なぜ、彼女は彼の求めるものを与えられるのか?
「……!!」
セツナの答えを聞いたユーゴが、僅かに目を見開いた。
自分が言いたいことを理解したであろう彼の頭の回転の速さに満足気な笑みを浮かべるセツナであったが、そんな彼女へとクレアが質問を投げかける。
「あ、あの、ユーゴ様に学園での立場を与えられるとは、どういうことでしょうか? 私にはなにがなんだかさっぱりで……」
「はぁ……質問に質問で返して悪いけれど、どうしてあなたの疑問に私が答えてあげなくちゃならないのかしら?」
「えっ……?」
辛辣なセツナの返答に、目を丸くして驚くクレア。
そんな彼女へと二度目のため息を吐いたセツナが、目を合わせないまま話を続ける。
「私、無駄なことが嫌いなの。さっきメルト・エペに私の思惑を説明したのは、彼女の実力や功績を考えて、私の恋敵になるに十分過ぎるほどの資格があると思ったから。でも……クレア・ルージュ、あなたは違う。ユーゴの一味でもないあなたの疑問に、どうして私が答えてあげなくちゃならないのかしら?」
「せ、セツナちゃん、言い過ぎだよ。そんな言い方しなくたって……!」
「……いえ、コガラシ様の言う通りです。元より、これはユーゴ様とコガラシ様の話し合い……私が口を挟むこと自体がおかしいことでした」
淡々とそう語るセツナをライハが制止するが、クレアは自分をフォローする彼女をまた制止した。
そうやって、クレアが沈んだ表情で頭を下げる中、そんな光景を見ていられなかったメルトが口を開く。
「ねえ、どういう意味? 恋敵として、私の質問には答えてくれるんでしょう? だったら、説明してよ。ユーゴに立場を与えられるって、どういう意味なの?」
「……ふぅ。まあ、しょうがないわね。これから友達でありライバルとなるあなたにそう言われたら、説明せざるを得ないわ。優しい彼女に感謝しなさいね、クレア・ルージュ」
「………」
そこでようやくクレアの方を見たセツナが、少しだけ嫌味を含めた声色で彼女へとそう言う。
そのままユーゴのベッドに腰かけたセツナは、この場にいる全員を見回しながら話をし始めた。
「学園一のクズ、それがこの学園における多くの人間からのユーゴの評価ということはあなたたちもわかっているわよね? 多くの人たちに迷惑をかけたクズだからこそ、ユーゴは今も叩かれ、忌み嫌われている……でも、これっておかしいと思わない?」
「そりゃあおかしいよ! ユーゴはクズなんかじゃないもん!」
「そう、そうなのよ。私が見た限り、ユーゴはコミュニケーション能力も高く、周囲に害を成すような行動も取っていない。留学生であるリュウガ・レンジョウとも短期間で良い関係を築いているし、弟にも愛情を持って接している。その上、事件解決に貢献したという実績も多くあるというのに……クズ呼ばわりされて、叩かれている。何故かしら?」
「それは……今までの悪行が原因でみんなを怒らせたからじゃないの?」
「普通はそう考えるわよね。じゃあ、ここで一つ質問してみましょう。マルコス・ボルグ……あなたが記憶上、かつてのユーゴと今のユーゴ、どちらの方が生徒たちから叩かれてる?」
「……今だ。間違いなく、今のユーゴの方が大勢の生徒たちから罵声を浴びせられている」
この場において、記憶喪失前のユーゴを取り巻いていた環境を知る唯一の人物であるマルコスがセツナの質問に答える。
彼の答えを聞いて満足気に鼻を鳴らしたセツナは、薄く笑みを浮かべながらこう続けた。
「さあ、これはどういうことかしら? 今のユーゴは更生済みとでもいうべき善良な性格をして、振る舞いもかつてとは比較にならないというのに……悪行を成していた昔より、今の方が叩かれている。以前より性格は良くなり、強さも増した。それなのに、どうしてユーゴは多くの人々からクズ呼ばわりされ、忌み嫌われているのか……? その答えはね――」
