ヒーローは、今日も平和を願ってる

「兄さん、本当に良かったの? クレアさんとヘックスさんに素材の返却を任せちゃってさ」


「良いも何も、あの二人がベストだろ? 顔が広くて人当りもいいクレアと学内の事情に詳しくてトラブルも解決してくれるだろうヘックス、完璧な人選じゃね?」


「そうじゃなくってさ……イザークから素材を取り返したのは兄さんだってことをみんなに伝えなくって良かったのかって聞いてるんだよ」


「ああ、なんだ。別にいいよ。俺が素材を取り返してみんなに返却するって言ったら、警戒する奴とか意地張って取りに来ない奴とかもいるだろうしさ。その辺はまあ、ある程度ぼかすくらいでいいんだって」


 中庭の片隅。もうすっかり住処として定着してしまったその場所で、ユーゴとフィーが兄弟で話をしていた。

 普段と違うところを挙げるとすれば、スケルトンホースのスカルが傍にいることだろう。

 ただまあ、彼は非常に大人しい態度で芝生の上に座り込んでおり、兄弟の会話を邪魔することはしていない。


 フィーはそんなスカルを一瞥した後、上半身裸になりながら腕立て伏せを行う兄の姿を見つめながら少し不満そうな表情を浮かべて彼へと言う。


「でも、そんなことしたら兄さんは損ばっかりじゃないか。折角決闘に勝ったっていうのに素材は手に入らないし、本来されるはずだった賞賛も受けられない。ただ傷付いただけじゃないか……」


「フィー……気持ちはわかるけどな、見返りを期待したら、そいつはもうヒーローとは呼べないんだ。困っている人がいるから助けた、ただそれだけ。そこにお礼の品だとか喝采なんてもんを求める必要なんてない。そういうもんなんだよ、ヒーローってのは」


「……それもヒーローの条件の一つ?」


「おう! ヒーローの条件、その三だ! わかってきたな!」


 腕立てを止めて立ち上がった兄からわしわしと頭を撫でられたフィーがわずかに目を細める。

 尊敬する兄に褒められて嬉しいという気持ちと、その兄が報われないことに対しての不満を抱く彼は、汗を拭いてから服を着始めたユーゴの背中を見て、顔を伏せた。


 ユーゴの背には、赤い火傷の跡が刻まれている。

 それが強大な力を持つ炎の鎧を使用した代償であることを知っているフィーは、学園と街だけでなく、世界の秩序を守った兄の功績を知る者が少な過ぎる現状に苛立ちにも近しい感情を抱いていた。


 学園一のクズだと、婚約者を奪われた男だと、これまでの悪行が祟って家を勘当された自業自得の末路を辿った人間だと……今も兄は多くの生徒たちから見下されている。

 そういった生徒たちが何も知らずに兄がイザークから奪い返した素材を受け取っていることにもやもやとした気持ちを抱えるフィーの頭を、ユーゴが優しく撫でた。


「……ごめんな、フィー。色々と心配させちまってさ。お前やみんなに心配されないようにならなきゃいけないよな」


 ヒーローとしての矜持を守ること、それはユーゴにとって譲れない部分だ。

 しかし、その矜持を守り続けるためには強い力が必要になることも十分に理解している。


 呉井雄吾としての生が終わる寸前、彼が見たのは助けた少年が死にゆく自分のことを見つめて泣きじゃくる姿だった。

 自分が全力で自分の正義を貫いたとしても、そのせいで誰かを泣かせては意味がない。

 ヒーローが自分のことを想ってくれる人々のところに戻って、初めてハッピーエンドを迎えられるのだということを、ユーゴは身を以て理解していた。


「……俺がもっと強ければ、誰も悲しませずに済んだのかもな」


「兄さん……」


 事件を解決してからまだ時間は経っていないが、ユーゴはずっと後悔し続けている。

 全ての記憶を消去されてまともに話すこともできなくなってしまったネイドのこともそうだが、彼に利用されるだけ利用されて最後には命を落としてしまったイザークのことも、救いたかったと思っていた。


 自分がもっと強ければ、この悲劇は防げたのだろうか?

