side:シアン(面倒な事態を招いた男たちの話)

 芝居がかった雰囲気でゆっくりとお辞儀をしたグロナスが不気味な笑みを浮かべながらラミーへと視線を向ける。

 代表……というよりも教祖や教皇といった方が相応しい格好をしている彼の姿とその不気味さに一瞬言葉を失ったラミーであったが、すぐに気を取り直すと大声で言った。


「あなたがこの危険な会の代表ですか? なんともまあ、お似合いの格好で……!!」


「危険などと言ってほしくはないですな。夜の友の会は真の正義を掲げるクロトバリ様の思想に共感した人間同士が集まってできた会、あなた方とは考え方が違うだけですよ」


「あなた方の会のことなんてどうだっていい! 犯罪者の思想や正義に共感するのは勝手ですが、我が校の生徒たちを巻き込むんじゃありません!」


「我々はルミナス学園の生徒たちを巻き込んでなどいませんよ。彼らが自らの意志でこの会に参加しただけです。無理に引き摺ってきたわけでもないのにそんなことを言われるのは心外ですな」


 ヒステリー気味に叫ぶラミーに対して、グロナスは落ち着き払った態度で反論を続ける。

 のらりくらりとしたその態度に怒りを募らせたラミーは、当初の目的も忘れて彼や夜の友の会の人間たちに暴言を浴びせ掛けていった。


「お黙りなさい! 犯罪者を信奉するような危険な会が存在すること自体がルミナス学園やこの街の名誉を著しく傷つけているということがわからないのですか!? 人殺しを正義だと祭り上げるだなんて……恥というものを知りなさい!!」


「ほう? ルミナス学園の先生は、クロトバリ様を人殺しと、悪と罵りますか? それはそれは……度し難い真似をなさる」


 ラミーがクロトバリの正義を侮蔑した途端、グロナスの雰囲気がわずかに変わった。

 それ以上に彼女の言葉を聞いた信者たちの間から怒りの感情が噴き上がり、ラミーやその近くにいるシアンたち生徒に向けられていく。


「悪人を裁くクロトバリ様を悪だなんて……! あの女、許せん!!」


「クロトバリ様は私たちに代わって罪人に天誅を下している正義の使者よ! それを人殺しなんていう簡単な言葉で片付けないで!」


「魔物や魔鎧獣を殺す魔導騎士と何の違いがある!? 人に害を成す存在を狩っているだけだろうが!」


「せ、先生……こ、これ、マズいんじゃ……!?」


「う、うろたえるんじゃありません! 誇り高きルミナス学園の生徒なら、この程度のことでは動じない精神をお持ちなさい!」


 段々と膨れ上がっていく信者たちの怒りの感情を感じ取った生徒たちがラミーへと怯えた様子で問いかける。

 そんな生徒たちを叱責するラミーであったが、当の本人もそれなりに動揺しているようで、全く説得力がなかった。


「同志の皆さん、落ち着いてください。この方々は確かに許し難いことを言いましたが、我々が手出しをする必要はありません。この方々は必ずやクロトバリ様に裁かれることになるでしょう。この大罪人と誤った正義を教えられた学園の生徒たちは必ずや真の正義の前に屈することになる! ……その日を楽しみに待とうではありませんか」


 そんな彼女たちを見つめながら、どこか意味深な笑みを浮かべながら、グロナスが信徒たちへとそう呼びかける。

 教祖的な立場が放ったその言葉に集会場に集った人々が歓声を上げる中、異様な熱気に完全に気圧されたラミーたちは急いで学園の生徒たちを集合させ、逃げ出すようにしてその場から退散するのであった。



―――――――――――――――


「……という報告が夜の友の会に潜入してる警備隊員から上がってきた。教師に乗り込まれた上に神のように崇めてるクロトバリを馬鹿にされた会員たちは、ルミナス学園の関係者に正義の鉄槌が下ることを望んでいるようだ」


