処刑、開始
「なんだ、その姿は……? お前は、いったい……?」
「格好いいだろう? マイヒーローを参考にしたんだ。この力を初めて体験する相手になれるだなんて、君の身に余る光栄だよ」
禍々しい姿に変貌したロストを前に一瞬気圧されてしまったエゴスであったが、傷付けられたプライドが怒りの感情を呼び起こした。
何者かはわからないが、自分を徹底的に馬鹿にしてくる相手をこのままにしておくわけにはいかない。
「ペナルティだと……? ふざけるな!」
ロストから渡された武器の内、ステータスが最も高い斧を選んだエゴスがその振り心地を確かめる。
問題なく武器が扱えることを確認したエゴスは、怒りに燃えた瞳でロストを睨んだ。
(武器はこの時点で手に入れられる最強の武器! これなら、負けるはずがねえ!!)
以前、レベル2の魔鎧獣に敗北したとはいえ、自分は主人公だ。
転生ボーナスによる高いステータスと培ったゲーム知識は、この斧以上に大きな武器になる。
目の前にいるあの銀色の鎧を纏った男の戦闘力はわからないが……それでも、主人公である自分が負けるはずがない。
揺るぎない自信を胸に、気力と魔力を漲らせたエゴスは、斧を強く握り締めると共にロストに向かって駆けだしていった。
「お前が何者かはわからないが……ここでぶっ殺すっ!!」
腕に魔力を送り、腕力を強化。
見た目に違わぬ重量を誇る両刃斧を軽々と振り回し、攻撃に遠心力を乗せていく。
(こいつは転生者なのかもしれないが、ゲーム知識は皆無だ! 斧使いの俺に、鎧を着て挑んでくるんだからな!!)
【ルミナス・ヒストリー】において、エゴスが使う両刃斧は『重装』の属性を持つ相手に有利に立ち回ることができる。
一部の技にボーナスダメージが乗る他、相手の防御力を下げる技を習得することができるからだ。
そんな斧使いの自分相手に『重装』属性を持つ鎧を着て挑むだなんて、ロストはとんでもない愚か者だ。
少なくとも、ゲームの基本知識すら抑えられていないと……そう考えてほくそ笑むエゴスは、防御の構えも取らずに立ち尽くすロストを睨みながら吼える。
「これで終わりだっ! スキル・『鎧砕き』っ!!」
回転による遠心力が乗った大斧の刃がロストに迫る。
魔力を帯びた刃はその鋭さを増すと共にスキル名通りの鎧を砕く能力を得て、更に破壊力を増していく。
疑う必要もない、自分の勝ちだ。
ロストはこの一撃を絶対に防げない……そんな確信を抱きながら斧を振り抜いたエゴスは、銀色に輝く奇妙な姿をした相手の体を真っ二つに切り裂き――
「……は?」
――妙な手応えが響いた。
魔鎧獣の肉体を泣き別れにしてやった時の鈍く重い手応えではない。それよりもずっと軽い、本当に妙な手応えだ。
ギィン……ッ! という音が響き、同時にジンジンとした痺れが自分の両手に走っていることを理解したエゴスは、振り抜いたはずの斧がぴたりと止まっている様を目にして驚愕に息を飲む。
悠々と、彼の渾身の一撃を片手を使って受け止めているロストは、小さく息を吐いてからその手に力を込めていった。
「ふむ、これはどういうことかな……?」
「ぬっ! ぐっ! ふっ! ううっ……!?」
どういうことかはこっちの台詞だ。
エゴスが全力で押し込んだり、逆に引こうとしても、斧はまるで動かないでいる。
まるでフリスビーでもキャッチするかのようにエゴス全霊の一撃を片手で受け止めたロストは、たったそれだけの行動で彼の行動をほぼすべて封じているのだ。
「なあ、君はどう思う? 私が強過ぎるのかな? それとも――君が弱すぎるのかな?」
「はっ!? あぐっ……!?」
そう質問しながらもう片方の手をエゴスへと伸ばしたロストは、そこから黒と緑の鈍い光を放つ攻撃を繰り出した。
予想外の一撃に掴んでいた斧の柄を放してしまったエゴスが、声にならない悲鳴を上げて後方へと吹き飛んでいく。
「ふ~む、想定以上だな。まあ、結構苦労したし、デメリットもそこそこあるってことも関係してるんだろうけど……一番はマイヒーローを参考にしたお陰かな?」
「がっ、ぐふっ……! こ、この強さは……!?」
実際に攻撃を受けてみてわかった。
今の一撃、ロストはまるで本気を出していない。エゴスと自分の実力を確かめるかのように手加減をした上で攻撃を放っていた。
お陰で致命傷にはならなかったし、まだ十分に動けはするが……ほんの挨拶程度の攻撃でこの威力かと考えたエゴスの背中に、冷たい汗が垂れる。
もしもロストが繰り出した本気の攻撃を喰らったら、ひとたまりもない。
そうなった時のことを想像して息を飲んだエゴスであったが、それ以上に重大な事実に気が付くとゾクリと背筋に震えを走らせた。
(おかしいだろ!? 最高の武器で、最大の効果を発揮する技をぶちかましたんだぞ! それなのに、どうしてあんな平然としていられる!?)
相手は鎧を着た『重装』属性を持つ敵キャラで、自分はそれにボーナスダメージが乗る技を選択したはずだ。
武器に関しても最高の攻撃力を有するものを装備した。スキルを繰り出す際に何かを失敗したという感覚もなかった。
それなのに……ロストは傷一つ付かず、平然とした様子でその攻撃を受け止めてみせたのだ。
「本当に扱いが難しいな。選ばれなくて当然か」
「なに、言ってんだ……? なに言ってんだよぉぉっ!?」
掴んだ斧を握り砕き、その行動でまた自分の力を確かめたロストの呟きの意味は、エゴスは理解できなかった。
いや、この化物じみた強さを誇る存在そのものを理解できなかった彼は、二番目に攻撃力の高い斧を掴むと再び突進していく。
「死ぃぃねぇええぇえええええええっ!!」
今度はスキルを使うことはしなかった。焦りのせいで、使うという選択肢が頭から消え失せていた。
しかし、ロストもまた防御の構えを見せず、繰り出された斧を胸の装甲で真っ向から受け止めてみせる。
「……うん、ちょっと痛いね。強さとしてはこんな感じか……!」
「ぐべろおぉっ!?」
しみじみとそう呟いた後、ロストがエゴスの胸倉をつかむ。
ぐいっと彼の体を引き寄せ、無防備な腹に膝蹴りを叩き込んでやれば、エゴスは口から血と胃液が入り混じった汚物を吐きながらその場に崩れ落ちた。
「あがっ……がっ、な、何なんだ? お前、何なんだよ……?」
「ん~? そうだなぁ……
理解できない存在。恐ろしくて堪らない何か。
目の前にいる、唐突に出現した強敵が、エゴスの目には途方もなく巨大に見えている。
そんな彼の震えた声を聞きながら、兜の下で静かに微笑んだロストは……そう前置きをした後、緑に輝く複眼でエゴスを見下ろしながら、こう答えた。
「――君の、絶望だよ」
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