side:主人公たち(天才技師に見放された男たちの話)

 魔剣の大量製造及びそれを手にした者たちによる暴走は、その全員が警備隊及び有志の協力者たちの手で制圧されるという形で幕を閉じた。

 製造された魔剣は一部を除き破棄され、残りは研究用に回されるという。

 前回の魔鎧獣暴走事件と比較すれば被害は軽微ではあったものの、学園都市で怪事件が連続して起きるという事態に住民たちも戸惑いと恐怖を抱いているようだ。


 事態の対処が後手に回り続けていた警備隊もそうだが、事件の犯人となる人物を生み出してしまったルミナス学園も管理責任を問われる事態になっている。

 犯人、出現した蝙蝠型魔鎧獣の正体、そして魔剣の盗難事件などといった極秘情報を伏せた状態でもこれなのだ。以降、この二つの組織にはより慎重な判断や運営が求められることになるだろう。


 ラッシュと同様に犯人であることが伏せられた状態で警備隊に確保されたネイドは、ロストが施した細工によってすべての記憶を失ってしまっていた。

 尋問はおろか、まともな会話すらほぼ不可能という状態の彼からは、黒幕となる存在やその組織に関する情報は引き出せないと警備隊も判断し、ただ厳重な監視を置くに留めている。


 そして、もう一人……事件の主要人物であり、魔鎧獣に変貌してしまったイザークは、暴動の中で魔剣使いに襲われて命を落としたとだけ報告が上がった。


 彼が魔鎧獣になってしまったということは、ユーゴたちを含むごく一部の人間しか知らない。

 だが、やはりうわさというのは広がってしまうもので、彼が魔剣を使っていたという情報はどこからか漏れてしまっていた。


 結果、あの尋常ではない強さも魔剣によるものだと知れ渡ったイザークの評判は地に堕ちるどころかマイナスまで振り切れ、誰もその死を悼むことなく、むしろ死んで良かったと生徒たちから語られるようになる始末。

 自業自得といえばそれまでではあるが、ユーゴたちは道を踏み外してから呆気なく転げ落ちてしまった彼の最期を哀れに思うと同時に、彼を救えなかったことを悔やんでいた。


 ……だが、そんな彼らですら知らない事実が一つある。

 イザークは事件の中で他の魔剣使いに襲われて死んだのではない。彼の命を奪ったのは、英雄候補と呼ばれるルミナス学園の生徒たちだ。


 この騒動に乗じて目障りなイザークを抹殺した彼らは今、ルミナス学園の工房にやって来ていた。

 人気のないそこを捜索する彼らは、忌々し気な声で吐き捨てるようにして口々に苛立ちを愚痴としてこぼす。


「くそっ! イザークの野郎、素材をどこに隠したんだ?」


「まさかもう全部使っちまったっていうのか? にしても少しくらいは残ってるはずだろ?」


 複数人で工房を漁る彼らの目的はただ一つ、イザークが学園中の生徒たちから巻き上げた素材だ。

 持ち主であったイザークが死んだ今、その素材は完全にフリーな状態。だったら自分たちが確保して、今後のゲームプレイに役立てた方がいいに決まっている。


 ということで彼にトドメを刺したシアンを含む転生者軍団はこっそりと工房を訪れてその素材たちを探していたのだが……どれだけ調べてもそれらしき物を見つけられずにいた。


 普通に考えて、あれだけの量の素材ならば少し探せば見つかるはずだ。

 それなのにこれだけの人数で調べても一切素材が見つからないというのはどういうことだと彼らが困惑する中、工房の入り口から女性の声が響いた。


「何やってんだ、あんたら? 暫く、工房は使用禁止になってるはずだが?」


 工業科の生徒に無断で工房に侵入していることを咎められた時はビクッとしたが、その相手が『ルミナス・ヒストリー』の人気キャラであるアンヘルであることに気付いた転生者たちは、素の自分ではなく主人公としての自分自身を演じ始める。

 ややうんざりしている様子のアンヘルの整った顔……だけでなく、大きく膨らんでいるつなぎ服の胸部分へとちらちらと視線を向けるシアンたちへと、彼女はこう言い放った。


「ま、大体あんたらが何をしにここに来たかなんてのは想像がついてるけどね。イザークがかき集めた素材をちょろまかしに来たんだろ?」


「そ、そんなわけないだろう? 俺たちはその、魔剣の影響とかが工房に残ってないか、調査しに来ただけだって!」


「ふ~ん……そうかい。まあ、そういうことにしておいてやるよ」


 自分たちへと冷ややかな視線を向けるアンヘルの反応に、冷や汗を流すシアンたち。

 先の愚痴を聞かれていたら厄介だなと思いつつも、やはりそこはコミュニケーション能力が低いというか、欲望に忠実というべきか、何人かの転生者たちが遭遇したアンヘルへと口々にこんなことを言い始める。


「ね、ねえ! 折角こうして知り合えたんだし、少し話でもしようよ! 食事とか奢るからさ! アンは何が食べたい!?」


「あっ、ずりぃぞ! 俺だってアンに魔道具をメンテしてもらいたかったんだ! ちょっと付き合ってくれよ、なあ!」


「い、今、話題に出たから聞いちゃうけどさ……イザークが集めた素材がどこにあるか、アンは知ってるのかな?」


「はぁ~……どいつもこいつも、勝手に人をあだ名で呼んで……自分でも気に入ってない名前ではあるけど、だからといってそう親しくもない連中に気安く呼ばれると腹が立つんだが?」


