ノーアウェアネス・ヴィラン

「俺が最初に気付いたんだ! 経験値は俺のだぞ!!」


「そんなの関係あるか! 早い者勝ちだろ!」


「僕たちだって経験値は欲しいんだ! 気付いた以上、お前一人に独占させるもんか!!」


 深夜のルミナス学園……人気のない空き教室にて、シアンは二人の男と言い争っていた。

 もはや説明するまでもないだろうがこの二人の男たちは当然ながらシアンと同じ転生者だ。


 威勢よくシアンに食って掛かる暗い茶髪の男の名前はウォズ・スター。

 眼鏡を掛けている、少し神経質な印象を覚えるもう一人の男がトリン・マティスである。


 この二人を相手に、ギリギリと歯を食いしばって相手をするシアンは、文字通り苛立ちを噛み殺しながら彼らへと言う。


「わかったから、一旦落ち着け。これ以上、ライバルが増えたら、面倒なことになるだろうが!」


 シアンのその言葉に二人は口を噤むが、その目は「絶対に引くつもりはない」と語っていた。

 舌打ちを鳴らしたシアンは、彼らからの視線を浴びながらここからどうするかを考えていく。


(仕方がないとはいえ、迂闊だった。こいつらに準備してるところを見られるだなんて……!!)


 本日の昼に起きたレーゲン率いる犯罪組織による暴動は、シアンの耳にも届いていた。

 これが警備隊員の一人、ジンバのキャラストーリーであることを悟った彼は、急に始まったこのイベントに驚きながらもこれはチャンスだと考えたのである。


 何がチャンスなのかといえば、経験値稼ぎだ。

 シナリオの進みや出現する敵に対して、自分たちの成長がまるで追い付いていないことを自覚している彼らは、喉から手が出るほどに自分たちのレベルを上げる機会を欲していた。


 今回のイベントに敵として出現するレーゲンはそれなりの強敵だが、シアンたちが狙っているのは彼を倒すことで得ることができる経験値ではない。

 三人の真の狙いはレーゲンの部下たち……条件を満たことで出現する、おまけの敵たちだ。


 ジンバのイベントもとい、レーゲンと彼が率いる犯罪組織との戦いとなるこのイベントでは、プレイヤーの行動によって微妙にだが難易度が変わる。

 前日の夜、ジンバとの会話で出た犯罪者の顔を覚え、その特徴を正しくジンバに伝えることができれば、レーゲンたちが隠れているトリカゴを運ぶその人物を不意打ちし、そのままボスであるレーゲンとの直接対決に移行できるのだ。


 だが、逆に正しい特徴を指摘できなければトリカゴは破壊できず、トリカゴから飛び出したレーゲンとその部下が感謝祭の場で暴れ始めてしまう。

 その他にもちょこちょこと差異はあるものの、大きな差としてはそのくらいのもの。普通に考えれば、効率的にもわざと運び屋特定ミッションを失敗する必要なんてない。


 しかし……今のシアンたちにとっては、話が別だ。

 レーゲンと共に出現する雑魚たちは、強さとしては大したことはない。簡単に倒せる敵で、経験値もそこそこだが……今の彼らは、そのそこそこ程度の経験値が喉から手が出るくらいにほしかった。


 少しでもレベルを上げたいシアンは、ジンバのイベントが始まったことを察知すると、即座に行動を開始。

 装備や回復アイテムを整え、戦いの準備を進めていたところで……ウォズとトリンに見つかってしまったということだ。


 シアンの慌ただしい動きを見た二人は、そこで昼間の事件がゲーム内のイベントであることを思い出したらしく、自分たちも経験値稼ぎに参加すると言い始めた。

 そうなると、得ることができる経験値が三分の一になってしまうわけで……折角のチャンスをぶち壊されたら堪らないと、シアンは猛反発している、というわけだ。


「戦って入手できる経験値自体がそこまで多くないんだよ! それを俺たち三人が、それぞれのパーティメンバーで分配したら、ゲットできるのは雀の涙くらいの経験値になっちまうだろうが!」


