正義のためなら、人間はどこまでも残酷になれる。だから――

「何事もなくマリィさんを家に送れて良かったね」


「そうだな。けどまあ、行きはよいよい、帰りは怖いって言うしよ、気を抜かないようにしようぜ」


 それから暫くして、無事にマリィを彼女の家へと送り届けたユーゴ、リュウガ、サクラ、ライハの四人は、学園への帰路についていた。

 日も随分と落ち、もう少しで完全に隠れてしまいそうになっている。

 これだと寮に着く頃には街も暗くなっているだろうなと考えていたユーゴは、隣を歩くリュウガの顔が浮かないことに気が付き、彼に声をかけた。


「リュウガ、どうかしたのか? なんか暗いぞ?」


「いや……少し父のことを思い出しただけさ。気にしないでくれ」


 寂しそうな笑みを浮かべながら、ユーゴへと答えるリュウガ。

 そんな彼の反応に、ユーゴは黙って頷き、口を噤む。


 先ほど、マリィを送り届けた時、彼女の父親であるゴートとも顔を合わせ、少しだけだが話をした。

 どこにでもいるような普通の父親で、優しい人物だという印象を受けたユーゴは、彼ならば娘のことを強く心配するだろうなとも思う。


 ゴートがマリィと和解し、親子として再び歩き出す未来を祈っているのは自分だけではなく、リュウガも同じのはずだ。

 マリィから聞かされた話からゴートに自身の母の姿を重ねると共に、今は亡き父親のことを思い出した彼の想いは、自分なんかよりもずっと強いと思う。


「……いい方向に向かうといいな、あの二人」


「ああ、そうだね……」


 曖昧に、されど少し声に感情を乗せながら、リュウガがユーゴへと応える。

 彼自身が語ったように、リュウガもまた父の死という過去に縛られているのかもなとユーゴが考える中、少し歩く速度を速めて隣に並んできたサクラが口を開いた。


「ユーゴ殿、少し質問してもよろしいでござろうか?」


「え? あ、ああ、俺は大丈夫っすよ、アマミヤさん」


「敬語は使わなくて大丈夫でござる。セツナにはそうしてるのでござろう? ならば拙者も、彼女と同じようにしてほしいでござる」


「えっと……了解。んで? 俺に質問って?」


 戦巫女たち三人の中では最も関わりが浅いサクラから声をかけられ、若干緊張気味になるユーゴ。

 それでもとできるだけ緊張を抑えて彼女と向き合えば、サクラはこんな質問を投げかけてくる。


「ユーゴ殿は、クロトバリをどう思うでござるか? 彼は正義の存在だと、そう思うでござるか?」


「……!!」


 真っ直ぐにこちらの目を見つめながら、その視線にも負けないくらいにド直球の質問を投げかけてくるサクラ。

 彼女と見つめ合ったユーゴが息を飲む中、サクラは一度息を吐いてから偽らざる自身の心境を語っていく。


「正直に申し上げるならば、拙者はクロトバリの考えを完全には否定できない。夜の友の会の参加者と話をして、彼らの考えを聞き、そう思うようになりました」


「……何となく、言いたいことはわかるよ。うん、わかるな」


「……クロトバリは力なき者に代わって、その人物が憎む悪人を裁く。罪を犯したというのに、それに相応しい罰を与えられなかった人間などごまんといるもの……法で裁けなかった者に対して正義を執行するというのは、本当に悪なのでござろうか?」


 ユーゴには少しだけだが、サクラの言いたいことがわかる気がした。

 人を殺し、その未来を奪った張本人が、のうのうと今を生きていることを許せないという人間は少なからずいる。マリィだってその一人だ。

 そして、そんなマリィのような人間が集まったのが夜の友の会で、彼らは自分たちに代わって仇を取ってくれるクロトバリを心の底から崇拝している。


 その人たちの想いを背負い、悪人に正義を執行することは本当に悪なのか?

 曲がりなりにも夜の友の会の面々と関わったサクラは、そのことに迷いを抱えているようだ。


「ユーゴ殿……あなたは我々ヤマトの人間と違う考えを持つお人だ。そして、あのセツナが興味を持つほどの人間でもある。是非、クロトバリについてのあなたの意見をお聞かせ願いたい」


 そうこちらを見つめながらのサクラの質問に、ユーゴが困ったように頬を掻く。

 小さく息を吐き、彼女を見つめ返したユーゴは、自分の意見を真っ直ぐにサクラへと伝えた。


「クロトバリのやってることは正義なのかもしれない。でも、間違ってると俺は思うよ」


「正義なのに、間違っている……? どういう意味でござるか?」


 相反しているようなユーゴの回答に怪訝な表情を浮かべるサクラ。

 そんな彼女に対し、ユーゴはこう続けた。


「正義は誰にだってある。だから、自分自身の正義が絶対だなんて思うことも……それを他人に押し付けることも、絶対にやっちゃいけないんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る