小さなヒーロー
びくっ、とその声に反応した二人は、自分たちを見つめる細身の鎧のような黄金の外殻を纏った魔鎧獣の姿を目にして息を飲んだ。
クワガタの角を思わせる片刃の曲刀を握っている魔鎧獣は、楽しそうに笑いながらゆっくりとこちらへと近付いてくる。
「まだ子供だっていうのに、二人でデートかしら? 幸せそうね、妬ましいわね、殺したくなっちゃうわねぇ……!」
「れ、レンジョウさん、こっちだ! こっちに逃げよう!」
どう考えても自分たちを助けに来たとは思えない魔鎧獣……リエルを前にしたフィーは、ユイの手を取ると彼女を連れて廊下の奥へと走り始めた。
この廊下に魔物が押し寄せてきた際の逃亡先として考えてあったスタッフ専用通路……地図はなく、どういう道になっているかわからなかったためにあくまで最終手段として残しておいたそこを使う時がきたと判断した彼は、リエルから逃れるべく、その入り口を目指そうとしたのだが……。
「どこに行くの? 追いかけっこでもするつもりかしら?」
「うわっ……!?」
気が付いた時にはもう、スタッフ専用通路の入り口にリエルの姿があった。
一瞬の間にそこまで移動した彼女の素早さに驚愕するフィーであったが、そのリエルが手にしている刀を振り上げる様を目にして、咄嗟にユイへと叫ぶ。
「レンジョウさん、危ないっ!!」
「きゃあっ!?」
何か嫌な予感を覚えたフィーは、体を反転させながらユイを庇うようにその前に立つ。
同時に、リエルが振り下ろした刀から発せられた真空の刃が彼の背中に直撃し、薄い魔力障壁を切り裂いてみせた。
「うあああっ!!」
「フィー!? フィーっ!!」
背中を切り裂かれたフィーが悲鳴を上げながらその場に倒れ込む。
そんな彼の動きを感じ取ったユイには見えていないが、斬撃を受けたフィーの背中からは血がだくだくと噴き出していた。
「しっかりして、フィー! あああ、どうすれば……!?」
「可哀想にねぇ。目が見えないあなたを庇ったばっかりに傷付いちゃって……本当に可哀想だわ」
負傷したフィーを前に焦るユイを煽るように、一切感情の乗っていない同情の言葉を投げかけるリエル。
そうしながらゆっくりと二人へと近付いた彼女は、心の中で舌なめずりをすると共にユイへと言う。
「男の子の方はとっても美味しそうね。でも、あなたは好みじゃないの。この刀の切れ味を試す実験台になってもらいましょうか」
しゅらん……という鋭い音を鳴らしながら双剣を輝かせるリエルの姿と言葉に、恐れを抱いたユイが後退る。
そんな彼女の反応に満足気な笑みを浮かべながら距離を詰めようとしたリエルであったが、その前に小さな影が立ち塞がった。
「待、て……! レンジョウさんに、手を、出すな……!!」
「フィー……!?」
背中の傷の痛みに耐えながら、恐怖に抗いながら、両腕を広げて怪物の前に立ち塞がり、ユイを守ろうとするフィー。
そんな彼の姿を視たユイは、首を大きく振りながら叫ぶ。
「もうやめて! 私のために無理しないで! 本当に殺されてしまうわ!」
「約束、したじゃないか……絶対に、守ってみせるって……! ヒーローは諦めない、守りたい誰かがいる時は特に……兄さんから教わった、ヒーローの条件だ。僕は弱いけど、最後まで、諦めないぞ……!」
息も絶え絶えになりながら、痛みに顔を歪めながら、それでも立ち続けるフィーが呻き混じりの声で言う。
しかし、それほどまでに弱った状態ながらも、彼の全身から噴き上がる力強い魂の輝きを感じたユイが息を飲む中、リエルは苛立ちを滲ませた声を漏らした。
「……腹立たしいわね。子供のくせにイチャついてるのも、幸せそうなのもムカつくけど……上位種である私たちを前にして、恐怖に怯え、竦まないその姿が何よりも腹立たしいわ。だからズタズタにしてあげましょう。心が折れるまで、あなたのやせ我慢が限界を迎えるまで、殺さないように斬り刻んであげる」
