ヒートハート・クールブレイン


「こちらA班、警備ポジションにつきました」


「B班、同じく。今のところ、不審な人物は見受けられません」


「各員、警戒を怠るな。お前たちの気付きが多くの人たちを救うことにつながる。少しでも異変を察知したら、すぐに報告するんだ」


 水の感謝祭、当日……会場として使われている街の一角には、多くの人々が集まっていた。

 昨日、犯罪組織による暴動が起きたとは思えないようなその盛況ぶりには、ユーゴも驚きを隠せないでいる。


 自分はよくわからないが、感謝祭とはそれほどまでに重大なイベントなのか……とは思いつつ、こうなった以上は人々を守るために尽力すべきだと気を取り直す。

 現在、彼はジンバたちと共に会場近くに設立された対策本部にて、いつでも動けるようにスタンバイしている状態だ。

 これは昨日の暴動の際にレーゲンに顔が割れていることや、情報が集まる場所にいた方がいざという時に迅速に動けるであろうということを考えた上でジンバが下した判断である。


 そのジンバや彼の上司が話す内容を耳にしながら落ち着かない気持ちを抱く彼に対して、もう一人の待機メンバーであるセツナが声をかけてきた。


「ユーゴ、落ち着かない気持ちはわかるけど、会場を見回ってくれてるメルトたちを信じて今は待ちましょう」


「ああ、そうだな……待つしかねえもんな……」


 目立つ位置、並びに監視がしやすい位置に警備隊員を配置しつつ、私服隊員が会場内を警邏する……というのが、今回の警備隊の防衛陣形だ。

 わかりやすく配置した警備隊員たちの姿を敢えて見せることでレーゲンたちの動きを制限し、その状態でピックアップしたポジションで身分を隠した私服隊員たちが目を光らせる……という、オーソドックスな形である。


 メルトとマルコス、アンヘルとサクラは感謝祭に遊びに来た学生を装って、巡回する警備隊員たちと同じ役目を任されていた。

 フィーとユイは危険なので連れてきておらず、ライハは他の役目を任されているため、この場にはいない。


 セツナがユーゴと一緒に待機しているのは、彼らが発見した不審な人物がトリカゴを所持しているという確証を持てた際に、遠距離からそれを狙撃するためだ。

 警備隊の狙撃班も待機しているが、レーゲンもその存在を把握していないであろうヤマトの魔道具を使って狙撃を行えば彼の裏をかけるのではないかという期待が寄せられており、ユーゴたちは彼らが想像している以上に重要な役目を任されていることになる。


 被害の拡大を防ぎ、囚われている子供たちを解放する……そのカギを握っているのは自分たちだという想いに、ユーゴは少なからず重圧を感じているようだ。

 対して、セツナの方は普段通りのクールさであり、そんな彼女の様子を目にしたユーゴは大きく深呼吸してから口を開く。


「すげえな、セツナは。俺よりも重要な役目を任されてるっていうのに、普段通りだ」


「射撃の基本は平常心。高揚や緊張をどれだけ押し殺して矢を射れるかで射手の技量が決まるわ。大事な時だからこそ、気持ちを落ち着かせる……それが、何よりも大事なことなのよ」


 平然とそう語るセツナは、そのための技術も身につけてきたということなのだろう。

 明鏡止水というやつかと思いつつ、再び吸い込んだ息を深く吐いたユーゴは、同時に昨日のジンバの話を思い返す。


 彼の相棒であり、あのボウガンの持ち主だったトーマスは、凄腕のスナイパーだった。

 だが、ジンバが人質に取られたことで冷静さを欠き、それが自身の死につながったと……そう語った時のジンバの姿を頭の中に思い浮かべていたユーゴへと、その彼が声をかける。


「大丈夫か、ユーゴ」


「う、うっす。大丈夫っすよ、はい」


「……悪いな。相棒の形見を修理の修理を頼んだら、まさかこんなことになっちまうだなんて思いもしてなかったもんでな」


 苦笑を浮かべながら、ユーゴがこの事件に関わるきっかけとなった自身の頼みについて振り返るジンバ。

 その彼の横顔を見つめながら、ユーゴが口を開く。


「俺は本当に平気っすよ。心配なのは、ジンバさんの方だ」


「俺が? どうしてだよ?」


「ジンバさん、色々とのめり込んでるみたいだったから……相棒の仇を取りたいって気持ちは痛いほどわかるっすけど、そのために自分を犠牲にしようだなんて思わないでくださいよ?」


「………」


 ユーゴからの心配の言葉に、難しい表情を浮かべたジンバが口を噤む。

 彼とセツナから見つめられる中、ふっと破顔したジンバは声を上げて笑った後、二人へと言った。


「まだ学生のお前に心配されるだなんて、俺は相当頼りなく見えるみたいだな。大丈夫だ、安心しろ。ちゃんと弁えてるっての!」


「だったらいいっすけど……忘れないでくださいよ? 燃えるハートでクールに戦うのが、刑事デカなんだってこと」


「はっ! なんだ、それ? お前は本当によくわからん奴だな……!」


 意味のわからない、されど自分を心配してくれる気持ちは十分過ぎるくらいに伝わってくるユーゴの言葉に苦笑するジンバ。

 話を聞き、息を吐いて、一拍の間を開けた後、彼はユーゴへと言う。


「……ユーゴ」


「ん? なんすか?」


「……ありがとうな」


 照れ臭そうにそう告げたジンバのことを、微笑みを浮かべながら見つめるユーゴ。

 二人がそんな会話を繰り広げる中、事件が動き出したことを告げる通信が入った。


―――――――――――――――

更新がとぎれとぎれで申し訳ありません。

お詫びというわけではないのですが、前々から単行本を買ってくださった方へのお礼として用意していたスピンオフの短編がある程度形になったので、投稿を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330669793281140

Vシネマ版という感じで、戻ってくるまでの間はこちらを楽しんでいただけると嬉しいです。

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