そう言いながら浮かべていた笑みを引っ込めたセツナが、真っ直ぐにユーゴを見つめる。
彼の顔を、目を、真剣な眼差しで見つめながら、彼女は先の問いの答えを述べた。
「――ユーゴが、名門貴族の嫡男という立場を失ってしまったからよ」
そこで、勘のいい面々はセツナが言いたいことを理解したようだ。
彼女の後を継ぐようにして、マルコスとアンヘルが口を開く。
「以前のユーゴは、クレイ家の嫡男という強い立場があった。実力に加えてその立場があるからこそ、誰もユーゴに逆らうことはできなかったが……ゼノンとの決闘に敗れ、勘当された上に強さの象徴とでもいうべき宝剣を失ったことで、その立場も失ってしまった……」
「後ろ盾を失ったユーゴ相手なら、気兼ねなく好き勝手言える。これまで積み重ねてきた悪行も相まって、家を追い出された学園一のクズという立場になっちまったから、ユーゴはボロクソ言われてるってわけか」
「そう。それに加えて――」
「エゴスたち英雄候補って呼ばれてる生徒たちがユーゴたちを嫌ってるから、ユーゴを叩いてもいいって風潮が加速してる。これも、将来有望な英雄候補ってう立場のある人間にみんなが従ってるからそうなってるってことでしょ?」
「完璧な回答をありがとう。流石はユーゴの仲間たちね」
ぱちぱちと拍手をしながら、賞賛の言葉を口にするセツナ。
そうした後で立ち上がった彼女は、こう話を続ける。
「記憶喪失から今日までの間、ユーゴが数多くの善行を積んできたことは調べさせてもらったわ。でも、それでユーゴを見直したのはごく一部の生徒のみ……過去の悪行の影響と、英雄候補たちに扇動された生徒たちからの偏見の眼差しを払拭するのは容易じゃないってことね。あなたは自分に向けられる憎悪を受け止めることも贖罪だと考え、甘んじて受け入れていたけど……フィーくんが怪我をしたことでそのことに悩み始めた、違う?」
「ははっ、何もかもお見通しか。すげえな……」
セツナが部屋を訪れる前、考えていたことを見抜かれたユーゴが自嘲気味に笑う。
ユーゴ・クレイとして生きることを決めた以上、過去の罪も向けられる憎悪も受け入れる覚悟はあったが……一週間前の事件は、そんな彼にとっても相当にショックな事件だった。
「自分のせいで大切な弟が重傷を負った。多くの人たちからクズ呼ばわりされる以上、もしかしたら今後も似たようなことが起きるかもしれない。そうなった時、次に被害に遭うのは弟だけじゃなく、友人も狙われるかもしれない。被害も怪我程度じゃあ済まないかもしれない。それも全部自分のせい。だからこそ、自分は一刻も早くクズと呼ばれる現状をどうにかしなくちゃならない。じゃないと、自分の大切な人が傷付くことになるから……そう考えているんでしょう?」
「……参ったな、大正解だ。俺ってそんなにわかりやすいか?」
「ええ。あなたは良くも悪くも真っ直ぐで、優しい人間だからね。そんなあなただからこそ、私は興味を持った。そして、夫にするに相応しい人間だと思ってる。こういうのは卑怯だと思うし、正攻法じゃあないとはわかってるけど……私はあなたを落とすために、自分が持つ立場を存分に使わせてもらうわ」
ユーゴの下に歩み寄ったセツナが、そっと彼の手を取る。
両手でユーゴの手を包むように彼の手を握り締めたセツナは、真っ直ぐにユーゴを見つめながらこう言った。
「私の婚約者になりなさい、ユーゴ。そうすれば、ヤマトの名家であるコガラシ家の名前が、その跡取り娘の婿候補としての立場が、あなたとあなたの大切な人たちを守ってくれるわ」
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