オブスタクル・プロタゴニスト

「私もそちらの位置を確認した。そこから二時の方向だ」


 セツナの質問に対して、短くマルコスが答える。

 言われた通りの方向へと視線を向けたセツナは、不審な人物を追う彼の姿を発見し、目を細めた。


「狙えるか、セツナ?」


「距離に問題はないわ。あの速度なら、動いてても十分に荷物を打ち抜くことは可能よ」


「よし。なら、私が奴の動きを止める。そのタイミングで狙撃しろ」


「ありがたいわね。じゃあ、あと十五秒経ったら仕掛けてくれるかしら」


 魔力の練り上げ、気力と集中を研ぎ澄ますまでの時間やこのポジションからの絶好の狙撃位置を計算したセツナの指示に、マルコスが了解の返事をする。

 ユーゴが固唾を飲んで見守る中、十秒と少しとは思えないくらいに長く感じられた時が過ぎ、その瞬間が訪れた。


「今よ、マルコス」


 セツナの声を合図に、男を尾行していたマルコスが仕掛けた。

 数歩足早に走り、男から近過ぎず遠過ぎるわけでもない距離まで接近した彼は、ごく自然な様子を装いつつ、言う。


「失礼、そこのあなた。ポケットから、何か落としましたよ」


「っ!?」


 マルコスの声を聞いた男が、ビクッとわかりやすく動揺を露わにする。

 慌ててポケットに手を突っ込み、男が通信機の有無を確認し始める中、セツナは緩い笑みを浮かべながら弓弦を引き、狙いを定めた。


「十分過ぎるわ、マルコス。この距離なら、外さない……!」


 距離、障害物の有無、タイミング、全てが計算通りだった。

 トリカゴを運ぶ男が動きを止めたのはせいぜい数秒程度だったのだろうが、セツナにはそれで十分だ。


 彼女の魔力によって生成された風の矢が、その先端が、男が運ぶ荷物へと向けられる。

 魔力を高めつつ、ギリリと番えた矢を引き絞るセツナは、最上のタイミングを見計らって指を放そうとしたのだが――?


「見つけたぞ! 犯罪組織の下っ端!!」


「なっ!?」


 ――今、まさにセツナが矢を放とうとしたその瞬間、彼女と標的である男との間に何者かが割って入った。

 大声を出しながら運び屋へと叫んだその人物は、武器である槍を向けながらなおも叫び続ける。


「お前が犯罪組織の一員だってことはわかってるんだ! その荷物の中身を見せてみろ!」


「あいつ、シアン!? 何やってんだよ、この状況で!?」


 得意気になって相手を挑発するシアンが、槍の穂先で男が運んでいる荷物を指し示す。

 突如として乱入してきた彼の言葉に血相を変えた男がポケットの中の通信機を手に取る様を、近くにいたマルコスは見てしまった。


「セツナっ! すぐに矢を撃てっ!!」


「ダメ! 彼が間に入って、正確な狙いが……!!」


 あと数秒あれば、風を操ることで邪魔なシアンたちを避けて男の荷物を狙撃することができたのだろう。

 だが、シアンたちの乱入はあまりにも唐突過ぎた。集中力を高めに高めていたからこそ、それを邪魔されたセツナは次の一射を放つ準備をすぐには整えられなかったのである。


「ボス! 変なガキにバレました! 荷物を見せろと言ってきてます!」


 そして、シアンたちの妨害を受けた運び屋は、当たり前に通信機を使ってボスであるレーゲンにそのことを報告した。

 直後、彼が運んでいた荷物がいきなり破裂したかと思えば、中から大量の悪漢たちと共に魔鎧獣に変身したレーゲンが飛び出してくる。


「ちっ! 少し予定が早くなったが……まあいい。野郎ども! 思う存分暴れろ!」


「うおおおっ!」


「出たな、悪人どもめ! 俺たちが相手だ!!」


 事件を未然に防ぐための警備隊の作戦を全てぶち壊しにしたシアンは、まるでそのことに気付いていないようだ。

 ヒーローのように堂々と宣言した後、ウォズとトリンと共に出現した悪漢たちへと挑みかかっていく。


「ジンバさん、作戦は失敗だ! 急いで客たちを避難させてくれ!」


 一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した感謝祭の会場では、訪れていた人々が突如として始まった戦いに巻き込まれてしまっている。

 待機していた警備隊も乱戦に参加しつつ、逃げ遅れた人々の救助を始める中、ユーゴもまた脚に魔力を込めつつ建物の屋上から飛び立つと、戦いの中心部へと降下していった。


「変身っっ!!」


 視線の先には、今にも父親を殺して子供を連れ去ろうとしている悪漢の姿がある。

 ブラスタに魔力を注ぎながら右足を突き出したユーゴは、悪漢の横っ面に強烈な飛び蹴りを見舞いながら地面へと着地した。


「早く逃げてください! この子と一緒に、早く!!」


 続けて近くにいた悪漢を殴り飛ばし、逃げようとする親子を追おうとしたまた別の悪漢を羽交い絞めにしながらユーゴが叫ぶ。

 その男は背負い投げからの拳での一撃で制圧できたが、また別の悪漢が親子を襲おうとした瞬間、黄金の盾が二人を庇った。


「このマルコス・ボルグの目の前で、罪なき人々を傷付けさせはせん!」


「ぬおあっ!?」


 盾で攻撃を防いだ後、鋏で悪漢を掴んだマルコスが大きく腕を振るう。

 その勢いのまま投げ飛ばされた男は壁に叩きつけられ、ぐったりと動かなくなった。


「マルコス、助かった!」


「あの距離を跳んできたのか。お前はいつも無茶をする奴だな!」


 そこからも逃げ遅れた人々を救助しつつ、彼らに手を出そうとする悪漢たちを撃退することに注力するユーゴたち。

 しかし、想像以上の数を誇るレーゲンの組織員たちはなかなか手強く、簡単には数を減らせずにいる。


「くそっ! 妙な邪魔さえなければ、人質を解放した上でこちらが先手を打てたものを……!!」


 成功一歩手前まできていた作戦が失敗に終わったことを悔しがりつつ、その邪魔をした男たちへと視線を向けるマルコス。

 今はあんな連中に構っている暇などないが、この戦いが終わった暁には文句の一つでもぶつけてやろうと彼が考える中、全てを台無しにして多くの人々を危険にさらすきっかけを作った三人組は、思い通りの展開の中で自分たちの想定通りに事が進んでいないことに焦りを募らせていた。


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