その男は言っていた

「兄さん! 来てくれたんだね! ……いたっ!」


「フィー、気持ちはわかるが、一人で突っ走っちゃダメだろ?」


「……ごめん。でも、僕――」


「わかってるよ。状況も、大体わかった」


 緩く弟の頭に手刀を食らわせたユーゴが、視線をナルルとその体に縛り付けられているシロイへと向ける。

 先のエゴスの会話と合わせて状況をほぼ完璧に理解したユーゴが険しい表情をナルルへと向ければ、その頭上を黒く大きな影が跳んでいった。


「スカル! みんなのことを頼む!」


「バフッ!!」


 蹄に炎を灯した黒馬がユーゴたちを飛び越すと共に、ナルルに襲われている料理部員たちの救出にかかる。

 体から炎を噴き上がらせ、上手く枝での攻撃を逸らさせると共に料理部員たちを安全圏へと避難させるスカルの姿を見ながら、ユーゴは弟やプレシアたちへと言った。


「まずは体勢を立て直しましょう。部長さんたちも一旦離れてください。流石に襲われてるみんなのことを守りながら、シロイくんのことも気にしつつ戦うだなんて真似は、俺にはできないんで」


「一人であの巨大な魔鎧獣と戦うつもり!? そんな、無茶よ!」


「最初から最後まで一人で戦うつもりはないですよ。でもまずは、あっちの側に行ってる流れを止めなくちゃダメだ。戦いっていうのはノリがいい方が勝つ……割と冗談抜きで的を射てると思うんですよね、これ」


 最後の最後まで巨大トレントという切り札を隠していたこともそうだが、シロイを見捨てるという判断を下し、料理部員たちを無理矢理戦いに駆り立てた上に敗北を喫したシアンとエゴスのせいで、戦いの流れは完全にナルルの方に傾いている。

 ナルルの性格を考えるに、彼女は調子に乗ると実力以上のものが出るタイプの人間だ。

 しかし、それは逆をいえば、不調に陥ると必要以上のスランプに陥る人間だということでもある。


 だからまずは、天狗になっている彼女の鼻をへし折る……そのために必要な行動が何なのかを理解しているユーゴがトレントを睨む中、プレシアが震える声で彼へとこう問いかけた。


「ねえ、ユーゴくん……私は、エゴスさんの言う通りにすべきだったと思う?」


「な、何を言ってるんですか、部長!? あなたがそんなことをする必要なんて、どこにもありませんよ!」


「でも、ユーゴくんが来てくれなかったら私たちがどうなってたかなんてわからないわ。みんな、あの魔鎧獣にやられてたかもしれない。そう考えると、もしかしたら……エゴスさんの言ってたことも正しいんじゃないかって、そう思ってしまうの」


 主人公が持つカリスマに当てられたプレシアは、シロイを犠牲にしろという彼らのやり方を間違っているとは思いつつも完全には否定できなくなっているのだろう。

 そういった常識や個人の考えを捻じ曲げてしまえる、魔鎧獣よりも恐ろしい力に襲われた彼女が自分の判断は正しかったのかと迷う中……ユーゴは、その迷いを払拭するように真っ直ぐに彼女を見つめながら言った。


「ハオ副部長の言う通りです。部長さんがそんなことをする必要なんて、これっぽっちもありませんよ」


「でも……っ!」


 ユーゴからの否定の言葉を完全には受け入れ切れなかったプレシアが続けて何かを言おうとする。

 しかし、そんな彼女を制したユーゴは、右手の人差し指を立てるとそれを天へと伸ばしながら口を開く。


「とある男が言ってました。生きるってことは、美味しいってことなんだ……って。何かを食べても美味しいし、何も食べなくても美味しい。この言葉が指す意味は……人生は無条件に素晴らしい、ってことです。でも、死を背負ったらそうは思えなくなる。一気に人生が不味くなる。そうなったあなたが作る料理も、同じように不味くなってしまうでしょう。部長さんの自分の料理で沢山の人たちを笑顔にしたいって夢も、叶わなくなる」