「わかってるよ! でも、だからといってお前にだけ得させて堪るか!」


「君一人だけに経験値を稼がせるか! だったら、足を引っ張るだけ引っ張ってやる!」


 少し前に協力してユーゴを蹴落とすと話していたのはなんだったのかと思わせるくらいの足の引っ張り合いを繰り広げる主人公たち。

 もうこうなっては仕方がないと考えたシアンは、ギリギリと歯軋りしながら二人へと言う。


「わかったよ。お前たちもこのイベントに参加すりゃあいいさ。だが、感謝祭に行くのは俺たち三人だけだ。パーティメンバーは置いていけ」


 少しでも入手できる経験値を減らさないためには、戦闘に参加するメンバーの頭数を減らすしかない。

 三人がそれぞれパーティメンバーを連れてくればその数は最大十二名になり、先にシアンが述べた通り、得られる経験値は雀の涙程度の量になってしまうだろう。


 それを回避するための苦肉の策として、シアンは主人公である自分たちだけが戦いに参加するという条件を二人に出した。

 ウォズもトリンもその意見には納得したようで、文句を言うこともなく頷いてみせる。


「くそっ……! 折角の経験値が……!!」


「諦めろよ。悪いことはできるもんじゃねえんだ。俺たちが他の連中を引き連れて抗議しなかったことに感謝しな」


「それに、上手くいけば二つ目の戦いでもう少し経験値を稼げる。誰が開始したイベントかわからないけど、ただ乗りして稼がせてもらえるだけありがたく思おうよ」


 ぶつぶつと文句を垂れるシアンに対して、交渉を成功させたウォズとトリンは実に清々しい顔をしている。

 レベルアップのいい足掛かりを潰された、あるいは得られたと考える彼らであるが……当然のように、その脳内には事前に潰せた敵の動きを敢えて許すことで街の人々が犠牲になるということや、人質になっている子供たちを救い出すチャンスが失われたということに関しては何も思っていない。


 ゲームの中のキャラ、それもモブがどれだけ犠牲になろうとも構わない。大事なのは主人公である自分たちが如何に得をするか、ということだけだ。

 必死に街の人々を守ろうとするユーゴやジンバたちの努力を踏みにじるその行いを、なんとも思わずに実行してしまう彼らは、自分たちがレーゲンたち犯罪者よりもずっと質の悪い存在であるということにも気が付かないまま、行動を開始するのであった。


―――――――――――――――

長らく更新を途切れさせてしまい、申し訳ありません。

Xの方で「地震が起きてから更新が止まったが大丈夫か?」というメッセージを何件か頂いており、ご心配ご迷惑をお掛けしてしまったなと反省しております。


自分自身は本当に被害もなく、無事だったのですが、自分の周囲の方々が大変な状況にあり、今はそのフォローのために忙しくさせていただいている状況です。

以前にコロナで迷惑をかけてしまったこともあり、その時の恩返しもしなければなと考え、頑張らせていただいております。


今日はどうにか更新できましたが、次の更新まではまた少し日にちが開くと思います。

本当に申し訳ありません。できるだけ早く帰ってこられるよう、頑張ります。


それと余談なのですが、年末年始に漫画の単行本を沢山購入していただけたようで、Amazonさんでの在庫が一時空になるというありがたいこともありました。

少しでも感謝を示せたらな、と思い、本編で書けなかったキャラごとのお話を投稿しようと短編の企画を練っているところです。

形になりましたら投稿しますので、そちらももう少々お待ちください。


年が明けて早々に大変なことが立て続けに起き、皆さんも平和とはいえない日々を送っていると思います。

自分が言えることではありませんが、この苦境を乗り越えるためにも、手を取り合って頑張っていきましょう。


2024年もよろしくお願いいたします。烏丸より。

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