side:シアン&エゴス(舐めプする男たちの話)

「うおおおっ! でやあっ!!」


 野太い雄叫びを上げながら、筋肉隆々とした男子生徒が拳を振るう。

 狙う相手は黒光りするカブトムシ型の魔鎧獣。この昆虫館を襲う、小型の魔物を生み出している犯人の片割れだ。


 鉄製のガントレットに覆われたその男子の拳は甲虫の外殻を凹ませるほどの威力を誇っており、綺麗に攻撃を受けた魔鎧獣が呻き声をあげながら吹き飛んでいく。


「ぬぐうっ! うっ、ぐぅぅ……っ!!」


「兄さん! 待ってて! 今、助けるわ!」


 兄の窮地を見て取った妹……黄金色のクワガタ型魔鎧獣が駆け出そうとするも、その体を横から強風が襲う。

 細身の体は突如として吹いた突風に巻き上げられ、地面へと叩きつけられてしまった。


「きゃああっ!?」


「よし、いいぞ! その調子で確実にダメージを与えていくんだ!」


 二体の魔鎧獣と戦いながら、仲間たちへと指示を出しながら……エゴスが立てた計画の通りに事を進めるため、慎重に状況を確認するシアン。

 ここでクワガタの魔鎧獣を逃がさなければならないということはわかっているが、この二体の魔鎧獣を悠々と追い詰められるだけの戦力を持つ自身のパーティの強さを見ていると、ついつい笑みが浮かんできそうになる。


(魔鎧獣が二体同時に出てきた時には驚いたが、パーティの強さを確認するいい機会になったな。やっぱり、俺のパーティは最高だ!)


 ゲーム知識を活かし、自分のお気に入りかつ戦力として有用なキャラを集めて構成したシアンのパーティは、予想外の事態にも十分対応できるだけの強さを持っている。

 ゼノンやイザークを反面教師として万全を期した甲斐があったと、そう思いながらシアンは仲間たちのを頭の中で再確認していった。


「どうだ、化物どもめ! 参ったか!?」


 最前列で気勢を上げる筋骨隆々とした男子の名前はヴェルダ。シアンのパーティのアタッカー兼壁役タンクを担うキャラだ。

 優れた体格から繰り出される拳の威力は抜群で、レベルを上げていけば属性攻撃も使用可能になるという頼れる前衛である。


「油断しないの、ヴェルダ! 相手の力は未知数なのよ!?」


 熱くなっているヴェルダを窘めた女子は、魔法アタッカーのピーウィーだ。

 シュッとした鋭い目付きが特徴の彼女は、その容姿に違わず気が強く、敵にもその苛烈さを以て強烈な攻撃を繰り出してくれる。


「強化魔法、いきます! 気を付けて戦ってくださいね!」


 そして、最後尾で仲間たちを強化する魔法を発動している小柄な少女がネリエス。

 かけている意味があるのかわからない小さな眼鏡がチャームポイントの彼女は、攻撃力は皆無だがバッファーとしてはかなり優秀な性能をしている。


 そこに加わったシアンが時にヴェルダと共に前衛を張り、時には襲われる後衛を助けるポジションを取ったりすることで戦局に対応するという戦法を取っているこのパーティは、確かになかなかバランスの取れたいいチームだと言えるだろう。

 更に、今はここに転生ボーナスを持つ主人公であるエゴスも加わっている。魔鎧獣が二体相手であろうと、これならば問題ない。


 計画のために手加減をしているが、逆に言えば手を抜いて戦えるだけの実力差があることを理解しているシアンは、心の中で満足気な笑みを浮かべながら得物である槍の柄を強く握り締めた。


(余裕も余裕、楽勝じゃねえか! これなら、計画も成功したも同然だな! こいつらにフィーを殺してもらって、ユーゴをシナリオから排除したら、俺の天下だ! 魔鎧獣をぶっ倒して事件を解決した功績で周りから一目置かれるだろうし、もしかしたらメルトたちも俺を見直すかもしれない! 戦巫女も俺の物! やりたい放題だぜ!!)


 と、欲に塗れた妄想を繰り広げながら、戦っている相手である二体の魔鎧獣を見やるシアン。

 出会った時は美しい光沢を放っていた外殻を傷だらけにしたその虫たちの姿にを見た彼は、思わずはんっと鼻を鳴らして笑ってしまった。 


(トリルとリエルの兄妹だっけか? 虫マニアだってことしか覚えてねえ、ほぼモブみたいな敵だったな)


 それぞれ、巨大なカブトムシとクワガタの魔物の力を得て魔鎧獣となったこの兄妹は、見た目もそうだが性能も綺麗に真逆となっていた。

 兄のトリルは堅牢な外殻と力強い一本角を活かしたパワーファイターであり、妹のリエルは素早い動きで敵を翻弄するスピードタイプの敵だ。


 この二人とは、ルートによってどちらか片方と戦うことになるわけだが……正直な話、シアンはどちらにもあまり苦戦した記憶がなかった。

 きっちりと育成を進めておけば十分に対処できる敵であり、難しいユイルートの方でも主人公が単独で戦うことになるから苦戦するわけであって、こうしてパーティで戦えれば問題なく倒せるレベルの相手だ。


