ヒーローの条件・その七

「ダメだ、魔物の数が多過ぎる。ここに隠れて、助けが来るのを待つしかないや……」


 物陰に隠れながら館内の様子を窺っていたフィーは、段々と数が増えているようにしか見えない魔物たちの姿を確認すると共に傍にいるユイへと状況を伝えた。

 そこかしこに倒れている人々の姿が彼女の目に見えていないことを祈りながら、フィーはこうなるまでの状況を振り返っていく。


 ユイと共にトイレに向かい、用を足し終えた彼女と共に自分たちのグループと合流すべく元の位置へと戻っていった彼であったが、どうしてだかそこにウノたちの姿はなく、取り残されてしまった。

 どこに移動したのかもわからない状況で途方に暮れていた時に魔物たちが襲撃してきて……咄嗟にユイを連れて、少し前までいたトイレのある廊下に身を潜めることにした、というのが今の状況だ。


 既に自分たちがいる区画は魔物たちに制圧されてしまったのか、動く人間の姿は自分たち以外には見受けられない。

 ただ、虫の魔物であるお陰か知能は低いようで、隠れている自分たちが見つかっていないことは幸運だと思いながらも、フィーは言いようのない不安を感じていた。


(あの魔物たち、途中で姿が変わった。虫から半分人間みたいな形状に変わったあれはなんなんだ……?)


 フィーもまた、目の当たりにした魔物たちの変化に戸惑っているようだ。

 凶悪さが増したその変化が、ただ見た目が変わっただけとは思えない。戦闘能力も上がっていることが予想される。


 もしもあの数の魔物たちに見つかってしまったら……と嫌な未来を想像してしまったフィーがぶんぶんと頭を振ってそのイメージを弾き飛ばす中、ユイが小さな声で謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい、フィー。私のせいで、あなたまでこんな事態に巻き込んでしまって……」


「レンジョウさんが謝る必要なんてないよ。僕がきちんと話を通せてなかったせいで、置いてきぼりを食らっちゃったみたいだし……」


「そんなことはないわ。あなたはしっかり話をしてたじゃない。きっと、あっちの伝達ミスがあったのよ。フィーの方こそ、気にする必要なんてないわ」


 お互いに謝りながら、励まし合いながら、助けを待ち続ける二人。

 暫しの無言が続いた後、フィーがぽつりとユイに呟く。


「……僕が兄さんみたいに強かったら、あの魔物たちをやっつけて、レンジョウさんのことをここから連れ出せたのにな……自分の弱い体が恨めしいよ」


 ユーゴだったら、きっとユイを守るためにここにいる魔物たちと戦って、全滅させてみせるのだろう。

 そうやって自分たちの道を切り開く兄の姿を想像したフィーは、それとは対照的な弱い自分に情けなさを感じながら俯く。


 しかし、ユイはそんな彼の言葉を聞くと、自分こそ申し訳ないとばかりにこんなことを言ってきた。


「そんなことを言ったら、私だって目が見えればあなたに負担を掛けずに済んだわ。もしかしたら、最初の段階で一緒にこの館から逃げ出せたかもしれないし……」


「あっ……」


 自分のマイナスな発言をきっかけに、ユイを凹ませてしまったことに気付いたフィーが小さく声を漏らす。

 やっぱり自分はダメだなとため息を吐きかけたフィーであったが……そんな時、兄の言葉を思い出してその口を閉ざした。


『いいか、フィー。つらい時や大変な時、つい弱音を吐きたくなる気持ちはわかる。でも、自分の周りに誰かがいる時は、その弱音を飲みこんで強がってみせろ。ピンチの時こそ笑え……ヒーローの条件・その七だ。これを忘れるなよ』


 過酷な状況の中、弱音を吐きたくなる気持ちに理解を示しながらも、それをしても周囲の人間の心細さを募らせるだけだ。

 不安に押し潰されそうになっている人々を安心させるためにも、無理してでも笑って強がれ……兄の言葉と教訓の意味をユイの反応から理解したフィーは、自分自身を奮い立たせると共に笑顔を浮かべ、彼女へと言う。


「大丈夫だよ、レンジョウさん! 救助は必ず来る! それまでは心細いかもしれないけど、僕が君のことを守るから! 安心して、って言えるほど強くはないけどさ……絶対に、君のことを守ってみせるよ!」


「フィー……」


 ユイの目には、フィーの魂が見えている。

 じっと彼を見つめれば、恐れと不安、そういった負の感情が心の中に渦巻いていることがわかるのだ。


 しかし……彼の魂はその恐怖を押し殺すほどに強い勇気の感情にあふれていた。

 自分の中の恐れを乗り越える心の強さを見て取ったユイは、僅かに笑みをこぼすと彼へと言う。


「……あなたが一緒で良かった。とっても心強いわ。ありがとう、フィー」


「そ、そうかな? 少しでもレンジョウさんを勇気付けられたのなら、良かったよ」


 真っ直ぐな褒め言葉を投げかけられたフィーが恥ずかしそうにはにかむ。

 絶望的な空気の中でも希望を忘れない二人の間に、ほんの少しだけ温かな空気が流れた、その時だった。


「あらあらあら、かわいらしいカップルさんがいるわね。とてもとてもとても、腹立たしいわ」

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