 誰も悲しませず、心配もさせずに、被害を最小限に抑えて元凶を叩くことができたなら、また違った未来が待っていたのではと思ってしまう。


 だとするならば……事件の黒幕であるロストが言っていたことは正しいのだろう。

 強くなれという彼のアドバイスは、腹立たしいことではあるもののある意味では今のユーゴが抱えている後悔を打ち砕くための最適解だ。


 ただ……そうやって力を求め続け、執着した結果がイザークやネイド、そしてラッシュのような力に溺れた人間を生み出すことにつながったと考えると、それだけではいけないのだとも思う。

 ヒーローの条件、その二……強いだけでは意味がない、絶対に優しさを忘れるな。それがロストの助言を上回る大切な矜持であると自分に言い聞かせるユーゴへと、心配そうな表情を浮かべたフィーが声をかける。


「一人で抱え込まないでね、兄さん。何ができるかわからないけど、僕もできる限り頑張るからさ……」


「ああ……ありがとうな、フィー」


 迷いはある。後悔だって抱えている。自分が完璧な答えが出せる人間じゃないことなんて、他でもない自分自身が誰よりも理解している。

 でも、だからこそ……今、自分の目の前にいる大切な弟の笑顔だけは守ってみせたいと、そう思うユーゴへと彼を訪ねてきた仲間たちの声が響いた。


「ユーゴ! 体、大丈夫~!?」


「メルト、アン、マルコス……わざわざ来てくれたのか」


「ブラスタについて、ちょっと話したいこととかもあるからね。まあ、一番の目的は病み上がりのあんたがまた無理してないかの様子見なんだけどさ」


「相変わらずこんな場所で野宿をしているのか、貴様は。少し生活用品が整っているところが微妙に腹立たしいな……」


 お見舞い兼様子見に来てくれたメルトたちの声を聞きつけて、寝ていたスカルも体を起こしてこちらへと寄ってきた。

 一気に賑やかになった住処の中で、彼らはユーゴへと口々に色々な話をしていく。


「また何か訓練とかしてたでしょ? 火傷も治ってないんだし、無理はだめだよ!」


「ラッシュが起こした事件の影響で学園から離れていた生徒たちもそろそろ戻ってくる頃だ。もうじき、学園も活動を再開するだろう。それまでにコンディションを万全にしておけ。貴様と私はこれから始まる学園生活の中で、どちらがより素晴らしい魔導騎士として成長できるのかを競い合うのだからな!」


「万全にしておくのは体だけじゃなくてブラスタもそうだろ? それと、スカルにも色々と手伝ってもらわなきゃならないことがある。そのためにもまずは体を休めておけよ、ユーゴ」


 とりあえず、全員から休めと言われたユーゴが苦笑を浮かべながら頬を掻く。

 どうやら自分が誰からも心配されなくなる未来はまだまだ遠いなと思いながら、自分のことを気遣ってくれる友達の存在をありがたく思う彼は、天を見上げると一人呟いた。


「そうだな……まだまだこれから、なんだよな」


 本格的な学園生活も、魔導騎士を目指すために訓練を重ねる日々も、これからが本番だ。

 だからこそ、後悔し続けて立ち止まってはいけない。まずは足を前に進めることを考え、そして動き続けなくては。


 全てが完璧な形で解決したとは思っていない。自分の未熟さも自覚しているし、何もかもがすっきりとした解決を迎えたとはいえないだろう。

 でも、だからこそ……今はこう言うべきだと、ユーゴは思った。


「これにて一件コンプリート。この世界にだって……止まない雨は、どこにもない」


 悲しみの雨に打たれている誰かに、傘を差し伸べられる人間になろう。

 そして、その雨を降らせる雨雲を吹き飛ばせるようなヒーローを目指そう。


 また一つ生まれた目標と共に仲間たちと過ごす今、この瞬間というかけがえのない日々の大切さを胸に刻んだユーゴは、静かに頷きながら強くなることを誓うのであった。


――――――――――――――


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

ニチアサ好きのオタクが~……二章、これにて完結となります。


今回はセ○バーや鎧○のようなお話を積み重ねていくことで一本のストーリーを作るという形にしたのですが、そのせいで一章に比べると足回りが重くなっちゃったかなと自分でも反省しているところです。

やっぱり難しいですね、小説を書くのって。

その辺の反省を活かせるようにしつつ、三章に向けて頑張っていきたいと思います。


それと、毎日頂いている感想への返信ができずに本当に申し訳ありません。

新年度に入って仕事が忙しくなっていたり、途中でご報告させていただいた通り、こちらの小説の漫画化が決まったりということで慌ただしい日々を送っており、後回しになってしまっています。

もしかしたらその辺が影響して、少し更新を止めてしまうかもしれません。

できる限りそうならないようにしたいですが、そうなってしまったらその期間にニチアサ力を高めていい小説を書けるようにしていきたいと思います。


次回からはもう本当にシンプルにヒーローしている短編を投稿しようと思いますので、楽しんでいただけると嬉しいです。

ここまで読んでくださっている皆さんに感謝をお伝えしつつ、ご挨拶を締めさせていただきたいと思います。


コミカライズに関しての情報なども続報をお待ちください。

(Twitterをフォローしていただけると小説の更新よりも早めにご報告がお伝えできるかもです)

改めて、ありがとうございました!


PS.キャラの紹介というか、元ネタとか名前の由来とかの情報とかって需要あります?

近況ノートとか限定ノートとかで公開しようかなって思ってるんですけど、どうしようかな~って……。

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