side:シアン&エゴス(邪悪を邪悪で超えていった男たちの話)

「えっ……!?」


 あまりにも堂々と宣言した二人へと、絶句の表情を向ける一同。

 敵であるナルルも予想外の反応に驚愕する中、いち早く衝撃から立ち直ったハオが二人へと叫ぶ。


「な、何を言ってるんですか!? あのトレントに火属性の攻撃を繰り出したら、シロイくんまで一緒に燃えてしまうんですよ!!」


「わかっているさ。だが、それで攻撃を躊躇った結果、俺たちが負けたらどうなる? あの女はますますパワーアップを果たし、更に大きな事件を起こすかもしれないんだぞ?」


「可哀想だが、あの子は諦めるしかない! 多くの人を救うためには、小さな犠牲を出すことも必要なんだ!!」


 ――それっぽい理由を付け、ハオに反論するシアンとエゴスであるが……当然、そんなのは自身の行動を正当化するための詭弁でしかない。

 そもそも彼らはそんな英雄的な思考の下にシロイを犠牲にしようと思っているわけでもないし、彼に対して罪悪感などこれっぽっちも抱いていない。


 ただ単純に……自分たちを騙し、童貞を奪ったナルルを倒したいから、そんなことを言っているのだ。


 ゲームキャラとのセックスで初めてを捨てるという夢を奪った彼女は、何があっても許すことなどできない。

 綺麗で可愛い美少女たちではなく、あんな化物のようなババアを嬉々として抱いてしまっただなんて、黒歴史以外の何物でもないではないか。


 自分たちをそんな目に合わせたナルルには、相応の罰を与えなければならない。

 主人公を騙した悪人はされる運命が待ち受けている。それが異世界転生物のお約束だ。


 そのために子供一人犠牲にするくらい、なんでもないことだ。

 なにせシロイはここでちょっと話をするだけのモブキャラ……ゲームキャラの中でも特に価値があるわけでもない、ぽっと出のキャラなのだから殺してしまったところで別に何も問題はない。


 悪評に関しては、仕方がなかったと言えばそれで済む。主人公のカリスマがあれば、なんとでもなることだ。

 優先すべきはモブキャラシロイの命ではなく、主人公自分たちの意思であると……ナルルの邪悪さや自己中心さを超えた自分本位な考え方をするシアンとエゴスに、フィーが必死で縋りつく。


「止めてっ! シロイを殺さないでっ! 兄さんが来てくれれば絶対にシロイを助けてくれるんだ! それまで待ってくれるだけでいいから! だから――!!」


「子供はすっこんでろ!」


「これは命を懸けた戦いなんだ! お前が出る幕はない!!」


「うわあっ!?」


「フィーくんっ!!」


 自分たちに縋りつき、懇願するフィーを突き飛ばすシアンとエゴス。

 弾き飛ばされたフィーを受け止めたプレシアが信じられないという表情を浮かべる中、二人は魔力を集中させて自身が習得している中で最強の炎属性の魔法を起動する。


「さあ、これで終わりにしてやる!」


「燃え尽きろ! クソ女!!」


 高いステータスを誇る自分たちが持つ、現時点で最強の炎属性魔法を二発も受ければ、ナルルだってただでは済まないだろう。

 調子に乗ったクソ女が焼き尽くされる場面を想像し、僅かに笑みを浮かべた二人は、魔力を最大まで膨張させながら巨大なトレントへと狙いを付け、そして――!


『しかし、MPが足りない!!』


「……は?」


「へっ……?」


 ――自身の持てる限りの力を込めての魔法を繰り出そうとした二人の脳裏に、そんな間抜けなメッセージが流れてくる。

 同時に、発動しようとした魔法がキャンセルされたことを感じて困惑していた彼らは、再び丸太のような巨木に体を叩かれて勢いよく宙を舞った。


「ぎゃああああっ!?」


「うわああああっ!?」


「あっはっはっはっは! 馬鹿ね~っ! あなたたちの魔力は熱~い夜を過ごした時にバッチリ吸い尽くさせてもらったわよ! 私を抱けた興奮で魔力を吸われてたことにも気付けなかっただなんて、本当にお間抜けさん!」


「ぐ、はっ……! ち、チクショウ! こんな……っ!?」


 どこか体調がおかしいという自覚もなくはなかった。ただ、これはセックスしたことによる疲労感だろうと結論付けて深く考えなかったエゴスは、ようやくそれが勘違いだったことに気付けたようだ。

 しかし、既に全て手遅れ。油断どころか完全に気を抜き、意識が散漫していた状態で強烈な攻撃を食らったことでシアンは気絶し、自分も戦闘が困難な状態まで追い詰められている。


「お、お前たち! 俺を助けろ! 俺を守るんだっ!!」


 どうにか料理部員たちに命令を出して自分たちの代わりにナルルと戦わせるも、モブキャラが大半の彼らの戦闘能力なんて高が知れており、次々と倒されてしまっていた。

 このままではマズい……と、全滅の危険性が現実味を帯びてきたことに焦り始めたエゴスは、その目にプレシアの姿を捉えてはっとすると共に、よろめきながら彼女へと近付き、口を開く。


「プレシア、あんた……確か、炎属性の攻撃、使えたよな……!?」


「えっ……?」


 『ルミナス・ヒストリー』のプレイヤーであったエゴスは、プレシアが炎属性の攻撃を覚えていることを思い出した。

 同時に、この状況を打破できる手段を思い付いた彼は、プレシアの肩を掴みながら叫ぶようにして命令する。


「撃て、撃つんだ! お前ならあいつを倒せる! お前があの魔鎧獣を燃やせ、プレシア!!」


「何を言ってるんだ!? あんたは今、部長にシロイくんを殺せって、そう言ってるんだぞ!! わかってるのか!?」


「お前は黙ってろ! なあ、聞いてくれプレシア……! このままじゃ俺たちは全滅だ。お前の大好きな料理部のみんなもあの魔鎧獣にやられて、魔力を搾り取られる養分になっちまう。それを回避する方法はあんたがあの魔鎧獣を倒すしかないんだよ……! あんたがやるしかないんだ!」


「で、でも……でも……っ!!」


 もう自分には戦うだけの余力は残っていない。だから、誰かにやらせるしかない。

 その誰かにプレシアを選択したエゴスは彼女にとって大切な料理部員たちの命を盾に説得を行うも、子供の命を奪う行動にプレシアが首を盾に振るはずもなかった。


 料理部員たちからの好感度は高いはずなのにと思いながら、ゲームキャラの分際で自分に逆らうプレシアへの苛立ちを覚えながら……慈悲を請うような態度で説得を行っていたエゴスは、それら全てをかなぐり捨てた態度で彼女へと叫ぶ。


「いいからやれって言ってるんだよ! お前らは俺に従ってれば――」


「……おい」


「あ? なん――ぶげあっ!?」


 プレシアへと詰め寄っていた最中に肩を叩かれたエゴスが横を向いたその瞬間……真っ向から顔面に拳が叩き込まれた。

 文字通り、鼻っ柱を叩き折られながら殴り飛ばされた彼が相方と同じく気を失う中、彼を殴り飛ばしたユーゴが険しい表情を浮かべながら言う。


「いい加減にしろよ、お前ら。子供を見捨てた上に他人に殺させようとする奴が、英雄ヒーローを名乗るんじゃねえ」


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