「随分と早まったことをした上に相手を刺激してしまったわね。生徒たちを連れ戻すだけなら、他にいくらでも方法はあったでしょうに」


「これも全て拙者が夜の友の会に参加したことがきっかけにござる……本当に申し訳ない……」


 夜の友の会の集会で起きた出来事をジンバの口から聞かされたユーゴたちは、何か嫌な予感を感じさせるその内容に渋い表情を浮かべていた。

 サクラを追って集会に来た英雄候補たちを追って更に多くの生徒たちがやって来ていたという事実と、それが原因で更なる騒動が起こってしまったという現状に、サクラは罪悪感に満ちた表情を浮かべている。


「今、夜の友の会の連中は殺気立ってる。悪いことは言わん。俺も同行するから、さっさと学園に帰った方がいい」


「そうね……制服を着ているわけじゃないから一目でバレるなんてことはないでしょうけど、万が一にも私たちがルミナス学園の生徒だってことがバレたら面倒だわ。今日のところは帰るとしましょう」


 今は状況が良くない。何か悪いことが起きる前に、学園に帰るべきだ。

 そんなジンバの意見に同意した一同は、彼と一緒にルミナス学園へと帰還しようとしたのだが……そこでサクラが口を開く。


「少し待ってくだされ。拙者はマリィ殿をご自宅までお送りしてから学園へ戻るでござる。故に、皆様は先に帰っていてくだされ」


「いや、それはマズいだろ? だったら全員で行動した方がいいと思うぜ?」


「俺も同意見だ。その子は俺が送るから、お前たち全員で学園に戻るって形にした方がいいかもしれんな」


「そもそも私、別に送ってほしいなんて思ってないし。私はルミナス学園の生徒じゃないんだから、不安要素ゼロじゃない」


「それでも、万が一ということもあるでござる。こうなったのは拙者の責任、マリィ殿の身にもしものことがあれば、ゴート殿に顔向けができませぬ。拙者がこの目でマリィ殿が帰宅したと見届けなければ、安心できぬでござるよ。セツナたちはそちらの警備隊員の方と一緒に学園へ戻るでござる。なに、心配は無用。拙者も必ずや帰るでござるから」


 サクラの言葉に顔を見合わせたセツナとライハがため息を吐く。

 どうやら、こうなった彼女はどうやっても意見を変えないということが長い付き合いの二人にはわかっているらしい。


 だからといって彼女を単独でマリィの見送りに行かせるわけにもいかないと考えたユーゴは、椅子から立ち上がるとサクラへと言った。


「なら、俺も一緒に行く。女だけで夜道を歩かせるだなんて真似、男としてはさせらんねえからな」


「ユーゴが同行するのなら僕も一緒に行くよ。そっちの方が安心だろう?」


「な、なら、私も! サクラちゃんが変なことしないように手綱を握る役で!」


「いや、これは拙者の問題なのだから、ユーゴ殿たちに手を貸していただく必要は――」 


「もう今さらだよ、サクラちゃん。それに、そうやって誰にも相談せずに一人で動いた結果が今のこの状況でしょう?」


「う、むむ……」


 ユーゴたちの同行を拒もうとするサクラであったが、ライハの反論を受けて何も言い返せず押し黙ってしまった。

 そんな彼女の様子を見て取ったユーゴは、これ幸いにと話を進めていく。


「んじゃ、そういうことで。マルコス、みんなのことを頼んだぜ」


「ふんっ、まあ仕方あるまい。こちらのことは私に任せておけ」


「え~……だったら私もユーゴと一緒に行きたいんだけどな~……」


「止せよ。本当は四人でも多過ぎるくらいなんだ。これ以上は目立つし足も遅くなるしでいいことないし、先に帰っててくれ」


「ちぇ~……」


 ぶーたれながらも素直に言うことに従ってくれたメルトたちは、ジンバと共に先に学園へと戻っていく。

 ユーゴたちもあまり遅くならないようにと少し急ぎながら、マリィを彼女の自宅へと送っていくのであった。

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