カブトムシは言っていた

「音が聞こえるのは……こっちか!」


 少し時間を巻き戻して、リュウガがリエルとの戦闘に入ろうとしていた頃、ユーゴもまた弟を探して昆虫館内を疾走していた。

 その最中、激しい戦闘音と助けを求める子供たちの声を聞きつけた彼は、その音の方向へと駆け出していく。


 もしかしたらそこにフィーがいるかもしれないと、そうでなくとも危機に瀕している人々を見捨てるわけにはいかないと走り続けたユーゴは、黒いカブトムシのような魔鎧獣と戦うウノの姿を目にして、はっと息を飲んだ


「ふふふ……! あなたがなかなかの実力を持っていたことは認めましょう。しかし、残念だ。こちらは身軽なのに対し、あなたはあまりにも重く大きな荷物を背負っている。それさえなければ、もう少しいい勝負ができたかもしれませんね……!!」


「くっ……!!」


 魔鎧獣の言葉に顔を歪ませるウノの脚からは、赤黒い血がだくだくと噴き出していた。

 彼の近くにいる泣きじゃくる子供たちの姿を目にしたユーゴは、ウノは彼らを庇って負傷したことを理解し、拳を握り締める。


 護衛役の生徒たちがいるとはいえ、それ以上の数がいる初等部の生徒たちを守りながらの戦闘は相当に苦しかったに違いない。

 それでも、周囲を取り囲む半人半虫の魔物たちの数がかなり減っていることからウノが奮闘したことを見て取ったユーゴは、じりじりと包囲の輪を縮めて子供たちに迫っていく魔物へと恐れず挑みかかっていった。


「させねえぞ、てめえらっ!」


「ヴヴッ!?」


 数歩の助走の後、跳躍。

 魔力を込めて身体能力を強化するという方法を学んだユーゴが、その勢いのままに魔物を蹴り飛ばす。


 そのまま標的を子供たちから自分へと変えた魔物たちをブラスタを展開することなく殴り倒した彼は、ウノを庇うようにして魔鎧獣の正面に立った。


「先生、大丈夫ですか!?」


「クレイか! 助かった! 下がっていろ、こいつは私が相手をする。お前は子供たちを連れて、安全な場所に――」


「その脚じゃ無理っすよ! あいつの相手は俺がします! 先生は、みんなのことを守ってあげてください!!」


 自分たちを助けに来てくれたユーゴへと感謝しつつ、再び立ち上がろうとするウノ。

 しかし、少し力を込めただけで脚の傷口から血を噴き出させる彼の姿を見たユーゴは、それを制止すると共に魔鎧獣を睨む。


 教師として、危険な戦闘を生徒に任せるわけにはいかないとそれでも前に出ようとしたウノであったが、自分を信じてくれというユーゴの横顔を見て、自身の不甲斐なさに苦悶の表情を浮かべながらも足の治療と子供たちの護衛に回ることにした。


「おお、素晴らしい……! 魔道具も使わずに進化した私の手下たちを倒すとは、君はやはり見どころがある……!!」


「その声……まさか、さっきの昆虫マニアの……!?」


「ご名答。どれ、君になじみのある姿に戻ってあげよう」


 そう言いながら変身を解除したカブトムシの魔鎧獣……トリルが、ユーゴへと意味深な笑みを見せる。

 つい先ほど顔見知りになった彼がこの事件の犯人であるという事実に衝撃を受けたユーゴへと、トリルはこんな質問を投げかけてきた。


「君には見どころがある。今見せてくれた実力もそうだが、臆せずにたった一人で私に立ち向かおうとするその胆力もなかなかのものだ。なあ、どうだ? 君もこちら側に来ないか? 君にはきっと、人を超えた上位種になるだけの素質がある!」


 どうやらトリルはユーゴを気に入ったようだ。自分たちと同じ魔鎧獣にならないかと、勧誘をかけてくる。

 ユーゴはそんな彼の問いに答えることはせず、逆にこう問いかけてみせた。


「……どうしてこんな真似をしたんだ? あんた、さっき話した感じじゃ、変な人ではあったがこんな大それたことをするような人間じゃなかった。それなのに、どうして――?」


