答えはわかりきっている

 誰も、何も言うことができなかった。

 セツナの言葉に、意見に、異論をはさむ余地がなかったからだ。


 ユーゴの反応を見るに、彼は彼女が言ったような苦悩を抱えていたのだろう。

 彼の傍に居た自分たちよりもずっとユーゴの考えを理解しているセツナにメルトたちが嫉妬にも近しい感情を抱く中、彼女が言う。


「今、私の申し出を受けることで、あなたは最大級のメリットを得ることができる。愛なんてものは、付き合っていく間に育んでいけばいいものよ。私の目的のため、あなた自身や周囲の人たちのために……私の申し出を受けてくれないかしら、ユーゴ?」


 セツナの言う通り、ここでユーゴが首を縦に振れば、彼は『ヤマトの名門貴族の娘婿候補』という立場を得ることができる。

 『学園一のクズ』から一気に出世し、周囲からの言われなき悪意を封殺できるようになるはずだ。


 セツナの申し出を了承する……ただそれだけで、ユーゴは多くのものを得る上に、悩みから解放される。

 普通に考えれば、断る理由なんてないはずだが……小さく息を吐いたユーゴは、緩く笑みを浮かべながら首を左右に振ってみせた。


「悪い、俺のことをそこまで評価してもらえるのは嬉しいんだけどさ。やっぱその申し出は受けらんねえわ」


 あっけらかんとそう言ってのけたユーゴへと、セツナが静かな視線を向ける。

 じっと彼の顔を見つめる彼女は、当然の質問を投げかけた。


「……理由を聞かせてくれる? こんないい話を断ったあなたの考えを聞きたいの」


「ん~……質問に質問で返して申し訳ねえんだけど、セツナはここで首を縦に振るような男を将来の夫にしたいと思うか? 棚ぼたみたいに転がってきた誰かの権力に簡単に頼るような男のことを一生愛することができるのか?」


「……!!」


 ぴくっ、とユーゴからあべこべに投げかけられた質問を聞いたセツナが体を震わせる。

 驚いたように目を見開いた彼女は、少しだけ難しい表情を浮かべているユーゴの前で噴き出すと、声を上げて笑い始めた。


「あははははははっ! あ~っはっはっはっはっは!!」


「せ、セツナちゃん……?」


「だ、大丈夫? あの子、ユーゴにフラれて壊れちゃったんじゃない……?」


 クールな雰囲気から一変、狂ったように笑い始めたセツナの姿に、ライハもメルトたちも驚きを通り越して心配の感情を抱いているようだ。

 そうやって大笑いし続けたセツナは、目元に浮かんだ涙を拭うと改めてユーゴへと向き直り、口を開く。


「そうね、その通り。正直な話、断られるだろうとは思ってたし……断られて安心した。ユーゴ・クレイ、やっぱりあなたは面白い。昆虫館で私の誘いを断った時もそうだけど、あなたは簡単に権力に靡かない人間みたいね。だからこそ、英雄候補たちもあなたのことが目障りに思えるんでしょう」


「期待に応えられたみたいで嬉しいな。まあ、恋人じゃなくてダチとしてやっていこうぜ! これからよろしくな、セツナ!」


「ええ、友達から始めましょうか。こちらこそよろしくね、ユーゴ」


 まずは、の部分に力を込めながら、差し出されたユーゴの手を取るセツナ。

 彼女と握手を交わしたユーゴは、その顔を見つめ返しながら言う。


「ああ、そうだ。一個、ダチとして頼みたいことがある」


「あら、何かしら? 友達として聞ける範囲での頼みだったら善処するけど?」


 ユーゴからの申し出が、自分が彼の仲間になるための条件のようなものだと判断したセツナが軽く身構えながら応える。

 それに対して、ユーゴはとても簡単な……されど、とても大事な頼みを口にした。


「……仲間に対しても、そうじゃないにしても、あんまし誰かを傷付けるようなことはしないでくれ。セツナが嫌いな無駄なことかもしんねえけど……俺は、俺の友達が誰かを傷付けてる姿は見たくない」


「……お優しいことね。砂糖菓子みたいに甘いわ。でも……わかった。気を付ける」


「サンキュー! 助かるぜ!」


 その頼みが、先ほど自分が発したクレアへの暴言交じりの言葉を制する意味を持っていることくらい、セツナにも理解できる。

 元婚約者のことを気遣ったのか、あるいは本当に単純にそういったことを好まないから釘を刺しているのかはわからないが……その程度のことならばお安い御用だと承知したセツナは、ユーゴとの握手を終えると彼へと言った。


「わかってると思うけど、私はあなたを諦めるつもりはないから。婚約者になってから愛を育むというのがお気に召さないというのなら、あなたに私のことを好きになってもらって恋仲になるだけよ。っていうか、そっちの方が普通でわかりやすくていいわね」


「ああ……うん。ま、まあ、なんて反応したらいいのかわかんねえけど、わかった!」


 もう告白されている上にその申し出を断ってしまったユーゴからすると、セツナへの対応をどうすればいいのかがわからないところではあるが……まずは友人からという彼女の発言に則って、友達として振る舞うことにした。


 こうして、大いなる混乱と騒動を持ち込んできた戦巫女との話し合いは終わりを迎えたわけだが……その余波が大きな波紋を生んだことは間違いない。

 この話し合いの場面に立ち会っていた仲間たちも色々と思うところがあったようで、その後に様々な反応を見せていた。

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