動き出す策謀、事件、巻き込まれる子供たち
「なかなか移動しないわね。もう随分ここで止まってるけど、どうかしたのかしら?」
「そ、そうだね……でも、そろそろ動き出すと思うよ」
少し時を遡って、ユーゴたちがトリル、リエルの虫オタク兄妹に絡まれていた頃、フィーとユイが所属しているグループは昆虫館のとあるスペースで足止めを食らっていた。
上記の兄妹が不審者として通報された結果、その問題が解決するまで各グループはその場で待機すべしという連絡が回ったからだ。
かなりの数がいる初等部の生徒たちはこのスペースに展示されている虫たちやその説明を見終えてしまったため、かなり退屈している。
ユイも級友たちと同じ反応を見せているが、フィーに関しては落ち着かない感情をどうにか鎮めようと必死になっていた。
今朝、リュウガからユイの面倒を見る役を任された時はそこまで信用されていることが嬉しかったし、兄に褒められた時もとても誇らしく思い、その信頼に応えるためにも頑張ろうと思っていたが……こうして実際にやってみると、精神的な緊張がすごい。
理由の大半はユイがとびきりの美少女であることと、目が見えない彼女のためにずっと手をつなぎ続けていることだ。
フィーも立派な思春期の男の子、こういうシチュエーションにドギマギして当然である。
しかも相手が他国からの留学生で、自分の周囲にいないタイプの美少女となれば、その緊張も倍増するというものだ。
別に変なことを考えているわけではないし、好きになっているわけでもないが……落ち着かないものは落ち着かない。
逆にこの状況でユイを意識しないという方がおかしいと誰もが思うだろうし、彼に悪い部分は何もないはずだ。
それでも、元来の責任感の強さから少しでもそういった不純な感情を抱くべきではないとフィーが自分自身を叱責する中、ユイがそんな彼へと声をかけてきた。
「ねえ、フィー。ちょっといい?」
「な、なにっ!? どどど、どうかしたの!?」
急に声をかけられたフィーが裏返った声でユイに応える。
魂を視れる彼女でなくても自分が動揺していることが一発でわかってしまうだろうなと考えるフィーであったが、ユイはそんな彼の反応にツッコむこともせず、恥ずかしそうに小声でこんなことを言ってきた。
「あの、その、ね……は、はしたないとは思うんだけれど、その、少しお花を摘みに行きたくって……」
「え? お、お花? ……ああ、トイレに行きたいってむぐぅっ!?」
「……女性に恥を掻かせるような真似は慎むべきよ、フィー」
「ご、ごめんなさい……」
一瞬、ユイの言葉の意味がわからなかったフィーがその内容を理解してストレートに言い換えれば、彼女は一目でわかる不機嫌な雰囲気を醸し出しながら彼の口を手で塞いでみせた。
デリカシーがなかったと反省したフィーは、小声でユイへとこう答える。
「わ、わかった。僕も一緒に行くよ。館内地図は頭の中に叩き込んであるし、場所も把握してるからさ」
「ありがとう。フィーは頼りになるわね」
ユイからの褒め言葉に顔を赤くするフィー。
世話役を任されてるとはいえ、男の自分にこんなことを言うんだから、彼女が結構切羽詰まった状況であるということは想像がつく。
だがしかし、急いでトイレに向かう前にすべきことがあると理解しているフィーは、ユイに断った後で近くにいた警備役としてグループに同行している女子生徒へと声をかけた。
「あの、すいません。レンジョウさんと一緒にトイレに行きたいんですけど、先生に報告しておいてもらっていいですか? 僕たちが離れている間に移動されちゃったら、流石にマズいので……」
「ああ、はい。わかったわ。二人だけで大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です。場所は把握してますから」
無断でトイレに行った結果、グループに置いて行かれたりしたら大変なことになる。
そうならないよう、引率を務めるウノに自分たちが用を足しに行ったことを報告してほしいと警護兼補佐を務める生徒に報告したフィーは、ユイの下に戻ると彼女の手を引いてトイレへと向かっていった。
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
「え、ええ。早めにお願いね?」
やっぱり結構ギリギリだったかと、どこかもじもじしている様子のユイを見ながらフィーが思う。
ウノを探していたら間に合わなかったかもしれないなと考えながら、頭の中に叩き込んだ館内地図に従って奥まった位置にあるトイレへと、フィーはユイの手を引きながら向かっていった。
そうして、そんな二人の背中を見送った女子生徒は、先のやり取りをウノに報告しようとしたのだが……?
