来客、続々襲来

「お久しぶりです、ユーゴ様。皆さん、お元気そうで何よりです」


「クレアじゃねえか! お前も警備に参加するのか!?」


「はい。少し思うところがあって、希望を出させていただきました」


 キラキラと陽光を浴びて煌めく金色の髪を靡かせながら声をかけてきたその美少女……クレア・ルージュが丁寧にユーゴたちへと挨拶をする。

 イザークの事件で顔を合わせたぶりかと、久方ぶりに彼女と顔を合わせたことを喜ぶユーゴは、そんなクレアの背後に隠れるように立っている人物の顔を見て、小さく息を飲んだ。


「ゼノン……そっか、お前も一緒なんだな。元気にしてたか?」


「………」


 かつて自分を決闘で打ち倒し、クレアとの婚約破棄の原因を作った男、ゼノン・アッシュ。

 クレアの新たなパートナーになった彼も今回の社会科見学についてきたようだが、やはり今の彼からはかつての輝きが消え失せていた。


 堂々としていた態度が嘘であるかのように、猫背になって俯いているゼノンはユーゴの声にも反応を見せない。

 こう表現するのは彼に悪いとは思うが、まるでゾンビのようなその様子には初対面のリュウガやユイも驚きを隠せないようだ。


「エペさん、あの二人はいったい……?」


「えっと、ちょっと話が複雑なんだよね。できる限り簡潔に説明すると――」


 ユーゴとクレア、そしてゼノンの関係についてメルトが一生懸命にリュウガへと説明を行う中、改めてクレアへと視線を向けたユーゴは、彼女へと小さな声で言う。


「まだあんまり調子は良くないみたいだな。今日は、ゼノンの気晴らしも兼ねてるのか?」


「はい……以前、ユーゴ様にお世話になってからも、ゼノン様はあまりお加減がよろしくないようで……学園を離れて新鮮な気持ちになれば、少しは前向きになれるかと思ったのです」


 悲しそうに目を伏せながらそう答えるクレアに対して、ユーゴは何と言葉をかけるべきか迷った。

 ただ、彼女がゼノンを支えようとしているその気持ちは理解できたユーゴが頷く中、クレアは小さく会釈をしてから一同の下から離れていく。


「今の方々……どちらも悲しそうでした。どちらも違った形で悲しみや寂しさを覚えている、そんな魂の色が見えました」


「……悪い奴じゃあないんだよ。色々あって、疲れちゃってるだけなんだ。ユイちゃんが二人と関わるかはわからないけど……そのことだけは、覚えておいてほしいな」


 授業が再開し、留学生もやって来て、そんなふうに新しい環境に身を置きながらも変われない者もいる。

 ゼノンに対してはもう恨みもないし、クレアのためにも少しでも早く彼には立ち直ってほしいとユーゴが考える中、また別の人物たちが声をかけてきた。


「やあ、ユーゴくん。随分留学生と仲良くなったみたいじゃあないか。羨ましいよ、本当にね」


 聞き覚えのある声を耳にしたユーゴがため息を吐いた後でその声が響いてきた方向を見やる。

 そうして、そこに立っていた男子生徒たちの顔を睨むようにして見つめながら、彼はその二人へと尋ねた。


「エゴス、それにシアンか。俺に何の用だよ?」


「そう怖い顔するなよ。この間の試験の時に助けてもらったお礼を言いにきただけじゃないか」


 そう言いながら、エゴスが笑う。

 普通ならばイケメンが快活に笑っている爽やかな場面に見えるのだが、ユーゴの目にはその笑顔がどこか油断ならないものとしか映っていなかった。


 後ろのシアンは仏頂面で、感謝を伝えに来たようには見えない。

 何か思惑があるのだろうなとユーゴが考える中、エゴスが笑みを浮かべたまま、こんなことを言ってきた。


「そういえば、さっきちらっと聞こえちゃったんだけどさ……君の弟が、留学生のユイちゃんのお世話役を務めるんだってねぇ! すごいじゃあないか!」


「ありがとうよ。話はそれで終わりか? だったら、とっととどっかに行ってくれ」


「つれないこと言うなよ。もう少し、おしゃべりしようじゃあないか……!」


 やはりおかしい、ユーゴはそう思った。

 食材探索に出掛けた際の一件から、自分と彼は犬猿の仲のはずだ。その彼が、どうしてここまで馴れ馴れしく接してくる?


 絶対に……何か良くない思惑があってのことだ。そうでもなくては、この男がこんな真似をするはずがない。

 そう、ユーゴが考えていると……そんな彼のズボンを、誰かがぎゅっと掴んだ。

 その感覚に驚いたユーゴが視線を向ければ、ユイが怯えたように震えながら自分の背後に隠れようとしているではないか。


「ユ、ユイさん、どうかしたの? 何かあった?」


「……っ!!」


 フィーの問いにも反応を見せない彼女の閉じられた瞳は……ユーゴと対面するエゴスたちに向けられている。

 彼女は目ではなく魂で物を視る。ユイは、エゴスたちからなにかを感じ取ったのだろう。


 それが良くないものであることは今の彼女の様子を見れば疑う余地もないと、エゴスたちからユイを離さなければ彼女に悪い影響が出てしまうかもしれないと、そう考えたユーゴが口を開こうとした瞬間、三度声が響いた。


「ああ、いたいた。ようやく見つけたわ」


 静かだがよく通るその声は、聞き覚えがあるがどこで聞いたものなのか、誰の声なのかがわからない。

 エゴスたちと共に反射的にそちらを向いたユーゴは、こちらへと歩み寄って来る白髪の少女の姿を目にして、はっと息を飲む。


「あの子って確か、ヤマトからの留学生の――!!」


「セツナ・コガラシ? そうか、彼女はゲストとしてこの行事に参加を……」


 試験の際に彼女の姿を見たメルトとリュウガが、驚きながらそんなことを言う。

 その間にもつかつかとこちらへと歩いてくるセツナは、そのまま話を続けていった。


「あなたに興味があってね、話がしてみたいと思っていたの。良ければ、少し付き合ってくれると嬉しいのだけれど――」


「ほ、本当かい!? お、俺も君と話がしたいと思ってたんだ!」


「い、いや、探していたのは俺だろう? どっちかわからないけど、どうせなら二人一緒に話を――!!」


 歩み寄って来るセツナの話を聞いたシアンは仏頂面をぱあっと笑顔に変え、エゴスもまた浮かべている笑みを更に強めながら彼女へと応えつつ、迎え入れる構えを取る。

 だが、しかし……セツナはそんな二人の間をまるで風のように擦り抜けると、今の今まで彼らが話をしていた人物の前で足を止める。


「は……?」


 エゴスとシアンに対して一切の反応を見せず、まるでそこにいない者のように扱ってきたセツナに驚いたユーゴは、その彼女が自分の前で立ち止まってこちらを見つめてくる様を目にして更にその驚きの感情を強めた。

 いったい何が……? と考える彼に対して、意味深な笑みを浮かべたセツナが静かに、されどどこか楽し気な声で言う。


「ユーゴ・クレイ……あなたと話がしたいのだけれど、少し時間をもらえるかしら?」

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