「っっ……!」


「だから、あなたが誰かの死を背負う必要なんてない。いや、絶対に背負っちゃいけないんだ。それしか方法がないって誰かが言うのなら、俺がそれ以外の道を切り開いてみせますよ。それが、ヒーローの役目ですから」


 人差し指を立てていた右手を握り締め、今度は親指を立ててサムズアップしたユーゴがプレシアへと言う。

 シロイの命だけでなく、プレシアの夢も守りたいと願う彼は、そうした後で彼女へとこう続けた。


「夢といえば……俺の夢をまだ言ってませんでした。俺の夢は、弟が胸を張って誇れるヒーローになることです。だから、悪党もやっつけるし……弟の友達だって助けます。それがどんな困難なことであろうと諦めるつもりはありません。絶対に譲れない、俺の夢ですから」


「ユーゴくん……!」


 ヒーローの条件・その一……絶対に諦めるな。

 かつての戦いの中で自分にそう言った兄の言葉を思い出したフィーが息を飲む中、ユーゴが彼へと言う。


「フィー、シロイくんの、持ってるよな?」


「あっ……! う、うん!」


 その言葉に、ユーゴがあの夜の自分とシロイとの会話を聞いていたことに気が付いたフィーが恥ずかしさに頬を赤らめながらも懐から石ナイフを取り出す。

 自分を守ってくれたヒーローが使っていた武器……それを再び手にしたユーゴが、力強く頷きながら口を開く。


「ありがとな。それじゃあ、行ってくる。絶対にシロイくんを助けるから、待ってろよな」


「うんっ……!」


 料理部員たちの避難誘導を終え、自分の傍に寄ってきたスカルに跨って、ナルルの下へと近付いていくユーゴ。

 ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる彼へと、ナルルが嘲りの言葉を投げかける。


「なぁにぃ? あなた一人だけ~? 他の奴らはビビッて動けないのかしら~?」


「お前の相手程度、俺一人で十分だってことだよ。調子に乗ったてめぇの鼻っ柱なんざ、すぐにへし折ってやるぜ」


「あははははっ! 随分と面白いこと言うわねぇ! こっちには人質がいるし、あんたの攻撃も通用しない! へし折られるのは、あんたの骨とプライドよっ!!」


 叫びと共に、無数の枝をユーゴへと向かわせるナルル。

 丸太のように太いトレントの枝が、鞭のようにしなりながら襲いかかる様を目にしたフィーたちが息を飲む中、馬上のユーゴは拳を握り締めると戦いの始まりを告げる言葉を叫ぶ。


「変……身っ!!」


「なっ!?」


 紅の輝きが弾けたその瞬間、ユーゴへと向かっていた無数の枝がすっぱりと叩き斬られた。

 予想外の事態に驚いたナルルが様子を見るために動きを止めれば、その輝きの中からブラスタを纏ったユーゴが姿を現す。


 黒い装甲を纏った黒馬に跨る、黒の騎士……しかし、一つだけ違う色を発している部分があった。

 ユーゴが手にしている剣……いや、それは剣などという大きさではない。

 悠に人の身の丈を超える大きさを誇るその大剣は、燃えるような紅蓮の輝きを放っていた。


「……スカルから貰った魔法結晶の使い方、俺なりに色々と考えてたんだ。んで、武器に属性を付与する機能を追加してもらった時に思い付いた。鎧自体に属性を付与するのが危険だってなら、それ以外の物に付けちまえばいいんじゃねえかって……試した結果、強過ぎる炎の勢いに耐えるためにはこのサイズまで金属を集めなくちゃならなくなったわけだが……切り札の一つとして運用できるレベルには仕上がったぜ」


「何よ、それ? なんなのよっ!?」


「これか? 烈火大ざ……といきたいところだが、流石にそれはマズいからな。名前を付けるとしたら――」


 以前、ブルゴーレムとの戦いの中で作り上げた斬馬刀を基として、そこに炎属性を付与した紅蓮を纏う大剣。

 似たような形状の武器を知っているユーゴは冗談めかしてその名前を半分ほど出した後でそれを撤回し、改めて自分が持つ大剣の名を言う。


「――斬魔紅蓮刃。それが、この剣の名前だ」


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