シットザ・エスケープ

(クソッ! こいつら、思ってたより強いぞ!?)


 トリカゴから飛び出してきたレーゲンとその部下との戦いに臨むシアンは、想像を超えた敵の強さに苦戦を強いられていた。

 自分がプレイしていたゲームでは通常攻撃一発で沈む程度の強さだった悪漢たちだが、直接対決すると一人を相手するので精一杯だ。


 以前に戦った魔鎧獣たちならともかく、ただの雑魚敵でしかない悪漢たちにここまで苦戦するだなんて……! と想像以上に難易度が上がっていることに焦るシアンは、ウォズとトリンも自分と同じく苦戦している姿を見て、複雑な表情を浮かべる。


(俺たち全員のレベルが追い付いてないのか!? この時点での適正レベルってどのくらいなんだよ!?)


 自分たちは転生ボーナスとして高いステータスを持つ理想の主人公になり、生前やり込んだゲームの知識を活かして強い武器や望みの仲間を集めつつ、効率のいい経験値稼ぎをしてはレベルを上げてきた。

 頭の中には【ルミナス・ヒストリー】の攻略情報が思い浮かんでいるし、その知識に間違いはないはずだ。


 だったら、どうしてこんな雑魚に苦戦している? 何の変哲もない、ゲーム内では簡単に倒せた敵を倒せずにいる?

 ずっと思っていたことだが、何かがおかしい。レベルも装備も仲間たちの強化も十分なはずなのに、どうしてこんな状況になっているのだろうか?


 自分だけが落ちこぼれているのではなく、転生してきた人間たち全員が今のストーリーに出現する敵と戦うのに適した強さを持っていないことは、自分やウォズたちの戦いを見ればわかる。

 自分たちがゲームを攻略できるレベルに到達できていないことは察していたが、ボスを倒せないどころか雑魚に苦戦する状態だなんて思ってもいなかった。


(くっそっ! こんなことになるんだったら、雑魚敵を出現させないルートに進むべきだったぜ……!!)


 トリカゴを運ぶ男に声をかけて悪漢たちを出現させたのも、ここで経験値を稼ぐためだった。

 雑魚敵を倒してレベルアップしつつ、ボスも倒して名声もゲット……となるはずが、敵を一人も倒せずにいるだなんてダサいにも程がある。


 こんなことだったら警備隊の力を借りてボスのレーゲンだけと戦うんだったと後悔しつつあるシアンは、肩で息をしつつ同じく疲弊しているウォズとトリンへと言う。


「どうする? こいつら、予想外に強いぞ?」


「だから仲間たちを集めようって僕は言ったんですよ! パーティを連れて挑めば、こんなに苦戦しなくて済んだはずなのに!」


「経験値を分散させないために俺たちだけで行こうって言った時、お前も賛成したじゃねえか! 都合のいいこと言うなよ!!」


「うるせえんだよ! お前ら、少しは敵を倒す案とか出せよ!!」


 折角コミュニケーションが取れる状況になっても、三人で協力してこの状況を打破しようとする方向には話は進まない。

 シアンたちは立場こそ同じだが、仲間でも友達でもなく……むしろ、お互いを蹴落とし合う関係なのだから、当たり前の話なのだろう。


 だがまあ、今は大混戦の最中、そんな言い争いをしている暇などない状況のはずだ。

 馬鹿みたいに言い争いをしているせいで隙だらけになっている彼らを、ずる賢い悪人たちが見逃すはずもなくて……?


「はっはっは! ガキどもが、何を相談してるんだ!? 今は戦いの真っ最中だぞ!!」


「あっ! しまっ――!!」


 蝙蝠男となって宙を舞うレーゲンが、翼を広げながら三人へと突撃する。

 防御も回避もままならなかったシアンたちは彼の突撃をもろに喰らい、派手に吹き飛ばされてしまった。


「ぐあああああっ!」


「ぎゃああああっ!」


「うぐううっ……!」


 シアンは壁に叩きつけられて痛みに悶え、ウォズは放置された露店に突っ込んで悲鳴を上げ、トリンは噴水の中に落下すると共に惨めさに呻く。

 この一撃ですっかり戦意が萎えてしまった三人は、戦いの中心部から飛ばされたこともあってか退避することを決めたようだ。


「ここは退くぞ! もう一つの戦地で経験値を稼げばいい!」


「でも、そこの敵も強いだろ! ここで勝てなかったっていうのに、どうするんだよ!?」


「パーティメンバーを集めてから向かえばいいだろ! 少しは頭を使えよ、この馬鹿!」


 思い通りに事が進まなかったことへの苛立ちもあってか、三人の言い争いは先ほどよりもヒートアップしている。

 自分たちの力がまるで通じなかった事実に直面し、半ばヤケクソになっているシアンたちは、それでもこのままでは終わらないとばかりにゲーム知識を活かし、別の戦場へと向かっていく。


 ただ、その場面をばっちり目撃されてしまったことで、人々からは騒動のきっかけを作ったくせに尻尾を巻いて逃げ出した連中と思われることになるのだが……この時点の彼らは、そのことに全く気が付いていなかった。

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