「ふ、ふふ……! 確かに君の言う通りだ。私はこんな大それた真似をするような人間じゃあなかった。しかし……私は人間を超え、上位種への進化を果たしたのだよ!」


 虫について明るく楽しく語るトリルは変人ではあったが、悪人という感じはしなかった。

 それが、その彼が、多くの人々を傷付けるような事件を起こしてしまった理由を問いかけたユーゴへと、高笑いの後で自嘲気味な笑みを浮かべたトリルが答える。


「昔の話だ。私たち兄妹は学者だった。生物の進化について研究し続けた私たちは一つの論文を完成させ、それを発表したが……頭の固い低俗な老害たちは、私たちの画期的な新学術を認めようとはしなかった! 立場を活かし、私たちを追い詰め、あいつらは変人だと言いふらして……信用と立場を失い、学界から追放された私たちは固く誓ったのだよ、絶対に自分たちの正しさを証明してみせる。そして、強者としてあの老害たちを駆逐してやるとね!」


 自らの過去を語りながら強く拳を握り締めたトリルが、わなわなとそれを震わせる。

 かつて味わった苦しみと屈辱を思い返した彼は、不意に狂気じみた笑みを浮かべるとユーゴへと言った。


「そして私たちは人間を超えた! かつての屈辱を糧に、進化を果たしたのだ! 私たちは間違っていなかった! これで、あの老害どもに自らの愚かさと罪を教えられる!!」


「……質問の答えになってねえよ。あんたらの目的が復讐だとしたら、子供たちやこの昆虫館に来ていた人たちを襲う理由にはならねえだろ。あんたらが自分たちを学界から追放した連中を襲ったっていうのなら、許容はできなくとも理解はできる。だが、あんたたちは何の罪もない子供たちを襲った。どうしてだ?」


「簡単な話だ。子供たちが持つ成長ホルモンを摂取すれば、私たちは更なる進化を果たせるかもしれない。そのために、大勢の子供たちの命が必要というわけさ。弱者は強者の糧となり、蹂躙されるのみ……あの老害たちから学んだ、数少ない教訓だ。かつて弱者だった私たちはそうされたんだ、強者の立場に回った私たちが同じことをして、何が悪い?」


「……そうかい。それが、あんたの答えかよ」


 トリルの答えを聞いたユーゴが、瞳に炎を燃やしながら唸る。

 真っ直ぐに人間であることを捨ててしまったトリルを睨みながら、彼は静かな怒りを滲ませた声で言った。


「俺は、光よりも早く進化するカブトムシを知ってる。その人が言ってた。子供は宝物。この世で最も罪深いのは、その宝物を傷付ける奴だ……ってな。俺も同意見だ。あんたは超えちゃならない一線を超えた! 力ってのは、何かを守るために使うもんだろ!? 進化しただとか人間を超えたとか言ってるが、その力でまず最初にやることが弱い者いじめだって時点で、あんたが何も成長してないことがわかるんだよ!」


「言うじゃないか。私の誘いを断る、ってことでいいんだね? 実に残念だよ。きっと、君もすぐに後悔することになる」


「……しねえよ、後悔なんて。絶対にな」


 強く左拳を握り締めたユーゴが、そこに魔力を込めながら腰の位置に腕を置く。

 緩く開いた右手を顔の前に出しながら、彼は自分を見つめるトリルへとこう言い放った。


「……もう一人、俺はカブトムシを知ってる。その人はどんな困難にも苦しみにも負けず、自分を犠牲にしてでも最後まで戦い抜いた、あんたなんか比べものにならないくらいに強いヒーローだ。その人が言ってたよ。俺は、人を愛しているから戦っているんだ、ってな……! あんたが憎しみの力を以て人を傷つけるというのなら、俺は自分の力を人間を守るために使う! 戦えない全ての人たちに代わって……俺があんたを止めてみせる!」


「面白い、やってみるといいさ! すぐに無謀な考えだと理解するだろうけどね!」


 そう叫んだトリルが再び魔鎧獣へと姿を変える。

 黒々とした甲冑を纏う、雄々しい角を生やした彼の姿を見つめながら、自分自身の切り札を相手に公開するように右手を返したユーゴは、左腕の腕輪から飛び出した光へと駆け出しながら叫んだ。


「変身っ!!」


――――――――――――――――――

明日も二話投稿!時間は十時と十八時です!

サブタイトルを予想して楽しんでくださいね!

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