 エゴスはこの後、逃がしたリエルを追って単独行動をする予定なのでパーティメンバーを連れてはいないが、それでも十分過ぎるくらいの余裕がある。

 主人公二人とゲーム知識を活かして集めた育成済みの強力な仲間たちにかかれば、この程度の相手なんて余裕だなと考えるシアンは、そんな慢心しきった思考を表に出さず、パーティに指示を出す。


「みんな! 相手はどんな能力を隠し持っているかわからない! 強力な攻撃を繰り出して、その隙を突かれることのないように、着実にダメージを与えていくんだ! 時間はどれだけかかっても構わないから、確実に倒し切ろう!」


 シアンのそんな指示に対して、大声で返事をする彼の仲間たちだが……少し考えれば、この命令がおかしいことに気付いただろう。

 相手を警戒し、隙を見せないようにしようという指示の狙いは理解できる。しかし、時間はどれだけかかっても構わないという言葉は確実におかしい。

 今、この昆虫館では多くの魔物たちが訪れていた人々を襲っている。その生みの親は目の前の魔鎧獣たちで、配下の魔物たちの暴走を止めるためにも、できるだけ早くこの魔鎧獣たちは倒すべきだ。


 しかし、シアンは今も魔物たちの脅威に晒されている人々の安全を無視した発言をしてみせた。

 これは当然、自分たちが望む展開にするために敢えて手加減をして、リエルを逃がそうとしているからなのだが……誰一人として、その違和感に気付かないようだ。


 六人のパーティは誰も決定打となる攻撃を放たないまま、ただただトリルとリエルを痛めつけるようにじわじわとダメージを与え続けていく。

 時折、わかりやすくエゴスがリエルに逃げるための隙を見せているが、彼女はそれに気付いていない様子で攻撃を食らい続けていた。


(クソッ、いい加減にしろよな。さっさとフィーを殺しに行ってもらわないと、こっちの計画が進まないんだよ……!)


 手加減し続けなければならない状況に苛立ちを覚えたシアンが、ちっと舌を鳴らす。

 もうそろそろ、二人の体力も尽きてしまうのではないだろうかと考え始めた彼が、いっそもう兄のトリルの方にはトドメを刺してしまおうかと考え始めた、その時だった。


「ふっふっふ……! あっはっはっはっは……!!」


「うふ、うふふ、うふふふふふふ……!」


「……なんだ? 何がおかしい?」


 ――トリルとリエルが、唐突に声を上げて笑い始めた。

 傷だらけで、ボロボロで、今にもその場に倒れ伏してしまいそうな二人が狂ったように笑う様を目の当たりにしたシアンがわずかに恐れの感情を抱く中、気性の荒いヴェルダが吐き捨てるようにして言う。


「どうやら、殴られ過ぎておかしくなっちまったみたいだな。シアンさん、そろそろ楽にしてやりましょうぜ」


「あ、ああ……そう、だな……」


「お、おいおい、ちょっと待ちなよ! 敵がこういう不可解な行動を見せ始めた時こそ、慎重になるべきで――」


 勝負を決めにかかろうとするヴェルダに対して、計画のために引き延ばしを強行したいエゴスがぐだぐだと何かを言う。

 しかし……その言葉の大半は、シアンの耳に入っていなかった。彼は視線の先にいるトリルとリエルから、目が離せないでいる。


 何かが変だ、そう思った。言いようのない不安が自分の本能に警鐘を鳴らしている。

 そこまで違和感を覚えておきながら動かなかったことが、シアンの不幸だったのだろう。

 ここで決断できなかったことが決定打となり、彼らは目的を達成するための舐めプ、そして子供の命を奪おうという悪辣な計画を立てた報いを、この後嫌というほど味わうことになる。


「ふははははは……! わかる、わかるぞ! 今、私の中で進化の鼓動が鳴り響いている! 絶対的危機というこの状況で、私の中にある可能性が目覚めようとしているんだ!!」


「私もよ、兄さん! 命の危機が、私たちに進化を促している! 来る! 来るわ! 更なる覚醒の瞬間が!!」


「なっ……!?」


 ゆらりと立ち上がったトリルとリエルが、歓喜の叫びを上げながら両腕を天に掲げる。

 その体が眩い輝きを放つ様を目にしたシアンたちが驚きに目を見開く中、トリルが増していく光の中で吼えた。


「進化の時だ! 私たちは今、更なる領域へと到達するっ!!」


 その咆哮に合わせて、光が弾ける。

 目を閉じても感じる眩いその輝きに顔を背けたシアンたちが再び兄妹の方を向けば……そこには、姿を大きく変えた魔鎧獣たちが立っていた。

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