 人気キャラであり、技師としての腕もあり、更にプロポーションに優れた美少女であるアンヘルを是非とも自分のパーティメンバー兼専属技師として迎え入れたい転生者たちが空気も読まずに彼女へとアピールを仕掛けるも、当のアンヘルはそんな彼らのことを気怠そうにしながら全く相手にせずにいる。

 近くの机の上に置いてあった書類を数枚手に取った彼女はそこでシアンたちへと向き直ると、この場に集まっている面々の顔を見回しながら口を開いた。


「悪いが、アタシは今忙しくってね。あんたらの相手をしている暇はないんだ。お誘いは全部断らせてもらうよ」


「そんな! ちょっと待ってくれよ! 自分で言うのもなんだけど、俺たちは今、結構注目されてる生徒なんだぜ? 仲良くしておいて損はないと思うけど――」


「たとえ嫌われ者だったとしても、仲間の死を悼むこともなく、そいつの集めた素材をコソ泥するような奴らと関わること自体が損だろ。英雄候補だなんてうわさされてる連中がこんな奴らだっただなんて、ちょっとがっかりだよ」


 断られてもなお食い下がろうとする転生者たちをバッサリと斬り捨てるアンヘル。

 その態度に誰も何も言えずに押し黙る中、小さく息を吐いた彼女は転生者たちへと大事な情報を教えてやる。


「……それとね、あんたらが探してるイザークが集めた素材だが、あれはもうここには無いよ。っていうか、あの素材はイザークの物じゃあない。何日か前にイザークとの決闘に勝ったとある生徒の所有物になってるからね」


「なっ……!? い、イザークとの決闘に、勝った!? 魔剣を使って強化されたあいつに勝った奴がいるっていうのか!?」


「ああ、そうだよ。まあ、本人が黙ってるって言ってるから誰とは言わないけどね。そいつの判断で、イザークから取り返した素材たちは元の持ち主たちに返却することになった。今頃、そいつの代理人たちが素材を配って回ってるだろうさ」


 そう言ったアンヘルがそこで言葉を区切ると、転生者たちを改めて見回す。

 驚きの表情を浮かべている彼らの顔を見つめながら、彼女は小さな声で呟いた。


「……そういえば、ここにいる誰かはイザークとの決闘に負けたんだろう? だったらそいつも奪われた物を返してもらえるだろうから、素材を配ってる奴を探しに行った方がいいんじゃないか? こんなところで存在してない素材たちを探してないでさ」


「ぐっ……!?」


 アンヘルに触れられたくない過去を掘り返されたシアンが屈辱の表情を浮かべながら呻く。

 他の面々も悔しそうに顔をゆがめる中、そんな彼らの反応を目の当たりにするアンヘルは少しだけかつてのネイドの心境に理解を示してもいた。


(魔導騎士を目指す連中はクズばっかり、か……あいつがそう思っちまうようになったのも、こういう連中のせいなのかもしれないな……)


 混乱が続く学園内の騒ぎに乗じて、死んだイザークの素材を盗もうと企んだ英雄候補と呼ばれる生徒たちを見ながら、そう考えるアンヘル。

 これが多くの生徒たちからの信頼を集め、羨望の眼差しを向けられる有望株のすることかと、あまりにも自分勝手な彼らの行動には失望を禁じ得ない。


 こういう連中のことを多く見続けたせいで、ネイドは狂ってしまったのだろう。

 だとすれば、自分は本当に幸運だと思う。多くの生徒にクズと呼ばれながらも、自分より誰かを優先して考えられる、彼らとはあらゆる面で正反対の男と出会えたのだから。


 支えていきたいと思う。立派な魔導騎士……いや、ヒーローになってほしいと思う。

 彼に自分にできることはしてやろうと、そう素直に思うアンヘルはもじもじと何も言えずに押し黙っている英雄候補たちを最後に一瞥した後、彼らに背を向けて工房から去っていった。


「じゃあ、アタシは行くよ。まあ、そっちはそっちで頑張りな。英雄候補と呼ばれるあんたらの活躍、期待してるよ」


 口では自分たちのことを応援しているアンヘルであったが、転生者たちにはその言葉がまるっきりの嘘であることがわかっていた。

 それは全く感情が込められていない声であったり、こちらを振り向くこともなく言い放っている彼女の態度であったりからも読み取れるが、それ以上に彼らの心に……否、頭の中にその答えが流れ込んできている。


『アンヘル・アンバーのシナリオルートが消滅しました。彼女を仲間にすることが不可能になりました』


 メルトに続く二人目のシナリオルートの消滅を告げるナレーション。それを感じ取ったシアンたちが去っていくアンヘルの背を見つめながらギリギリと歯を食いしばる。

 心の中からイザークを殺した際に感じていた愉悦や爽快感を完全に消し去りながら……彼らはただ、お目当ての推しキャラが自分たちから離れていく様を見守り続けることしかできなかった。

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