「ああ、いたいた! 君、先生からの指示で、休憩に行けってさ!」
「えっ!? あ、そ、そうなんですか?」
それよりも早く、自分の下に笑顔で歩み寄ってきたエゴスにそんなことを言われ、その足が止まった。
妙なタイミングで休憩が入るものだなと思いながらも、フィーたちがトイレに行ったことを報告しなければと考える彼女へと、エゴスが言う。
「ああ、大丈夫。さっきのやり取りは俺も聞いてたから、先生には俺の方から報告しておくよ。さあ、早く休憩に行った、行った!」
「あ、はい……エゴスさんに任せておけば安心ですね。それじゃあ、お任せします」
報告は自分がしておくからと、先んじてそう言った彼のカリスマによって、女子生徒は何の疑いもなくグループを離れ、休憩に入った。
エゴスが笑顔で彼女を見送る中、アンヘルから不審者兄妹が警備員たちに連れて行かれたという報告を受けたウノが、生徒たちに言う。
「みんな、待たせてすまなかったな。そろそろ別館に移動するから、私の後についてくるように! 補佐役の生徒たちも、初等部の子たちがはぐれないように注意してやってくれ!」
その指示を受けた生徒たちがウノの先導の下、移動を開始する。
おしゃべりに熱中しながら歩く初等部の子供たちも、そんな彼らを見張る高等部の生徒たちも、フィーとユイがいないことに気付いていないようだ。
唯一、この場でそのことを知っているエゴスは……何も動かず、殿を務めると他の生徒に言ってその場に待機し続けた。
そうして、全員がこの場から去った後、同じく待っていたシアンと顔を見合わせると、緩い笑みを浮かべ、言う。
「これで準備は万端。
そう話した後、二人もまたウノたちの後を追って歩き出す。
自分たちが置いて行かれていることなど知る由もないフィーとユイを放置して。
計画の第二段階、無事に完了。あとはもうすぐ起きるであろうイベントを待ち、その中で上手く立ち回るだけだ。
着実に思い描いた通りの展開になっていることを喜びながら、エゴスは口元にあのあくどい笑みを浮かべ、計画の成功を確信するのであった。
「……愚かだと思わないか、妹よ。たかが人間が、進化を遂げた生物である我々に敵うと思い上がるだなんて、本当に愚かだ」
「ええ、兄さんの言う通りね。本当に愚かだわ」
――同時刻、警備室周辺。
倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなった警備員たちを見下ろす二つの影が、そんな会話を繰り広げている。
片方は黒い外殻に覆われた体と額の一本角が特徴的な大柄な怪物。もう片方は黄金の外殻に包まれた、相方とは真逆のスマートな体躯をした二本角の怪物だ。
全体的に鎧を纏っているかのような出で立ちをしているその怪物たちには、カブトムシとクワガタの擬人化という表現がしっくりくる。
顔もまた怪物じみているその二体の擬人化甲虫たちは、自分たちを確保しようとした警備員たちを蹴り飛ばして道を開けると、お互いに廊下の先を見据えながら口を開いた。
「生物の進化には、犠牲が必要だ。我々という新種の上位生物が更なる進化を遂げるための最上の餌を、確保するとしよう」
「そうね、兄さん。そうしましょう。私たちは更なる進化を遂げるの。人間を超え、更にその上の存在になるのよ」
何かに指示を出すように、二体の怪物がそれぞれ右手と左手を目線の高さに掲げる。
それを合図にして……彼らの背後から、巨大な昆虫たちが群れを成して進軍を始めた。
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