天下御免のスーパーヒーロー、参る!

 一目見てわかる強大さを誇るその大剣。

 人々を襲う魔獣を斬る、紅蓮の刃というそのままの名前を口にしたユーゴへと、焦る心を必死に押さえつけながらナルルが叫ぶ。


「な、何が斬魔紅蓮刃よ! 格好つけた名前を付けようとも、結局はただ馬鹿デカいだけの剣じゃない! 斬られた枝だってねぇ! 私がその気になればすぐに元通りに……っ!?」


 突如として繰り出された異質な武器に面食らったものの、結局はあれも大きいだけの剣に過ぎない。

 先ほど、エゴスに斧で叩き斬られた枝を元通りにしたように、ナルルはあふれんばかりに保持している魔力と生命力でトレントの枝を再生させようとしたのだが……どうしてだか、どんなに魔力を注いでもそれが叶うことはなかった。


「どっ、どうして!? なんで枝が再生しないのよ!?」


「切り落とされた枝の断面をよく見てみろよ。それで理由がわかるはずだぜ?」


 抑えきれなくなった焦りから半ば発狂気味になっているナルルは、ユーゴに言われるがままに彼に叩き斬られた自身の枝の断面を見やる。

 そうすれば、そこがぷすぷすと煙を立てるほどに真っ黒に焼け焦げていることがわかった。


 先ほど、ナルルが行っていた枝の再生は、切り落とされた枝の断面にある細胞を魔力で活性化させることで、その先にあった枝を復活させるというメカニズムで行われている。

 しかし、焼き斬られた場合はそうはいかない。その断面にある細胞が死滅しているのだから、活性化も何もないのだ。


 ナルルはトレントがどうやって枝を再生しているのかを理屈で理解しているわけではないが……今、自分が目にしている光景が異質であることは理解できた。

 そして、理由はわからずともあの大剣に切り落とされた枝は復活させられないと、その情報だけを頭に叩き込む羽目になった彼女は、いよいよ本格的に焦りを抑え切れなくなり、発狂を始める。


「ふざ、けるな……っ! あんたなんて嫌いよ! さっきも今も、私の邪魔をして、私のことを傷付けて!! 消えろ消えろ消えろ消えろぉぉっ!!」


「……それはできない相談だ。少なくとも、お前が人質に取ってるシロイくんを助け出すまでは消えるわけにはいかねえよ」


 先ほど以上の枝を自身へと向かわせながら叫ぶナルルへと静かに答えたユーゴが、斬魔紅蓮刃を握り締める。

 緩くスカルの腹を蹴り、彼に合図を出したユーゴは、そのまま炎を揺らめかせながら自身に迫る枝を迎撃していった。


「さあ、真打の登場だ。拍手の嵐で迎えてくれよ?」


「ううううっ!?」


 一発、巨大な剣を横薙ぎに振るえば、それだけで襲い掛かってきた丸太のような枝がまとめて吹き飛ぶ。

 高熱を纏った刃から飛び散った火花が花吹雪のようにキラリと舞う中、ユーゴを乗せたスカルが風のように走り出す。


「こっ、来ないでよぉぉっ! あんたみたいな怖くて暴力的な男、私は大嫌いなんだからぁっ!!」

 

「奇遇だな。俺も子供を平気で盾にする女は大嫌いだっ!」


 一本、また一本と枝を切り落とし、ナルルの攻撃手段を奪っていくユーゴ。

 自慢の再生能力を封じられたナルルは彼への対抗策も浮かばないまま、ただ接近を拒むかのように無駄な攻撃を繰り返している。


 炎で相手を燃やすのではなく、巨大な質量を持つ剣の刃に高熱を纏わせることで、その破壊力を大幅に上昇させた彼の一撃は、文字通り計り知れない威力を誇っていた。

 だが、しかし……その場面を見つめるハオは、抱いた疑問と不安を吐き出すようにしてこんなことを呟く。


「ユーゴ、どうするつもりだ? あのサイズの剣を振るって、シロイくんを助け出せるのか……?」


 確かに斬魔紅蓮刃はナルルが操るトレントに対して、メタを張っていると言えるレベルの有効打だ。

 再生能力を無効化する高熱の刃は破壊力も抜群だが……それ故に、取り回しの悪さという明確な弱点を抱えている。


 あの大きさの剣では、細やかな操作は不可能。人質に取られているシロイを無傷で助け出すのは困難を極めるだろう。

 しかも移動する馬に乗った状態で拘束されているシロイを救出するだなんてのは最早無理だと言わざるを得ないと……ここからどうやって彼を助け出すつもりだと考えていたハオは、先ほどユーゴが言ったことを思い出してはっとした。


『最初から最後まで一人で戦うつもりはないですよ。でもまずは、あっちの側に行ってる流れを止めなくちゃダメだ』


 その言葉を思い返したハオは、ユーゴが自分一人ではシロイを助け出せないということを理解していたことを悟る。

 彼はまず、斬魔紅蓮刃を持ち出すことでナルルの方へと傾きかけていた戦いの流れを引き戻してみせた。そして、彼女の意識を自分の方へと向かせながら戦い続けている。


 ユーゴのお陰で最初に比べて振るわれる枝の数も随分と減った。

 今ならば……ナルルの防御を潜り抜けて、シロイの下に辿り着けるかもしれない。


「ハオくん? どうしたの?」


 戦いを続けているユーゴを見守っていたプレシアが、一歩前に出たハオへと声をかける。

 彼女の声に動きを止めたハオは、振り返ると……握り締めた拳を震わせながら、こう言った。


「ケジメを、着けてきます。これはきっと、僕がやらなくちゃいけないことだから……!」


 シロイが人質に取られているのも、元はといえば自分が感情のままに動いてしまったせいだ。

 自分には、彼を救うために動かなければならないだけの理由がある。


 ユーゴ一人に戦わせるわけにはいかないと……覚悟を決めたハオは息を深く吸ってから、シロイの下へと駆け出していった。

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