Justiceは理由にならない/平和、自由、小さな幸せ
真っ直ぐにサクラを見つめながら、確固たる信念を持って自分の意見を伝えるユーゴ。
そうした後で彼は、サクラへとこんな問いを投げかけた。
「さっき食事した店、あるだろ? あそこで働いてる連中、前科者ばっかりなんだぜ。クロトバリの正義に照らし合わせれば、あの店はあっちゃならない店のはずだ。仮に明日クロトバリがあの店を襲ったら、サクラはそれを正しい行動だと思うか?」
「それは……思わないでござろうな」
ユーゴの質問に対して、大きく首を振りながら答えを返すサクラ。
その返事を聞いて頷いた彼は、更に話を続けていく。
「そういうことさ。あの店のオーナーさんの正義は、前科者にも更生の機会を与えることなんだ。クロトバリの正義とは真逆だけど、俺はそれは間違ってないと思う」
「……正義は、誰の中にもありますもんね。敵討ちをすることを正義だと思う人もいるし、相手を赦すことを正義だと考える人もいる」
「そう。だから、ヒーローは戦う理由に正義を使わない。世界の平和と人類の自由、そして……目の前の小さな幸せを守る。それが、ヒーローが戦う理由だ。自分自身の中にだけある正義は、誰かを傷付けていい理由にはならないんだよ」
誰にだって正義はある。罪人を許さないというクロトバリの思想もまた、彼なりの正義なのだろう。
しかし、それを理由に誰かを傷付けることも、他人を縛ることも間違っている……それがユーゴの答えだった。
「正義のためなら、人はどこまでも残酷になれる……俺が尊敬するヒーローがそう言ってた。だから、俺はクロトバリの考えには共感できない。正義があれば人を傷付けていいって考える奴のことを、正しいとは思えねえよ」
「……真っ直ぐな、良きお答えでござった。不躾な質問を許してくだされ、ユーゴ殿」
「気にしてねえよ。まあ、俺の意見が何かの参考になったら良かった! ってことで!」
なはは、と明るく笑ったユーゴが少しだけ気恥ずかしそうにしながら大股で歩いていく。
その横に並んで歩くサクラと彼を追いかけて駆け出そうとしたリュウガは、そこで背後のライハの存在を思い返して足を止めた。
「大丈夫かい? 少し、ペースが早過ぎたかな?」
「す、すいません……身長が低い分、歩幅も短くって……気を遣わせちゃいましたね」
「そういうのは妹で慣れてるから気にしないでいいよ。ユーゴたちもすぐ気付くだろうし、焦らなくて大丈夫だから」
体格差による歩くペースの差を気遣い、彼女を一人にしないように立ち止まったリュウガが言う。
ライハは申し訳なさそうに頭を下げてから彼へと視線を向けると、ためらいがちに口を開いた。
「リュウガさん、一つお聞きしてもいいでしょうか?」
「ははっ、今度は君が僕に質問か。それで、何が聞きたいの?」
優しく笑いながら、冗談をこぼしながら、ライハへと尋ねるリュウガ。
小さく息を飲んだライハは、彼へとこう問いかけた。
「先ほど、リュウガさんはマリィさんを説得する時、君はまだ間に合う……って、言いましたよね?」
「ああ、そうだね。それがどうかした?」
「……私の考え過ぎかもしれません。でも、なんだかその言葉を聞いた時……リュウガさんは、もう復讐の道を突き進む覚悟を決めてしまった誰かを知っているんじゃないかって、その人とマリィさんを重ねてそんなことを言ったんじゃないかって、そう思ったんです」
「………」
――僅かに、リュウガの目が細くなった。
何かを警戒しているような、そんな雰囲気を放つ彼の姿に恐怖を感じながらも、ライハは勇気を振り絞って話を続けていく。
「もしもその誰かが……リュウガさん、あなた自身だとしたら……そして、復讐の対象があなたから家族を奪った狂龍だというのなら、私は――」
怯え、決意、苦しみ、恐怖、葛藤、そして……罪悪感。
全てを入り混じらせながらリュウガへと何かを伝えようとしたライハの目が、大きく見開かれる。
それは正に神速だった。腰の刀を引き抜きながら、一歩こちらへと踏み込むリュウガの姿を確かにライハは見た。
反応すら許さないその動きに彼女ができたのは、自分へと振り下ろされるであろう刃を受け入れる覚悟を決めることだけ。
強く目を瞑り、体を一度だけ震わせた彼女であったが……予想していた瞬間が訪れることはなく、代わりに自分の背後で硬い何かが弾かれる音が響く。
「えっ……!?」
驚いて振り向いた彼女が目にしたのは、刀を構えて上空を見上げるリュウガとその足元に散らばった黒い羽根だった。
今、あの羽が自分目掛けて飛んで来たのだと、リュウガはそれを叩き落して自分を守ってくれたのだと、そう理解したライハもまた、彼に続いて頭上を見上げ……それを見た。
「……今のは不意打ちと判断して構わないな? 貴様、何者だ?」
「我は、正義の執行者。この街の罪人を一人残らず屠る者……」
黒一色……それが第一印象だった。
細長く丸みを帯びた頭部や鋭いかぎ爪、背中に大きく広げられた翼まで全てが黒の一色で塗り潰されている。
顔面にはガスマスクと暗視ゴーグルを思わせる三つの丸が三角形に配置されており、鳥と人間の融合体に更に人工物が加わったその雰囲気はライハに不気味な印象を与えた。
「あれが、あいつが……!?」
「ああ、まさかこんなに早く出会えるとはね」
怯えの感情を顔に浮かび上がらせながら呻くライハと、静かに闘志を燃やしながらそれを睨むリュウガ。
それぞれの反応を見せる二人の前で、屋根の上の襲撃者は堂々と名乗りを上げた。
「我が名はクロトバリ……悪を処断し、正義を成す者……!! 貴様らは悪だ。よって、我が手で処刑する……!!」
「僕たちが、悪だって? 何を以てそう判断した?」
「質問に答える義理はない。悪は死せよ、それだけだ」
質問を拒むというお株を奪われたリュウガが口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
日が沈んだ街の闇に溶けながら彼を見つめていたクロトバリが動き出そうとしたその瞬間、リュウガが口を開いた。
「失敗だったな。質問を拒むのなら、最初からそうすべきだった。名前を尋ねられても答えず、問答無用で襲い掛かるべきだったな」
「なに……? どういう意味だ?」
リュウガの意味深な発言に動きを止めたクロトバリであったが、次の瞬間にその言葉の意味を目で理解した。
紅と青、二つの光が輝きを増しながらリュウガの横をすり抜け、こちらへと飛び掛かってきたからだ。
「クロトバリ、覚悟っ!!」
片や巫女装束を纏い、得物である薙刀を振りかざして攻撃を仕掛けてくるサクラ。
水を纏った刃の鋭さに警戒心を強めたクロトバリへと、もう一人の襲撃者が握り締めた拳を振り下ろす。
「変、身っ!!」
―――――――――――――――
いつも小説を読んでくださり、ありがとうございます。
Twitter(X)の方ではご報告させていただいたのですが、この度新型コロナウイルスに感染してしまい、絶賛大ダウンの真っ最中です。
一応、書き溜めも用意はしてあるのですが、どのくらいで回復するか見込めないので、結構な確率で小説の更新が止まると思います。
本当に申し訳ないのですが、できる限り早く体調を復活させて戻ってきたいと思っておりますので、更新をお待ちいただけると嬉しいです。
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