昆虫の王様も気になるが、王様と昆虫も気になる

 物知り博士が子供たちに尋ねるような、そんな上からの雰囲気を見せながらユーゴたちへと質問するトリル。

 その問いに対して、彼らが何と答えたかというと……?


「え。いや、特に好きな虫とかないです」


「むしろ嫌いだね。作業中に周りを飛び回られるとウザったくて仕方ないし」


「同じ甲殻を持つ生物なら、蟹の方が硬く強いな! つまり虫より蟹の方が上だ!」


「僕に質問するな」


「ノォオォォオッ!!」


「ああっ! 兄さんが残酷な回答に心を折られてしまった!! しっかりして、兄さん!」


 ……とまあ、こんな感じの冷たい返答をされたトリルは、自身が愛する虫たちへの散々な評価に大声を上げてその場に崩れ落ちてしまった。

 彼が妹のリエルに慰められてもそう簡単に立ち直れずにいる中、唯一真剣に答えを考えているユーゴがぶつぶつと呟きながら熟考を続ける。


「う~ん、好きな虫かぁ……詳しくはないけど、好きなのは多いんだよなぁ……」


「ほう!? ほほうほうほう!? 君はなかなか見どころがあるじゃあないか! いいことだよ、うんうん!」


 唯一の希望を見出したトリルの視線を浴びながら、それをあまり気にせずに真剣に質問の答えを考えるユーゴ。

 何を隠そう、ヒーローにおいて虫というのはかなりポピュラーなモチーフで、広く愛される鉄騎に跨る仮面のヒーローも初代はバッタがモチーフだ。

 他にも昆虫型の合体&お助けメカなんかもバンバン出てきているわけで、単純なヒーローのモチーフから考えてもユーゴとしては答えに悩むところである。


 リーダータイプの蜂か、はたまた何にも縛られない自由な蜻蛉とんぼか、切れ味鋭い蠍も悪くないなと思いつつ、やっぱり王道のバッタも好きだしなぁ……と色々悩んだユーゴであったが、そういったヒーローオタクとしての思考に男の子の趣味嗜好が加わった結果、候補は二つにまで絞られたようだ。


「カブトかクワガタかなぁ……? やっぱあの辺は男の子の憧れでしょ?」


 つやつやとした甲殻に力強い一本角or鋭い二本の角を持つ昆虫たち、カブトムシ&クワガタムシ。

 世界各地に生息するその虫たちには、子供心をがっちりと掴んで離さない魅力がある。


 カブトもクワガタもヒーローのモチーフとして多く採用されているし、やっぱり人気があるのだろう。

 最近はクワガタの方が採用率が高い気がするが、他の昆虫とコンボすると予算がガタガタになるしなぁ……とヒーローオタクにしかわからないことを考える中、そんな彼の答えを聞いたトリルが目を輝かせながら言う。


「素晴らしい! 君は見込みがあるよ! 何を隠そう、我々もカブトとクワガタこそが最強の虫だと信じていてね……! 昆虫界の王の名に相応しい素晴らしい力に日々感動を抱いているんだ!」


「敵を持ち上げ、ひっくり返す力強い一本角! 相手を挟み、放り投げる鋭い二本角! どちらも素敵で格好いいわ!!」


「……ユーゴ、どうする気だ? お前の不用意な発言が、こいつらの妙なスイッチを押してしまったみたいだぞ?」


「ん~……そうっぽいけど、そこまで心配することはなさそうじゃね?」


 オタクというのは一度スイッチが入ると面倒くさいことこの上ない。そのことは、ヒーローオタクであるユーゴ自身がよく知っている。

 虫について再度熱く語り始めたトリル&リエル兄妹の様子にげんなりとした反応を見せるマルコスに対してユーゴがそう言ったのと同時に、そのトリルが彼へとこう言ってきた。


「君にはもっと素晴らしい話を聞かせてあげよう! 我々の話を聞けば、きっと君も虫の素晴らしさに気付くはずだよ!」


「あなたは幸運ね! 兄さんに選ばれるだなんて、本当に幸運だわ!」


「あ~……お気持ちはありがたいんですけどね。それはまた、次の機会にお願いすることになりそうっす」


 自分へと距離を詰めてくる兄妹へとそう言いながら二人の背後を指差すユーゴ。

 彼らがそちらへと振り向いてみれば、昆虫館の警備員が集団でこちらへと駆け寄ってくる様が目に映った。


「君たち、ちょっといいかね? 他のお客さんの迷惑になるから、こっちに来てくれたまえ」


「あらあらあら? あららららららら……?」


「およよよよ? およ~っ……!?」


「さよ~なら~! また会う日まで~!」


 瞬く間に不審者として警備員たちに確保された兄妹に手を振って見送った後、ため息を吐くユーゴ。

 仲間たちもなんだかよくわからないがすごかったトリルとリエルの二人に対して、呆れたような反応を見せながら会話を繰り広げる。


「まったく、なんだったんだ、あいつらは? 趣味が高じて熱くなる気持ちはわかるが、あれは流石に行き過ぎだろう」


「あはははは……まあ、そういうこともあるってことで。絡まれたのが僕たちで良かったと思おうよ」


「そうだな。問題も解決したみたいだし、アタシの方から報告しておくよ。さっ、持ち場に戻ろう」


 よりにもよってこんな日に不審者が現れるだなんて本当にツイてないとは思いつつも、特に問題が起きることなく解決して良かったと話し合うマルコスたち。

 支給されていた通信機でアンヘルが事態の解決を報告する中、彼女たちと一緒に持ち場に戻ろうとしたメルトは、ユーゴが足を止めていることに気付き、彼に声をかけた。


「どうしたの、ユーゴ? 何かあった?」


「いや、ちょっとな……」


 メルトの問いかけに対して、ユーゴはどこか悲し気な表情を浮かべながら曖昧に呟いた。

 その横顔から彼の悲壮な胸中を感じ取ったメルトが息を飲む中、ユーゴは顔を伏せながら言う。


「……今の話を聞いてて、少し、思ったことがあったんだ」


「なに? 何を思ったの?」


 正直、今の話の中のどこにユーゴがこんな顔になる要素があったのかはわからない。

 それでも、何か哀しみを抱えたであろうユーゴに寄り添う態度を見せたメルトが彼をじっと見つめれば、ユーゴはどこか遠くを見つめながらぼそりと呟いた。


「……新作の戦隊、どんな展開になってるんだろうな……って」


「うん、じゃあ私先に戻ってるね。落ち着いたらユーゴも来なよ」


 よくわからないがわかることが一つだけある。これは、俗に言う変になった状態のユーゴだ。

 こういう時の彼は放置するに限る。そう判断したメルトは一瞬にして冷静さを取り戻すと、遠い目をしているユーゴを放置して仲間たちの下へと駆け寄っていく。


「クワガタとか王様とか聞いてたら思い出しちまったなぁ……最近の展開から察するに、もう追加戦士が出てもおかしくない時期なんじゃねえかなぁ……? いや、こっちの世界とあっちでは時間の流れが違うかもしれねえし、どうなんだろうなぁ……?」


 一人残されたユーゴは誰も答えることのない疑問を呟きながら、事前情報しか得られなかった新作番組のヒーローの活躍を想像し、自分の目にそれを焼き付けたかったと強く思う。

 何かの手違いでこっちでも番組が放送されないかなと思いながら、彼もまた仲間たちを追って駈け出すのであった。


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