不審者(変人虫好き兄妹)

「……なあ、これっていったい、どういうことだと思う?」


「ユーゴ、僕に質問しないでくれ。僕だって聞きたいくらいなんだから」


 所変わって、館内を見て回るフィーたちのグループから遠く離れたポジションの警備を担当していたユーゴたちは、通信機を通じて応援を求められ、連絡を受けた現場へと急行し……そこで繰り広げられている騒動を見て、何とも言えない表情を浮かべていた。


 彼らの視線の先には、なんだかもうよくわからない勢いで騒ぐ男女がおり、その二人はお互いに声をかけ合いながら展示されている虫たちを、ガラスにべったりと顔を張り付けながら見て回っている。

 不審者が二名、館内で騒いでいるという話は聞いていたが……想像とは違うその光景にユーゴたちが苦笑を浮かべている間にも、その二人は興奮気味に話を続けていた。


「見ろ、妹よ! この丸まったダンゴムシのチャーミングさを! 体もツヤツヤして、実に美しいじゃあないか!!」


「本当ね、兄さん! やっぱり虫さんは最高だわ! 進化の素晴らしさと生物の多様性を私たちに教えてくれるもの!!」


 会話を聞いた感じ、どうやらあの男女は兄妹のようだ。

 結構いい歳行ってるような気がしなくもないが、兄妹仲睦まじいのはいいことだとは思いながらも、あんなふうに振る舞われたら他の客の迷惑になるだろうと判断したユーゴたちは、姿の見えない昆虫館の警備員たちに代わって、その二人へと声をかける。


「あの、すいません。館内ではもう少し静かにしてもらってもいいですか?」


「うん!? それは私たちに向かって言っているのか!? 虫の神秘に触れて感激している私たちにその感動を抑えろと、お前たちはそう言っているのか!?」


「なんて野暮な奴ら! 私たちの至福の一時を邪魔するだなんて、最低ね! 虫さんを見習いなさい!!」


「そ、そうじゃなくってですね、他のお客さんの迷惑にならないよう、声のボリュームを落としてほしいって話で――」


「私たちは迷惑などかけていない! むしろ、他の人間がおかしいのだ! 皆、もっと虫の神秘に感動し、我々のように心を打ち震わせるべきだ! 静かに虫たちを鑑賞する必要などない! 私たちこそが正しいはずだ!!」


「そうよそうよ! 兄さんの言う通りだわ!」


 思ったよりヤバい客だな、こいつら……と、ユーゴたち全員が同じ感想を抱く。

 虫が好きな兄妹なのだろうが、だからといって鑑賞のルールや他の客たちへの迷惑を顧みずに振る舞うのは良くないだろうがと心の中でツッコミを入れる彼らに対して、兄の方がこんな話をし始めた。


「虫とは素晴らしい生き物だ! ある種は地中に巨大な巣を作り、またある種は空を飛んで狩りを行い、また別の種は水中で生活する! 毒や針のような武器を持つ者もいれば、堅牢な外殻を持つ者もいるし、はたまた我々も想像できないような能力を持つ虫もいるのだ! これぞ生命の神秘! 虫こそが、我々に多大なる学びを与えてくれる生物の中の生物なのだよ!」


「あ~……言いたいことはわかるっすかね。虫が人間サイズになったら地上最強! みたいな話はよく聞きますし、実際にそこまでデカくなった虫の魔物は強敵ですもの」


「おお! わかっているじゃあないか! 虫は良いよなぁ!? 素晴らしいよなぁ!?」


 その話に理解を示したユーゴへと、一気に兄が距離を詰めてくる。

 これはこれで厄介だが、自分一人に集中してくれるのなら他の客が巻き込まれる心配がなくていいと考えたユーゴが適当に相槌を打つ中、兄妹の兄は熱く語り続けていった。


「虫には生命の素晴らしさが詰まりに詰まっている! 例えば同じアリでも、周囲の環境によって全く違う見た目や能力を持つようになる!! 進化だよ、進化! その環境では体が大きい方が有利なのか? はたまた小さい方が便利なのか? 他にもどういった力を持てばいいのかを学び、それを自分たちに反映させる! 進化とは生物としての格を上げることだ! より多くの、より多彩な進化を果たしてきた虫は、人類を遥かに超えた上位の存在だと人々は知るべきなのだ!!」


「ああ、私も虫さんになりたいわ……! 強く美しく素晴らしい! 人間を超えて、そんな虫さんになってみたい!」


「……人間を捨てる、ね……それが本当にいいことだとは思えないけどな……」


 うっとりと夢見心地で呟いた妹の発言を聞いたリュウガがぼそりとそんなことを言う。

 だが、幸いにも夢中になって自分の意見を話し続ける兄妹には彼の声は届かなかったようで、二人はそこからもユーゴたちに向かって勝手に話を続けていった。


「自己紹介が遅れてしまったね! 私はトリル、しがない虫マニアさ! こっちは私の妹のリエル、私には及ばないが、虫を愛する気持ちは人一倍だ! さて、こうして話す機会ができたのだから、君たちに一つ質問させてもらいたいんだが――」


 別に聞いてもいない名前を勝手に教え、自己紹介をしてきたトリルがこれまた勝手に話を続ける。

 興味津々、といった様子の表情を浮かべる彼は、ここまで大した発言をしていないユーゴたちへと、こんな質問を投げかけてきた。


「君たちは、どんな虫が好きなのかな?」

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