いて声のした方を見たジンバは、そこにかつての相棒の姿があることに気付き、息を飲む。


『ジンバ……俺は、お前を死なせるために助けたんじゃないぞ。俺がお前に命を捨てさせてまで仇を討つことを望むと思うか? 答えはわかってるだろ、相棒』


「トー、マス……!?」


 笑顔で自分に向けてそう言う相棒の姿に、言葉を失うジンバ。

 半透明のトーマスの姿が消えたその瞬間、レーゲンの怒声が響いた。


「死ねっ! ジンバっ!!」


「――っ!!」


 相棒の言葉に、想いに、狭くなっていた視界を広げられたジンバがはっとすると共に横に飛び退く。

 お前を死なせるために助けたんじゃない……トーマスの言葉を聞いたジンバは、その想いに従って自らの命を拾う選択をした。


「くっ……!」


 横っ飛びに跳ねながら撃ったボウガンの矢は、狙いがぶれたせいで直撃には至らなかった。

 トリカゴを掠め、そのまま消滅した矢を見つめて悔し気に呻いたジンバへと、彼の下に駆け寄って来るメルトたちの姿を見ながら、レーゲンが嘲笑う。


「あははははははっ! 最後の最後でビビりやがったな、ジンバ! お前の相棒は、お前を救うために命を投げ出したっていうのに……お前は自分の命を選んだんだ!」


「黙れ! ジンバ捜査官は命を惜しがったのではない! 誰も死なせない選択肢を選んだんだ!」


「そうだよ! ジンバさんは逃げてなんかない!」


「はっ! そうかよ! だが、お前たちが大好きなジンバが日和ったせいで、子供たちはこのトリカゴの中だ! こいつらを助け出すチャンスを棒に振ったのは、紛れもない事実だぜ!」


 左手に持ったトリカゴをジンバたちに見せつけながら、高笑いするレーゲン。

 かつての苦い記憶を塗り替える勝利に機嫌を良くした彼は、盛大に笑い続けていたのだが……?


「さ~て、そいつはどうかな? ジンバさんは、チャンスを棒になんか振ってねえぜ」


「は……?」


「今の声は……!」


「ユーゴ!?」


 トリカゴの中に吸い込まれたユーゴの声が聞こえたことに、レーゲンだけでなくマルコスたちも驚きの表情を浮かべている。

 外界と隔絶されたトリカゴの中からどうやって声を届けているのかと一同が困惑する中、ユーゴは詠唱にも似た言葉を口にし始めた。


「無法な悪を迎え撃ち――」


「おい! なんだ、お前!? 何をやってる!?」


 意味がわからないが、聞いていると何か途轍もなく嫌な予感を覚えるユーゴの詠唱を耳にしたレーゲンが大慌てで彼を止めようとするが……無駄な話だ。

 悪党の言葉に耳を貸すつもりはないユーゴは、自身の行動をこれ以上なく明確に伝える言葉を叫ぶと共に、拳を繰り出した。


「恐怖の闇を……ぶち破るっ!!」

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