side:黒幕(観戦と解説を行う者の話)

「おっ、始まった。さてさて、ここからどんな展開が私たちを待っているのかな!?」


 大人の顔面ほどの体躯と、それと同じくらいの長さをした角を持つ甲虫型の魔物が人々を襲い始める場面を目にしたロストが、期待をにじませた声で呟く。

 かつて彼が力を与えたラッシュが引き起こした事件を思い起こさせる騒動と混乱が徐々に昆虫館全域に広がっていく様には、共にこの状況を観戦するドロップも喜びを隠せないでいるようだ。


「キャハハハハッ! 始まったね、楽しい楽しいイベントが!! でもまあ、今回はあんまり関与してないし、見物する以外にやることもないか~!」


「いいじゃないの。この騒動に巻き込まれた人々がどう動くか、見ものだろう? それに、他にも期待してることはあるしね」


 まるでポップコーンを片手に映画でも見ているような気楽さで、次々と魔物に襲われ、倒れていく人々を見物する二人が話し合う。

 また一人、甲虫に張り付かれた人間が血を流しながら倒れ込む姿を見ながら、ドロップはロストへとこんな質問を投げかけた。


「そういえばさ~、なんか主人公(屑)の一人が変な真似してなかった? ユイとあんたの推しの弟がトイレに行った時、敢えて放置して消える……みたいなさ。あれ、何の意味があると思う?」


「ん? まあ、大方このイベントを利用して、フィーくんを排除しようとしてるんじゃないかな。イベントの発生タイミングとかルートとか考えると、それがしっくりくる」


「へぇ? 詳しく聞かせてもらえる?」


 特に深く英雄候補たちの考えを考察するつもりのないドロップが、全てを看破していそうなロストへと再び質問を投げかける。

 ロストはそう大したことではないと、掻い摘んでこのイベントのルート分岐とその後の展開について話をし始めた。


「このイベントね、留学生たちの好感度によって二つのルートに分岐するんだよ。一つが今、主人公たちが体験してるルートで、もう一つがフィーくんが入ったルートかな」


 曰く、このイベントは開始時にリュウガとユイの好感度が高い場合、通常とは別のルートに突入するという。

 二人の好感度が高いとプレイヤーはユイの世話役を任され、今、フィーがそうなっているように彼女とトイレに行ったタイミングで事件に遭遇することになる。


 このルートの場合、プレイヤーはパーティメンバーから離れ、単独で襲い来る魔物とボスの片割れを相手しなければならない。

 通常よりも遥かに難易度が高いルートではあるが、こちらをクリアすることでユイの好感度を一気に稼ぐことができるという利点があった。


「……で、エゴスはこの仕様を逆手に取って、フィーに魔鎧獣たちの相手をさせるつもりなんだろうさ。あそこで二人がトイレに行ったことがバレれば、本隊が彼らを待つことになる。そうなるとさっき言った展開にはならないから、その情報を握り潰すことで二人を集団から引き離したってわけ」


「それで強引にユイと二人きりになるルートを再現して、魔鎧獣にフィーを襲わせようってことね~。戦闘能力のない彼が魔物に勝てるはずがない。無残にもフィーは殺されて、お兄さんであるユーゴは意気消沈……ってところか。でもさ、その場合ってフィーだけじゃなくってユイが殺される可能性もあるんじゃない?」


プレイヤーが倒れるまで、ユイは死んでない。だから、先に殺されるのはフィーの方だって思ってるんだろうよ。まあ、確かに彼らの前に立ちはだかる魔鎧獣の好みは男の子だし、そっちが先に食べられそうではあるけどさ……何もかもがゲーム通りにいくと思ったら大間違いだよね。そもそもこれ、ゲームじゃないし」


「はは~ん、読めた! フィーが殺されて、次はユイが襲われる! って状況で颯爽と主人公の俺様が登場! 魔鎧獣をやっつけて、彼女の好感度をゲットだぜ! ってことか! ライバルを排除できる上にロリにしゅきしゅきだいしゅき~! ってしてもらえる展開になるし、いいことづくめって感じだね! ……クソゲスいけどさ」


「そういうこと! ……情報を握り潰したことに関しても、フィーが死んで、ユイの好感度が高い状況なら、どうにかごまかし切れるって考えてるんだと思うよ。つまり、彼らはフィーを見殺しにすることを前提としてこの計画を立て、動いている。本当に下種な奴らだよね」


「……あいつらのその計画、上手くいくと思う?」


 まさか、と肩をすくめてドロップの問いに答えたロストが、とある一点を指差す。

 そこには事件の犯人である魔鎧獣兄妹と対峙するシアンのパーティー+エゴスの姿があり、それを見ながらロストは話を続けた。


「もう既に、計画は狂い始めている。ここで二体の魔鎧獣と同時に遭遇することがまずおかしいんだ。あいつらの計画では、ここで対峙するのは魔鎧獣は兄の方だけのはず……妹の方はフィーとユイを襲いに別行動してるはずなのに、って思ってるだろうさ」


「ふ~ん、なるほど? それで、その違いがどう影響するわけ?」


「主人公たちからすれば、妹のリエルにはさっさと二人を襲いに行ってほしい。だけど、パーティメンバーと行動してる以上、彼らの前であからさまな態度は取れない。となると……二体の魔鎧獣を適度に痛めつけた後、隙を突かれて妹を逃がしちゃった、みたいな展開にしようとするはずだ。つまり、妹が逃げるまであいつらは魔鎧獣たちにトドメを刺せない。妹は逃がしちゃったけど、そいつを追う前に兄を片付けるぞ! って感じにしなくちゃ、逃がした妹もすぐに捕まっちゃうからね」


「なるほどね~! でもさ、そんな舐めプができるくらいには実力差があるわけでしょう? だったらその強さを活用して、主人公(笑)たちが計画を無事に完了させちゃうんじゃないの~?」


「君も性格が悪いなぁ、ドロップ……! その後の展開なんて、君だって想像できてるだろうに……!!」


 ニヤリと、わざとらしいドロップの発言にツッコミを入れたロストが笑みを浮かべる。

 性格が悪くなければ人々を不幸にする黒幕などやっていないというのは、野暮な回答なのだろう。

 質問をしたドロップの表情もまた、嫌いな相手の不幸を待つ期待と悪意に満ちたものになっていた。


「あの二人が言ってることさ、ドロップちゃんにはこれっぽっちもわかんないんだけど……一つだけ、共感できることがあるよ」


「へえ? なんだい、それ?」


「虫が持つ多様性と……進化の可能性は素晴らしい、って部分」


 そこまで答えた後、ドロップは喉を鳴らしてロストと共に暫し笑い続けた。

 多分、彼も自分と同じことを考えているだろうなという確信を抱きつつ、彼女はロストへと言う。


「生き物が進化する時ってさ、大体が種の存続の危機に瀕した時……要するに、追い詰められた場面で眠ってた力が目覚めることが多いらしいんだけど、ロストはどう思う?」


「さあねえ。私は学者じゃあないし、詳しいことはわからないよ。でも、強いて意見を言うなら――」


 ドロップからの問いかけに言葉を濁しながらそう反応したロストは、魔鎧獣と戦うシアンたちを見ながら、こう言った。


「――その答えを、もうすぐ実例として見ることになると思うよ」

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