部屋にて、男二人

「……どうするつもりだ、ユーゴ」


「どうするって、お前も俺の答えは聞いただろ? セツナの申し出はありがてえけど、受けるつもりはねえよ」


 セツナの話を聞き終え、女性陣が立ち去った後……ユーゴは、一人部屋に残ったマルコスからの質問にそう答えた。

 真剣に自分を見つめるマルコスへと苦笑を見せながら、ユーゴは更に続ける。


「この間の事件をきっかけに色々と悩んでたってのはその通りだ。でも、立場とか地位を得るためだけに誰かと付き合ったり婚約するだなんてのはヒーローがやることじゃねえ。少なくとも、俺はそんな理由でセツナと付き合うつもりはねえよ」


「……だろうな。お前ならそう言うと思っていたさ」


 付き合いがそんなに長いわけではないが、ユーゴの性格はよくわかっている。

 誰にも馬鹿にされない立場を得るために、知り合って間もない相手と婚約を結ぶような男ではないことは間違いない。

 だが、マルコスはそれと同時に彼が今回の一件でどれほどまで思い詰めていたのかも想像し、渋い表情を浮かべていた。


(ずっと浮かない顔をしているのはフィーが入院しているからだと思っていたが……まさか、そんなことを考えていたとはな……)


 ユーゴは優しい男だと、セツナは言っていた。

 その意見にはマルコスも同意するし、実際にユーゴは優しい男だと思っている。


 その優しさ故にかつては弟を巻き込んで敵対した自分を友として受け入れ、誰かの不幸を人一倍悲しみ、全ての人を笑顔にするために全力を尽くす。それが、マルコスが今日まで見てきたユーゴ・クレイという男の姿だ。

 今までずっと、ユーゴは自分に向けられる悪意に対して、それが己の過ちの結果なのだからと全てを受け入れてきたが……それもまた、彼が優しいからなのだろう。


 しかし、フィーが傷付いたことで彼の中に迷いが生まれてしまった。

 弟が怪我をした原因は自分の悪評で、それを払拭しなければまた同じことが起きるかもしれない。


 そんなふうに苦悩するユーゴのことを気にかけてやれなかったことを後悔するマルコスであったが、当の本人はセツナから話をされて多少ではあるが吹っ切れた様子を見せていた。


「セツナに言われた通り、俺がクズだったせいでフィーやお前らを傷付けるかもしれないって考えて、悩んでたりしたさ。でも……立場を活かして相手の口を塞ぐのって、なんか違うと思う。少なくとも、俺が憧れるヒーローたちは絶対にしねえよ。それに――」


 そこで言葉を区切ったユーゴが、被っていない帽子の位置を直すような素振りを見せる。

 まだまだ甘い半熟の自分とは程遠い、大人の男の姿を頭の中で思い浮かべながら、彼はそのヒーローからの教えをマルコスへと言って聞かせた。


「……長い人生の中では、自分より強い何かの力を借りなくちゃならない時だってある。だけど、その決断を下した理由が自分の弱さに負けた結果だとしたら……そいつは、ヒーローって呼ばれる資格を失っちまうんだ。セツナの力を借りれば、俺をクズ呼ばわりしてる連中の口を塞ぐのは簡単だ。だけど、自分の立場を活かして誰かを思い通りに動かそうってのは、この間のエゴスがやったことと何ら変わらねえ。あの野郎と同じことをしちまったら、俺はフィーのヒーローじゃなくなっちまうからな。だから、断ることにした」


「ふん……! なんともまあお前らしい答えだ。しかし、自身の悪評を払拭する件はどうするつもりだ? 諦めるのか?」


「そういうわけじゃねえよ。俺だってクズ呼ばわりされ続ける現状が良くないことはわかってる。でも、ヒーローが自分の手柄を主張し始めたら、それこそ問題だろ? それにそもそも俺は人から感謝されたり、よく思われたいから人助けしてるわけじゃねえし……やっぱ難しいな、ヒーローって。悩むわ~」


 腕を組んで直面している問題について試行錯誤するユーゴを見ながら、マルコスは実に彼らしいと思った。

 セツナの加入は大きな衝撃をもたらしたが……それがいい形でのショック療法として効いてくれたようだ。


「まあ、とりあえずさ。次に似たようなことがあってもフィーを守れるくらい強くなっとけば問題ないだろ! そのためにも特訓、特訓!」


「実に脳筋な考え方だな。馬鹿なお前らしいことだ」


「そう言うなって。お前やメルトのことも頼りにするつもりだし、一人で何もかもを背負うつもりはねえよ!」


「ふっ……調子のいい奴だな、お前は」


 セツナという劇薬のお陰で、俯きがちだったユーゴも前を向くことができたようだ。

 その点について彼女に感謝しつつ、割と真面目にメルトにとっては強大なライバルが出現したのではないかと考えたマルコスは、ふとそこで気になったことを呟く。


「ん? そういえば、女どもはどこに行ったんだ?」


「え? お前、聞いてなかったの? なんかアンが裸の付き合いがしたいから女子寮の風呂に行くって言ってたぞ」


「どういう流れだ、それは!?」


 思わずツッコミを入れてしまうくらいには意味不明な流れに困惑したマルコスが大声で叫ぶ。

 今頃、あの面子は何をしているのだろうかと、そんなふうに彼が心配する中、メルトたちが何をしているかというと……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る