先ほど、自分たちが心をへし折ったネリエスとは真逆……泣きながら、失禁までしながら、恐怖に屈した彼女とは違い、自分に立ち向かおうとしてくるフィーの反応を目にしたリエルは、進化した存在としてのプライドを傷つけられたことに腹を立てているようだ。
そのプライドを回復するために、フィーの心をへし折ってやると告げる彼女であったが、彼はその言葉に怯えるどころか、不敵な笑みを浮かべながらこう返す。
「なんだ、じゃあ……僕が諦めない限り、お前からレンジョウさんを守り続けられるってことじゃないか。諦めない理由が増えたよ。本当に、ありがとう……!」
「この、ガキ……っ!! どこまで私をコケにするつもり!?」
兄ならばきっとこう返すであろうという言葉が、自然とフィーの口から出てきた。
彼の心を折るはずの脅し文句が、自分への挑発の材料にされたことに苛立ちを覚えるリエルの殺気が急激に高まり、爆発する。
「ダメよ、ダメ……フィーが、フィーが死んじゃう……! そんなの、そんなのダメ……っ! もう、誰にも死んでほしくない。お父様みたいなことになってほしくない……!!」
しかし、力の差は明らかだ。そもそもフィーとリエルとでは、戦いにすらならないだろう。
このままではフィーが死ぬ。殺されてしまう。かつて狂龍が放った雷に貫かれ、灰と化した父の姿を脳裏にフラッシュバックさせたユイが、涙を浮かべながら拳を握り締める。
「低俗な人間、それも何の力もないガキが、上位種に進化した私を舐めるだなんて許せないわ。兄さんだってそう言うはず。だから決めた。あなたは殺す、見るも無残な方法で殺してあげる」
怒りを滾らせたリエルが、双剣を頭上へと振り上げる。
その光景を視たユイは、大切な人を失う恐怖に震えながら、大声で叫んだ。
「助けて、お兄様っ!!」
――強い風が吹いた。強く、激しく、鋭い風だ。
その風はユイの横を通り過ぎ、今にもフィーへと双剣を振り下ろそうとしていたリエルにぶち当たると、彼女の体を大きく後方へと吹き飛ばしてみせる。
「ぐびえっ!?」
「あっ……!?」
響いた悲鳴がフィーのものではなく、リエルのそれだと気付いたユイが顔を上げれば……その目に、強い魂の輝きが映った。
今、誰よりも駆け付けてほしかったその人物の登場に安堵する彼女の前で、彼は最後まで強敵に立ち向かい続けたフィーへと最大級の賛辞を贈る。
「フィー……君は本当に強いな。君がユイと一緒にいてくれてよかった。あとは、僕に任せてくれ」
「リュウガ、さん……」
優しく自分を見つめながら賞賛の言葉を送ってくれたリュウガの姿を目にしたフィーが、安堵のため息を吐くと共に崩れ落ちる。
リュウガが気が抜けてしまったフィーの体を支え、大慌てで駆け寄ってきた妹に彼を預ける中、立ち上がったリエルが更に苛立ちを募らせながら吐き捨てるように言った。
「なに、あなたも私の邪魔をするつもり? 上位種たる私の機嫌を損ねて、タダで済むと思っているの? 死ぬ覚悟はできているんでしょうね?」
殺気を爆発させながらの脅し文句に、リュウガは一切の反応を見せない。
襲い掛かるそれを受け流し、背後の二人を守りながら立ち上がった彼は、愛刀【龍王牙】を煌めかせながら、フィーに向けていた優しい笑みを引っ込めると、討ち果たす敵として定めた魔鎧獣へと言う。
「僕に……質問するな」
「ああああああ……っ! 本当に腹立たしい、腹立たしいわ! まずはお前から斬り刻んであげる!!」
恐れも、気後れも、一切感じていないリュウガの態度に怒りを限界以上に募らせたリエルが吼える。
それにすら一切の反応を見せないまま、リュウガは普段の温厚さを消し去った冷酷な剣士として、魔鎧獣に対処していった。
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明日2話投稿します。
理由は更新されたお話のタイトルを見ればわかるはず!
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