ミッドナイト・ブリーフィング

「ジンバさん、何やってんすか? もう遅いんだし、寝た方がいいって」


「ん? おお……すまん。もう少しだけ、な……」


 その日の夜、許可を得て詰所に泊まり込むことにしたユーゴとマルコスは、自分のデスクで何かをしているジンバの姿を見かけて、彼に声をかけた。

 傍に寄って見てみれば、悪そうな見た目をした男や女の顔写真が大量にデスクに乗せられており、ジンバはそれをチェックしているようだ。


「何なんすか、この写真?」


「警備隊の記録に残ってる、ここ数年で軽犯罪に手を染めた奴らの写真だよ。もしかしたら、こいつらがレーゲンの手下になってるんじゃないかと思ってな」


 ユーゴの質問に答えながらも、写真たちから視線を逸らさずにいるジンバ。

 いったい何故、わざわざそんなことをしているのか? というユーゴたちの無言の疑問に答えるようにして、彼はこう述べる。


「レーゲンたちはトリカゴの中に身を潜めてる。そのトリカゴを隠し持って移動しているのは、奴の一味の誰かだろう。トリカゴの中からは外の様子はわからねえ。レーゲンは、見ず知らずの野郎に自分のアジトの命運を握らせる馬鹿じゃない。それなりに信用している奴を運搬役に選ぶはずだ」


「この写真の誰かが、トリカゴを隠し持って移動してるってことっすか?」


「あくまで可能性があるって話だがな。だが、こういう小悪党はよりデカい悪に飲み込まれやすい。レーゲンにとって三下の犯罪者ってのは、簡単に洗脳して自分に心酔させられる便利な連中なんだよ」


 全く無関係の一般人を脅したり金銭で協力させたりすると、裏切りのリスクが発生する。

 ならば、多少怪しまれるリスクはあっても自分に忠実な人間に運び屋を任せた方がいい……レーゲンはそう考える男だと、ジンバは確信しているようだ。


 十数年もの間、相棒の仇としてレーゲンを追い続けてきた彼だからこその意見にユーゴとマルコスが頷きを見せる中、持っていた写真をデスクに置いたジンバが言う。


「ベストなのは下手に動かれる前に、トリカゴを破壊しちまうことだ。そうすれば中に閉じ込められている子供たちは解放されるし、向こうも魔道具を使うことができなくなる」


「人質がいる限り、向こうに有利な状況が続くわけっすからね……」


「だからこそ、少しの可能性も見逃したくねえんだ。明日までにこの連中の顔を頭の中に叩き込んでおかねえと」


「明日? 明日って何かあるんすか?」


「水の感謝祭だ。毎年、この時期に行われる催しで、人が多く集まるイベントでもある。こんな事件があったし、今年は中止するかと思ったんだが……」


「……上の連中はここをレーゲンを捕える最大のチャンスと見て、感謝祭を中止しない判断を下した。警備隊を増員し、なにがなんでも奴を確保するつもりみたいだ」


 リスクを承知の作戦。だが、事件を早期解決させたい警備隊にとって、これは絶好のチャンスなのだろう。

 レーゲンは自分たちの復活と、魔鎧獣の力を見せつけるパフォーマンスの場を求めている。人が多く集まる感謝祭は、願ってもない舞台だ。


 双方の思惑が上手いこと合致しているこの状況は、逆に不用意に動かさない方がいい。

 決戦の場となる感謝祭で、全ての因縁に終止符を打たんとするジンバへと、デスクに置かれていた書類を手にしたユーゴが言う。


「ジンバさんが犯人を捕まえるために戦うなら、俺はこっちの方を担当させてもらおうかな」


「なんだそれは? 何かのリストか?」


「……レーゲンに攫われた子供たちのリストだ。この子たちを早く助け出して、親御さんのところに帰してやんねえとな」


 ざっと数えても十名以上はある子供たちの名前が書かれたリストを見つめながら、マルコスへと答えるユーゴ。

 敵を倒すよりも、誰かを守るために戦おうとする彼らしい言葉に、ジンバがわずかに頬笑みを浮かべる。


「倒すためじゃなくて、守るために……か。お前らしいな、ユーゴ」


「ヒーローの戦う理由はいつだってそれだよ。微笑み忘れた天使たちのために……ってね」


「ははっ! 詩的な言い方をするもんだな、おい。詩人にでもなったらどうだ?」


 そうユーゴをからかいながら、犯罪者たちの写真から視線を外したジンバがリストを手にしているユーゴを見やる。

 小さく頷いた彼は、改めて写真を見つめながら、小さな声で呟いた。


「先にトリカゴさえ破壊できれば、無駄な戦闘や不安を省いてレーゲンとの戦いに持ち込める。子供たちのためにも、トリカゴを運んでる奴を突き止めるんだ」


「そうっすね。犯人逮捕のためにも、子供たちを助けるためにも、相手が動く前にトリカゴを破壊する。それがベストですね」


 被害を抑えるための最上の手段は、先手を取ることだ。

 現状、そのためにこちらができそうなことがあるとすれば、相手が動く前にトリカゴを破壊することしかない。


 それができれば、相手の不意を打てる上に人質の奪還も果たせる。

 そのためにジンバは必死にできることをしているわけだが、世の中にはわざわざ警備隊が不利になることや、子供たちの安全が確保されないことを望む者たちもいるようだ。


 その人物が、誰かというと……?

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